モノツキ | ナノ


唆した身でありながら、これには驚かざるをえまいと、シグナル達も声を上げた。


今、こいつは何と言った。

あまりに衝撃的過ぎて、忘れられる訳も、聞き違える訳もない言葉を繰り返し確めながら、一同は昼行灯の正気を疑いに掛かる。


「おっま……交際初日からプロポーズかよ!!」

「幾らなんでも思い切りが強過ぎるだろう!こういうのは、もっと段階を踏んでからだな……」

「この呪いを解くのに必要なのが、私が心から求める愛の形を告げることなら、正直に言うべきだと判断したまでです。
それに、ヨリコさんが私を受け入れてくださると言った時から決めていました。近い将来、絶対に結婚しようと」


幾ら何でも、これはぶっちゃけ過ぎてはなかろうか。

確かに、呪いを解くには思いの丈を全て打ち明けるべきだとは言ったが、誰もプロポーズまでしてこいとは言っていない。
するにしても、色々踏むべき段階があるだろうに。また拗れて、一悶着あったらどうする気なのだ、こいつは。

酒の力も相俟って、随分気が大きくなっているらしい昼行灯に、薄紅達は心底呆れた。
やはりこの男、駄目人間であると。


「しかし、そんな突然言われてもヨリコさんだって困るだろう……」

「今すぐにとは言わないっつっても……なぁ、ヨリコちゃん」


交際決定から、ほんの数時間しか経過していないのだ。そこでいきなり結婚と言われて、ヨリコもさぞ困惑していることだろう。

取り敢えず、今は断わってもいいのだという雰囲気を醸しつつ、一同が返答を待つ中。
予期せぬ告白を受けてから、魂が抜けていたようになっていたヨリコが、どうにか口にした答えは――。


「ふ……不束者ですが……その…………こ、高校を卒業したら、よろしくお願いしますっ!」

「……け」

「「結婚決まったああああああああああ!!!!」」


今度こそ、店ごと吹き飛ぶのでないかという程の衝撃に、総員、仰天した。


「おいおい、マジかよ嬢ちゃん!もっかい冷静に考えてみろって!!昼行灯だぞ?!」

「いいの、ヨリちゃん!?本当に、社長と結婚していいの?!」

「そうヨ!!ボス、実際一緒に生活してみたら、色々うざったいとこあると思うヨ!?」

「結婚というのはそう簡単に決めていいものではない!まして、相手はこいつだぞ!」


散々煽っておきながら、この言いようも如何なものかと思われるが。交際から半日経たずして結婚まで決まったことに、社員達の方が狼狽えてしまっていた。

無論、ヨリコも相当戸惑ってはいるが。それでも、彼女は考え無しに、流されるままに結婚を承諾した訳ではなく。


「で、でも……昼さんと結婚って……すっごくすっごく嬉しいなって思ったんです……っ」


彼女自身、唐突だと思うし、もっと考えるべきとも感じてはいた。

だが、昼行灯に結婚を申し込まれ、一番に込み上げてきた感情のままに答えたくて。自分なんかでいいのか、待たせてしまってもいいのかと思いながらも、ヨリコはプロポーズに応じた。


「だから、その……皆さんに心配されるのも分かるんですが……やっぱり私……昼さんと」

「……ヨリコさん!」

「きゃあっ!」


そこで堪え切れず、昼行灯はヨリコを抱きかかえ上げ、くるくると回り出した。
これ以上の幸せがあろうか。欣喜雀躍せずにはいられないといった様子だ。

限りなくその場のノリだが、一世一代のプロポーズを受けてもられたことが、本当に嬉しいのだろう。
落っこちないよう、あわあわとしがみ付くヨリコに顔を寄せ、昼行灯は歓喜の声を上げた。


「一生大切にします!必ず幸せにします!私と結婚して、本当によかったと思っていただけるように!」

「……昼さん」


と、あんまりにも彼が喜んでくれるので、ヨリコも次第に絆されて、社員達も、ヨリコがいいならそれでいいのかと落ち着きを取り戻していった。

問題点は後から後から浮き彫りになっていくことだろうが、それも追って解決していけばいいだろう。
今は、取り敢えず喜びに浸らせてやるのが一番。これ以上は野暮なことだと、総員、二人の結婚を認め、素直に祝福する方針を取ることを決めたのだが――。


「……しっかし、戻らねぇなぁあ、昼行灯」

「もっとこう……欲望の限りを尽くさないとダメ、なんてこと無いと思うんですけどねぇ……」

「プロポーズにOKまで出されたのに”真実の愛”に至らないなんてこと、有り得るのか……?」


結婚まで決まったというのに、やはり昼行灯の頭部はランプのままで。いよいよこれは何かがおかしいと、社員達の頭から酔いが抜けていった。


幾らなんでも、ここまで運んで”真実の愛”ではないというのは、疑問だ。

昼行灯もヨリコも、心の底から互いを想い合い、共に今後の人生を歩んでいくことを決めた。これでもまだ”真実の愛”と認められないというのは、流石におかしい。


時間を置いて呪いが解かれる、というのも無いだろう。
これまで四人が救済を得ているが、全員”真実の愛”を手にしたその場で、即座に人の姿を取り戻しているのだ。
昼行灯だけ、ということはないだろう。いや、まさか、昼行灯にだけ課せられた特別な条件か何かがあるのか。


様々な思惑が溶け出して、徐々に場の空気を不穏に濁らせていく。

此処に至っても尚終われない、終わらせられない、不自由な恋。それは、誰もが予期せぬ形で幕引きとなった。


「いいや。とうに人間に戻っていても、おかしくあるまい」

「「?!!」」


ただ一人を除き、この場にいる誰もが耳にしたことがある声に、ぞわっと戦慄が走る。


忘れられる訳もない、忌まわしきあの声。

顔も、名前も、人としての尊厳も。何もかもを奪い、嘲っていったそれは、一瞬で何もかもを塗り潰し、漠然とした不安を、確かなものへと変えてしまった。


「どうにも術が解けぬと思うて来てみれば……そういうことであったか」

「お前、は……」


作り物めいた、無機質な黒い肌、大きな目玉。決して見紛うことなき、厭わしきつくも神の姿に、一同の血は凍てついた。


彼等にとって最悪の、災厄の象徴。それがどうして、今、こんな所に現れたのか。

分からない。分かる訳がないのに、見えてしまう。


形を得た鬼胎の正体が、これから起こり得る絶望が、最も残酷な未来が。すぅと人形のような手が、真っ直ぐに指差すその先が――。


「ぬし、その女から離れるがよい」


つくも神は、ぎょろりと剥いた目玉で射抜くように、ヨリコを睨み付けた。

それは、この世界に於いて絶対の支配者である彼等が、本来抱く筈のない焦燥や恐怖、怒りに彩られ。忌々しいものを見るように睥睨しながら、つくも神は告げた。


本当の呪いは、彼と彼女が出会うよりもずっと前から存在していたのだと。


「そやつは……我等が神の力を打ち消す唯一の存在。この世界そのものを破壊するやもしれぬ、災厄の落とし子……”神殺し”だ」




モノツキ第四部 完――。

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