モノツキ | ナノ

ハルイチの予想通り、ヒナミは事が起こる以前から見抜いていた。
茶々子が自分を訪ねてきたことの不審さも、その裏で糸を引く者も。全て看破した上で、ヒナミは自ら、張り巡らされた謀略の巣に身を投じた。
だが、彼女が他ならぬ己の命まで賭したのには、敵の企みを利用する以外にも理由があった。

咎めるような眼をしてくるハルイチに、ヒナミは眉を下げながら、被害者ではなく共犯者へと至った経緯と胸中を語り出す。


「私がかつて、レイラに昼行灯の監視を依頼したのは、彼女が奴に”真実の愛”を齎すことが出来るか否か、試すつもりでのことだった。
結果……私の目論みは外れ、それが切っ掛けで昼行灯もレイラも大きな傷を負った。
そのせめてもの償いにと、レイラをアマテラスに迎え入れた訳だが……茶々子が現れた時、私は痛感させられたよ。私がしてきたことは、結局彼女を救うに至らなかったのだな……とな」


最初から、二人の間には”真実の愛”など存在しなかったのだと暴き、ヒナミは、昼行灯とレイラの何もかもをぶち壊してしまった。

それは、彼等のことを思えば正しいことだと言えるだろう。
ヒナミが介入しなければ、昼行灯はいつまでも在りもしない”真実の愛”を待ち続け、レイラはそんな彼の一方的な期待を背負わされ、不毛な想いだけを育んでいた。
誰が何をせずとも、二人の関係は必ず破滅していたに違いない。

いつか来たる潮時が、少し早まっただけのこと。ヒナミ自身、それはよく分かっていたし、自らの選択が間違っていないとも思っている。
それでも、ヒナミは悔いていた。昼行灯の心に大きな傷を付けてしまったことを。レイラがあわや殺されてしまうところだったことを。
慷慨し、悔恨し、罪滅ぼしの為にと、自分に出来ることは何でもしようと、ヒナミは二人に報いんと努めてきた。

レイラを自らの秘書として雇い入れたのも、せめてこれから先、彼女が不自由したりすることのないよう、第二の人生を歩んでいけるようにと思ってのことであったが、用意した階段の先に、彼女の救済や幸福は無かったらしい。
彼女がカゲヨシの元に身を置き、此方を切ることを選択したのは、そういうことなのだろうと。ヒナミはすぐに理解して、巡り巡って此処に来た己の罪業を受け止めることにした。


「因果応報。私が殺意を向けられたのは、他ならぬ私自身が招いた結果だと……あの時、全て受け入れることにした。
これで死ぬことになったなら、私はそこまで。もし生き残ることになったなら……今一度向き合おうと、そう決めて、な」

「……自分の命をベットに、賭けたってのか?」

「それもまた違うな。この場合、私の命は先行投資だ」


険しくなるばかりのハルイチの顔に、申し訳ないと思いながらも小さく吹き出してしまったヒナミは、こほんと咳払いして訂正した。

賭け、というのは天運任せの選択にのみ使うべき言葉だろうが、ヒナミがあの時頼ったのは、運ではない。
成るように成るだろうと、流れに身を委ねながらも、ヒナミは行き着く先を予見していた。

己の命は、其処に辿り着くまでの必要経費。運否天賦に任せて投げたコインではないのだと、ヒナミは胸に手を当てながら、言う。


「私は、信じていたんだ。例えこの身がどうなろうとも、彼女が……ヨリコくんが、全てを救ってくれるだろう、と」


自分が死のうが生きようが、きっと、いや、必ず、ヨリコが全てを救済してみせるだろう。
あの過ぎたる優しさを以てして、救われないもの達の胸に光を射してくれるだろうと。そう確信していたからこそ、ヒナミは命を擲った。

これ以上とない贖罪と救済の機に、何を躊躇うことがあろうかと。ヒナミは、自らが救えなかった者達の為にと、死地に立った。
それが、アマガハラ・ヒナミ暗殺未遂事件が起きてしまった全貌という訳だが。
ハルイチの顔が晴れることはまるでなく。寧ろ、疑念を抱いていた時よりもずっと厳めしい表情をしている。


「……無責任だな」


嘆くような、憤慨するような声でそう呟くと、ハルイチは咥えていた煙草を握り潰し、堪えられないと言わんばかりに続けた。


「あんたは、アマテラスや提携先の社員、その家族のみならず、帝都の人々の生活を担うアマテラス・カンパニー社長だ。
それが、自ら命を投じること自体有り得ないが、信じていただなんて、そんな不確かな理由で身を危険に曝すなんぞ以ての外だ。馬鹿げている」


彼女の行動は、昼行灯達からすれば正しかっただろう。
だが、アマテラス・カンパニーの社長という立場にいながら、己の命を贄にして、救われなかった者達を救おうなどという行動は、間違っている。

その身に背負うもののことを思えば、此度の彼女の選択は、軽率にして浅薄。愚かとしか言い様がない。

もしこの暗殺計画にレイラ達が関わっていなければ、ヒナミは傷一つ負ってやることもしなかっただろうに。アマガハラ・ヒナミともあろう人間が、情に流され自ら死にかけるなど。
全く馬鹿馬鹿しいと、ハルイチは怒り心頭であった。


「いいか。あんたは、弟を救えなかったという呪いに囚われ、自分自身を異常なまでに低く評価しているがな。
アマガハラ・ヒナミはとびきり優秀で有能で、女だてらにアマテラス一の傑物だ。あんた以上にアマテラスの社長に相応しい奴なんか今の帝都にはいないし、今後も現れない。
そう断言出来る程度の器を、あんたは有している」


如何にアマガハラ・ヒナミという人間が尊く素晴らしいものかを捲し立てながら、ハルイチはパチパチとまばたきを繰り返すヒナミを睨み付けた。

もう二度とこんなことがないよう、しかと釘を打っておかねばと、使命感さえ覚えているのだろう。ヒナミの価値を知る全ての者を代表するかの如く、ハルイチは説く。
ヒナミが此処に在ることの重要性と、彼女がこれから成すべきことを。


「あの嬢ちゃんではなければ救えない奴等がいるのは確かだ。だが、あんたはあんたにしか救えない奴、支えられない奴が山のようにいる。それを自覚しろ、忘れるな、いつも胸に留めておけ、アマガハラ・ヒナミ」


言いながら、ハルイチは震える手を黙らせるように握り締めた。

この手の届かぬ場所で、目の前にいる彼女が、息絶えていたかもしれない。
そうなってしまっていたらと考えるだけで込み上げてくる恐怖と、今更どうしようもない後悔と、自らの価値を分かっていない彼女への怒りや悲しみを込めて。
ハルイチは、二度目の訪れがないようにと、祈るように告げる。


「俺のように、あんたがいなければどうにもならなかった奴等の為にも。生きてくれよ、ヒナミ様」


思わず閉じた目蓋の裏に、今も尚色褪せることのない記憶が浮かぶ。

何もかもが死に絶えたような世界で、眼が潰れそうなくらい眩しく見えた彼女の姿と、急速に色を取り戻した景色。
どうにもならなかったどうしようもない自分が、とびきり美しい救世主に出会った日のことを思い返しながら、ハルイチは嘆願した。

彼女自身の為にも、自分のような者達の為にも。この先何があろうとも、もう、自ら死地に立つような真似はしないでくれと。


「……すまないな、ハルイチ」


希うハルイチの有り様に、ヒナミはらしくもなく、しおらしくなって俯いた。

あまりにハルイチが悲痛な顔をしているので、流石に申し訳なくなってしまったのだろう。返す言葉も見付けられず、いじいじと布団シーツを指で弄るヒナミに、今度はハルイチの方が吹き出した。


「何を今更」


正し過ぎるくらいに正しい。故に、時に滅茶苦茶で支離滅裂な彼女に振り回されたのは、これが初めてではない。苦労させられるのは、いつものことだ。

しかし彼女は常に、それ以上を齎してくれる。誠心誠意、然るべき報酬と評価を以てして、ヒナミは死に腐りかけた心さえも照らすような未来を見せてくれる。
だから、これからも自分はヒナミに変わらぬ忠誠を誓い、従い続けるのだと、ハルイチが笑ってみせた時だった。


「ヒナミ様、よろしいでしょうか」


慌てたようなノック音から間髪入れず、ヒナミ直属の部下が病室に入ってきた。
同時に、何か途轍もなく恐ろしいものが空気に混じって入り込んできたようで、ヒナミとハルイチは揃って眉を顰める。


「どうした?」

「し……至急、お耳に入れていただきたいことが」


いつも冷静なヒナミの部下は、酷く狼狽しているようだった。
顔色も悪く、息遣いも荒く。彼の有り様は、二人には想像もつかないような何かが起きてしまったことを如実に現していて。
見えない不穏が滾々と渦を巻いていく中。ヒナミとハルイチは、知らされる。

この世界を覆わんとしている、あまりに大きな絶望を。


「例の少女……ホシムラ・ヨリコが――!」


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