モノツキ | ナノ


「な……何を言っているんだ」


突然のことで、誰もが現状を呑み込み切れず、悪い夢でも見ているような気になっている中。昼行灯の力無い声が、嫌によく響いた。

また、この性悪の神が自分達を弄ぼうとしているのだと。そう自分に言い聞かせるように、小さく首を横に振りながら、昼行灯は懸命に否定する。
全てを打ち崩す悲劇を。認められない真実を。呪いめいた運命を。


「ヨリコさんが、神殺しだなんて……そんな訳が」

「神殺しは、我等つくも神の力を意図もせず打ち消すもの。……ぬしに掛けた呪いを解く術が働かぬのは、傍にそやつがおる為よ」


つくも神は、そうであればと誰より願っているのは此方だと言いたげに眼を細めながら、ヨリコを睨んだ。

数億分の一で生まれる、人の中の人外――神殺し。
この箱庭の世界が出来てから今日まで数人、神殺しと成り得る者が生まれたが、何れも産声を上げると共にその力を察知され、すぐに始末されてきた。

突き抜けた力を持つ者は、生まれながらに異端にして異常。故に、神殺しが見落とされることは一度も無かった。
だのに、こうして今目の前に、確かに神殺しの力を有する者が存在するのは、何故か。

これまで見付からなかった後天的な覚醒パターンか、はたまた新種の神殺しか――何にせよ、彼女が脅威であることに変わりはない。

つくも神は大きな目玉でヨリコを見据えながら、間に僅かに割って入っている昼行灯に向けて忠告した。


「今一度言う。そやつから離れよ、昼行灯。ぬしの呪いは、それで解かれよう」


免罪符となる”真実の愛”は得たのだ。例えその愛を齎した者が神殺しであっても、呪いは解いてやろうと。
そう説き付けるようなつくも神の言い方に、昼行灯はとても引き下がることが出来ず。次第に苛立つような視線を向けられながらも、彼は立ちはだかる。


「……私が離れたら、お前は彼女を…………ヨリコさんをどうする気だ」


尋ねるまでもない。分かっている。

この世界の創造主にして支配者たるつくも神の、唯一にして絶対の天敵と成り得る故に、神殺しと呼ばれる者達がどのような道を辿ったか、すでに聞かされているのだ。
当のヨリコも含め、この場にいる誰もが、彼女の行く末を、神の決定を理解している。

それでも、つくも神が淡々と告げた一言は、一同の胸を強く穿った。


「屠るに決まっておろう」


見えざる不穏が、いよいよ口を開けて襲いかかってきたような感覚に突き落され、誰もが言葉を失った。

全ての神殺し達がそうであったように例外なく。ヨリコもまた、神を、この世界を脅かす危険因子として屠られる。可及的速やかに、一切の容赦もなく、殺される。

今日まで、ただとびきり優しいだけの、普通の女子高生であったヨリコが。


「神殺しは、この箱庭を滅ぼす存在。すなわち、此処に生きる全ての人間が、こやつの存在によって消滅しかねんということだ」

「そんな馬鹿な!!」


悲鳴のような声を上げ、昼行灯はつくも神の言葉を打ち消さんと、必死に食い付いた。

ヨリコが神殺しであることは、どうやら否定しようがない事実のようだ。
だが、彼女は神殺しであるだけで、実際につくも神達を討ち、この箱庭の世界を破壊しようとしている訳ではない。

彼女はあくまで、ただ力を持っているだけで、それを行使しようとしているのではないのだ。
ならば、何も殺すことはないだろうと、昼行灯は一心不乱にヨリコを擁護した。


「例え……もし本当に彼女が神殺しだったとして、どうして存在するだけで世界を滅ぼすことになる!彼女を殺さなければならないというのは……ただお前らが恐怖心を拭い去りたいだけ……そうだろう!?」

「言うたであろう。そやつは、我等つくも神の力を意図もせず打ち消す、と」


されど、運命の歯車は何処までも非情に、心を轢き砕く。


「この世界を創っておるのは、我等の霊力。それが、こやつが息をするだけで蝕まれ、柱が削られるが如く擦り減ると考えよ。
今はまだ緩やかな浸食で済んでおるだろうが、何かの拍子にこやつの力が強まれば……この箱庭は、瞬く間に崩壊する」


神殺しが生まれながらに厄災と見做され、処刑されてきたのは、力そのものに起因していた。

本人の意図とは関係なしに、神殺しの力は、神の力で創られたこの世界を削る。無意識に、無自覚に。自制も効かぬ強大な力を以てして。

だから、悪意も敵意も殺意も持たぬ赤子の内から、神殺しは始末されてきたのだ。その存在そのものが世界を滅ぼす禍として。数億人に一人が授かる呪いめいた力と共に。


「故に、こやつは屠らねばならんのだ。こやつの存在が、全てを滅ぼすその前に」

「昼、さん……」


背後から聞こえるか細い声は、戸惑いと恐怖に彩られ、震えていた。

振り向くまでもない。彼女は、酷く蒼白い顔をして、目には涙を湛え、可哀想なくらい怯えているに違いない。
それなのに彼女は、どうか今すぐ自分を突き離してくれと、そう言いたいのだろう。

本当に自分が、ただ生きているだけで世界を滅ぼしてしまう存在なら、此処に生きる全ての人達の為に、クロガネの未来の為に死ぬべきだと。
怖くて仕方ないくせに、助けてもらいたいくせに、誰よりも優しい彼女は、自分にとって何より酷な選択をしようとしている。

それを許してなるものかと、昼行灯は手を伸ばした。


「……ようやく、掴んだんだ」


掴み取った小さな手は、惨めになるくらい冷たくなっていて。
そんなに怯えるくらいなら、泣き喚いて助けを乞えばいいものをと、昼行灯はヨリコの手を強く握り締めた。

振り払わせてなどやるものか、突き離してなどやるものかと、想いを込めて。ただのか弱い少女の手を握り、昼行灯は己の胸中を口にする。


「ずっと望んでいた……俺の全てを見て、俺の全てを受け入れ、俺の全てを愛してくれる人を……。俺の求める”真実の愛”を与えてくれる、ただ一人の存在を……」


この想いが、世界の全てを敵に回すことになろうとも。結果的に自分も彼女も滅びるしかないのだと分かっていても。
此処でヨリコを贄にすることなど出来はしないと、昼行灯はつくも神に喰らい付く。


「世界が滅ぶから、何だって言うんだ……。何があろうと俺は彼女から離れないし、離さない。お前らの言うことなど……誰が聞くものか」

「昼さん……っ」


堪え切れず、ヨリコが涙を零しても、昼行灯は断固譲らなかった。

誰よりも何よりも優しく、名前も顔も知らない他人の為に自らを犠牲に出来るヨリコにとって、この選択が酷なものだと分かっていても。
全てを巻き込み、世界を破滅させることになろうと、彼女を手放したりしないと昼行灯は片手に武器を握った。

そんな彼を辟易したような眼で見遣った後、つくも神は周囲をなぞるように見回すが、右も左も同じ。
此処にいる者全てが皆一様に牙を剥き、誰もヨリコを渡す気を毛程も有していなかった。


「……悪いが、此処にいるのは全員、あんたらの怒りを買った罪人だ」

「今更てめぇらの言うこと素直に聞けるような奴は」

「一人もいないネ」

「み……皆さん…………」


それぞれの武器を手に、ツキカゲ社員達はつくも神の前に構えた。

相手が、自分達にとっては抗いようのない、絶対的な存在であることは、その身を以て理解している。
しかしそれも、ヨリコを此処で見放す理由にはならない。

神殺しという存在に怯えている以上、これも殺すことは可能であるらしい。手も足も出せぬままに終わるかもしれないが、もしかしたらも有り得る。

希望が万が一、億が一にでもあるのなら、神にだって歯向かおう。
元より自分達は、恐れ知らず恥知らずの大罪人なのだからと、薄紅達はつくも神の前に立ちはだかる。


「……ほんに、愚かな者共よ」


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