モノツキ | ナノ


月のない夜でも光を受けて輝くような白金色の髪と白い肌。床に伏せて尚、欠片も損なわれることのない美は、此処まで来ると厭味だなと、男は溜め息を吐いた。


「そうですか。あの嬢ちゃん、ついに昼行灯に」

「あぁ。今頃は、あいつの呪いも解かれている頃だろう」


ちょうど一年前。彼女の存在を知った時のような――いや、それ以上に快然とした笑みを浮かべながら、ヒナミはどうだと言わんばかりの目で此方を見る。

私の見立て通りだったろう、とでも言いたいのだろう。
彼女の存在を知った時、ヒナミは早々に「その少女こそ、昼行灯の救世主になるに違いない」と断言し、それはどうだろうかと渋い顔をした自分に、絶対そうに違いないとまで言っていた。
だから、見事予想的中したことが、誇らしく、喜ばしいのだろう。

流石、完璧にして完全無欠なるアマガハラ・ヒナミだと、男は素直に自分の敗北を認めた。


世界中の全てを敵に回すような恋が、報われることなどないと思っていた。

呪われた身を抱え、帝都の闇深くで生きる罪人と、陽の射す場所に住まう、ただ優し過ぎるだけの少女。
二人の間には、あまりにも多くの問題と障害と困難が犇いていて、何時如何なる運命の戯れによって引き剥がされるか分かったものではない。

突けば容易く崩れる砂の城を、雨風が容赦なく吹き付けるような中で必死に守り続けるような。そんな無謀極まりない想いの果てに、救済があるなど、誰が想像出来たことか。


思えば、一年と少し。長いようで短いような、短いようで長いような、あまりに危うい希望の日々が、まさかハッピーエンドでの幕引きになるとは。

男は、これこそまさに奇跡だろうと感慨に耽り、今日まで苦労した甲斐もあったものだと肩を撫で下ろした。


「っつーことは、嬢ちゃんの護衛も終わりか。昼行灯にもバレねぇよう手回しすんのは苦労したぜ」

「君に任せて正解だった。本当に感謝しているよ、ハルイチ」

「そりゃどうも」


お褒めに与かり光栄だと恭しくお辞儀してみせながら、男――ハルイチは、何とも言えない笑みを浮かべた。

姉によく似て、鋭い勘と洞察力を持つ昼行灯相手に、一切の疑念も持たせず、表と裏の仲介人として接し続けて数年。
そこに、隠れて少女の身辺警護をすることまで加わった時は、もういつバレたっておかしくはないと覚悟したものだが、これもまた奇跡と呼ぶべきなのだろう。

天の思し召しだなんだ、そうしたものはまるで信じていないハルイチだが、今日まで全てを隠し通せてこれたことは、天の計らいと感謝せざるを得なかった。


ハルイチは、それはそれは深く息を吐きながら、椅子の背凭れに身を預け、天井を仰いだ。
当の然、病室、もとい院内は全面禁煙である故に、火を点けずに咥えたままの煙草を口で上下させながら、回顧する。


自分が彼女に雇われ、表と裏――姉と弟の仲介人として任に就いてから、こんな日が来るとは思いもしなかったし、救いのビジョンなど視えてもいなかった。

ただ、ヒナミの依頼を全うすることだけを考え、彼女が望むがままに、とても小さく弱々しい希望の灯を絶やさぬようにして。
せめて、ほんの少しでも痛みを伴わない結末になるようにと、そんな想いで彼等を見守り続けていた。

この世界を引っくり返してみたって、きっと希望なんてものはない。巡り巡って、よく知った絶望に鉢合わせして、また一つの終わりと、癒えない傷を迎えるだけ。
そう思いながらも、万が一、億が一のもしかしたらを待ち続けた結果が、これだ。最初から確信を持っていたというヒナミ自身、驚いていることだろう。

と、ここでハルイチはふと、己の中に澱んでいたある疑問を口にした。


「……しかし、あんたまさか、ここまで計算してた訳じゃあねぇよな?」

「計算?」


らしくもなく、きょとんと首を傾げるヒナミに、ハルイチは表情を曇らせた。

その稚い仕草が、何だかはぐらかされているように思えたのだ。


「……ずっと疑問に思ってた」


ハルイチは、据わった眼で真っ直ぐにヒナミを見詰めながら、此処に来て一層色濃くなった疑心を吐き出した。


「あんたが茶々子に刺されたのも、レイラ達が共謀していたにとはいえ、茶々子があんたの懐まで潜り込めたのも。
観察眼に長け、勘に優れ、自衛の術も有しているあんたが、部屋にまで茶々子を招き入れ、腹に一撃……それも正面からもらうってのは、あんた自らの意志が無ければ成立しないだろう。
じゃあ、なんであんたがわざわざ死にかけることになったかっつーと、だ。
最初から……茶々子が現れた時から全てを察していたあんたは、自らを引き鉄に、あの二人を試した。忌まわしき過去も、苛酷な今も、先の見えない未来も……全て乗り越え、救済を掴み取れるように、と」


事が起きたのは、アマガハラ邸の、ヒナミの自室。茶々子が、レイラの協力で屋敷まで入り込めたとして、その先――彼女の部屋にまで踏み込むには、ヒナミの許可が無ければ不可能だ。

しかも突然、随分な夜更けの来訪だ。いくら顔見知りで、ヒナミが茶々子の人当たりの良さなどを知っているとしても、警戒なしに部屋に招き入れたりするとは思えない。

更に、茶々子には武芸の心得もなければ、人殺しの経験もない。対するヒナミの方は、護身として格闘技という格闘技を網羅し、ボディガード顔負けの腕を有し、有事に備えいつも懐に拳銃を忍ばせている。
この上、ただでさえいきなり深夜の訪問で気が張っているだろうヒナミに、茶々子が真っ向から一撃食らわせるのは、不可能だろう。

では、今回それが成立してしまったのは、偶然か。いや、そんな訳がない。

仮にもし、茶々子が上手く不意をついたか、取っ組み合いになった中で偶々ヒナミを刺すことに成功したとしたら。
その場合、ヒナミの抵抗により茶々子の方も何かしらダメージを受けていただろうし、ヒナミ自身、誰かに連絡を入れた筈だ。

考えれば考える程、ヒナミがただの被害者であるには無理があることだらけで、彼女も一種の共犯であると見る方が自然で、納得がいくことばかり。故に、ハルイチは疑っている。
ヒナミは、最初から全ての企みを看破した上で、それが昼行灯とあの少女が”真実の愛”を得る為にに必ず越えなければならない試練になるだろうことを悟り、自ら身を投じたのではないか、と。


「……君は、私を買いかぶり過ぎではないか?」

「この世界にアマガハラ・ヒナミを買いかぶらない人間が、何人いるか……。で、どうなんだ?」


驚いたような顔をしてみせるヒナミを見据えながら、ハルイチは問い質す。

その、言い逃れも誤魔化しも断固として許さぬだろう強い眼差しに、ヒナミはお手上げだと息を吐き、白状した。


「……茶々子くんが私のもとを訪れた時、誰かに差し向けられているであろうとは察した。恐らく、レイラに誘われてのことであろうことも……な」


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