モノツキ | ナノ


心底呆れたような声を吐き出すと、つくも神は枝のように細い腕を挙げた。

全てを塗り潰し、全てを奪い尽くしたあの黒い手で。昼行灯達の望みの源を絶たんと、つくも神は絶望を振り翳す。


「大人しく下がっておれば、救いを与えてやったものを」


さも慈悲の心があるようなことを呟きながら、つくも神は霊力を込め、殺意を練り固めた。

譲れないというのなら、濫妨するのみ。嘆くなら、己の愚かさをあの世で存分に嘆くがよいと。翳した掌の上に、どす黒い光の弾を作りながら、つくも神は決定を下す。


「よい。ならばまずは貴様らから死ぬがよい」


ギュインギュインと何かを吸い上げるような音を立てながら、光の弾が膨らんでいく。
風船が破裂するのを待つような。そんな光景に息を飲みつつも、昼行灯達は依然、自ら捨てた救いを拾いに行こうとはしなかった。

あんなもの、食らえばただでは済まないことは眼に見えているというのに。つくも神の狙いはヨリコ一人で、自分達は限りなく無関係だというのに。

なのに、どうしてこんなものに立ち向かったりするのか――。


「…………やめて」


誰かの息遣いにさえ掻き消されてしまいそうな小さな声で、ヨリコは呟いた。

そんな言葉が聞き入れられる訳がないと分かっていても、これまであらゆるものに傷付けられてきた彼等が、この上更に嬲られるのを見過ごすことなど出来なくて。
自分の為なんかに、何より大切な昼行灯達が殺されてしまうなど、堪えられる訳もなくて。


「やめて!!!!」


今まさに爆ぜる寸前、というところで、咆哮。同時に、光の弾が撃たれたような音と共に消えて、つくも神は眼をこれでもかと見開いた。

かと思えば、次の瞬間。振り上げていた腕がボロボロと、朽木のように崩れ出して、反射的に手を引っ込めたつくも神と共に、昼行灯達も其方を凝視した。


「この人達に……私の大切な人達に……もう、酷いことしないで……っ」


其処にいるのは、ヨリコだ。ヨリコ以外である訳がない。
だが、間違いなく彼女が、あれをやってのけたのだという事実に、誰もが驚愕した。

あれが意図して起こしたことなのか否か。それは不明瞭だが、これで決定した。

彼女は正真正銘の神殺しで、しかもその力は、こうして発現するところにまで来ている、と。
ついに泣き崩れ、その場に座り込んでしまったヨリコを見ながら、誰もが彼女の脅威的な力を改めて認知したところで、つくも神の舌打ちが谺した。


「人間風情が……これで終わると思うでないぞ」


誰も聞いたことのない、聞くことなどないと思っていた余裕のない声で捨て台詞を吐き捨てると、片腕を奪われたつくも神は、姿を消した。
まるで嵐のように、去った後には静けさと騒乱の爪痕だけを残して。

こうして置き去りにされた一同は、暫しつくも神のいた宙を眺め続けた後、混迷した頭でゆるゆると現状を整理し始めた。


「……今の、」

「……どうやら、つくも神の言っていたことは本当みたいだな」


一先ず、この場で全滅する危機は脱したことを手放しで喜んではいられず、一同はへたり込んだヨリコを見遣る。

他ならぬ、彼女自身が一番戸惑っているし、驚いていることだろう。
何処にでもいる平々凡々な少女の身に、此処にいる全員で掛かっても手に負えぬ神を穿つ力が宿っていたなど、想像さえしなかっただろうに。
人生何が起こるか分からないとはよく言うが、こうも数奇な運命を辿る者もそういないだろう。

数億人に一人の確率で生まれる神殺しの中でただ一人、生まれながらに持っている筈の力を感知されず、今日まで生き延びてみせた、異例中の異例。
異常なまでに優しいだけだと思われていた彼女が、実は此処にいる誰よりも特異であったとは。

過ぎたる緊張から解放された影響か。呆然と、そんなどうでもいいことを考えてしまうが、此処で呆けている余裕はない。


「オイ、どうすんだ昼行灯!つくも神の野郎、これで諦めるとは思えねぇぞ!!」


そう。つくも神も言っていたが、あれで終わった訳ではない。
ヨリコが神殺しの力を持っていて、先程のようにつくも神の攻撃を打ち消すことが出来たとしても。それ以外は本当に、ただの少女と変わりないヨリコを殺す術は、幾らでもあるだろう。
それを用意される前に、何とかヨリコを匿って、迎撃態勢を整えなければ。

此処で佇んでいる暇はない。体を動かし、頭を働かせ、どうにかしなければならない。
このまま逃げ遂せたとしても、世界は滅び、全てが終わりを迎えてしまうとしても、だ。
何とか出来る可能性があるのなら、何とかしなければ。未だ希望は死んでいないのだからと、昼行灯が座り込んだヨリコを立ち上がらせようとした時だった。


「テルヒサ様!!」


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