モノツキ | ナノ
「鑑定の結果は言うまでもないけれど……凶器に付着していた血液のDNAが、ヒナミ様のものと一致したわ」
後日。再びツキカゲを訪れたレイラの勝ち誇ったような顔を前に、一同は沈黙していた。
彼女の来襲から二日。その間、社員達とて、ただ手をこまねいて訳ではない。
何とか昼行灯を擁護出来やしないかと、各々行動してはいた。
だが、決定的な武器を手にすることが出来ぬまま、猶予は終わりを迎えた。
「これで決まりね。昼行灯の身柄を確保次第、然るべき処分を下し……此処も、解体するわ。
元々この会社は、アマテラスの恩恵で始末屋として成り立っていたのだから、裏切りの報いを受けるのは当然のこと……そうよね?」
言われるまでもないことを、突きつけるように言いながら、レイラは失意に沈む一同の顔を舐めるように見回した。
此処に、未だ行方を晦ませている昼行灯がいないのが残念でならないが、彼の絶望した様を拝むのも、時間の問題だ。
それまでに、余計な物を片付けておこうと、レイラはツキカゲの面々を此処から追い払わんと、荷物をまとめるよう指示をした――その時。
「待ってください」
声が飛ばされてきた方――事務所の角を見遣り、レイラは顔を顰めた。
其処にいたのは、先日自分が叩きのめした、あの少女。最後には反論の一つも出来ず、萎びれていた、ヨリコだ。
それが、今更何の用かと苛立ちを込めた眼差しを向けるも、ヨリコはまるで怯むこともなく、恬然と此方に歩み寄ってきた。
「ツキカゲは、解体なんてされません」
その様に、社員達でさえ騒然とする中。ヨリコはレイラに、文字通り立ち向かった。
初めて彼女に食い掛った時とは、何かが決定的に違う。
あの時のような焦りや不安は微塵も感ぜられず、どこか気迫さえ放って見えて、レイラも思わず、僅かに息を呑んだ。
一度、完膚なきまでに叩き伏せた相手だというのに。力無き、ただの女子高生を前に、レイラは漠然とした脅威に見舞われていた。
ヨリコは、その怯えを見逃さず。何処までも真っ直ぐな眼で彼女を見据えたまま、続ける。
「昼さんは、ヒナミさんを殺そうとした犯人じゃありません。あの人がアマテラスを裏切っていないのに、報いを受ける必要なんて、何処にもありません」
「……貴方、一体何を言って」
反論は、口に出すことさえ許されず。横殴りの言葉にかっ攫われた。
「自供だよ、ハイジマ・レイラ」
「じっ……自供って」
レイラはこれでもかと眼を見開き、社員達も唖然としていた。
突然のヨリコの抵抗に加え、すすぎあらいからのその発言は、度胆を抜くには十分過ぎて。レイラは上手く二の句が継げず。そこに畳み掛けるように、ヨリコは追撃をかけた。
「昼さんを犯人に仕立て上げ、ヒナミさんを殺そうとしたのは――私です」
刺すような静寂の中で、ヨリコはにっこりと微笑んだ。
まるでこれが、悪い夢であると思わせるくらいに、穏やかな笑みを浮かべて。ヨリコは、鋭利な牙を立てる。
「私、ホシムラ・ヨリコこそ、アマガハラ・ヒナミさん殺人未遂事件の犯人なんです」
「は……はぁあっ?!」
レイラが素っ頓狂な声で叫ぶのも、無理はない。
すすぎあらいも、ヨリコが企てたこの策を聞いた時は、正気を疑ったくらいだ。
思い付きもしなかった。いや、普通こんなことを、考えられる訳がない。
自身の破滅を招きかねない、諸刃の剣。そんなとんでもない計略で、ヨリコはレイラ達に打ち勝たんとしていたのだ。
「私はかつて、ヒナミさんに使用人として雇用するので住み込みで働かないかと勧誘されました。
そのお誘いを一度は断ったのですが、よくよく考えたらこんないい話はないと、先日やっぱり雇ってくださいとお願いしたところ、虫がよすぎると却下されたので、怒って刺してしまいました!
凶器は、自分が疑われないようにと、ヒナミさんに怨恨のある昼さんを利用しようと、昼さんの武器を持ち出して使ったんです!」
「な……何言ってんだ嬢ちゃん!」
「ヨリちゃん!冗談やめなよ!」
「冗談じゃない」
笑顔で、意気揚々とそう語るヨリコに、気でも違ったかとサカナ達は声を荒げる。
それを静かに制し、すすぎあらいは彼女の立てた作戦に則り、ヨリコを悪女として吊し上げた。
大根芝居で構わない。騙そうなんて気は、更々ない。
この計画は、ヨリコがヒナミ殺しの犯人であると名乗り、自分がそれを信じてる風を装うことで、場を掻き乱すことにあるのだ。
だから、ヨリコもすすぎあらいも、予め用意してきた台詞を、それはそれは楽しそうに口にして、めちゃくちゃな演技を繰り広げた。
「こいつは、社長や俺達を裏切った報いとして痛めつけられない代わりに、全部正直に話すって約束したんだ」
「す、すすぎさん!それ、本気で言って……」
「すすぎあらいさんは騙せなかったみたいで、すぐにバレちゃったので、全部お話するから許してくださいってお願いしました。
なので、これから私、おまわりさんのところに行って、みんなお話します!犯人は私ですって!」
あちらにとって大事なのは、真犯人がヒナミの人格を貶めるものであることだ。
その為に、レイラ達はこんな手の込んだ計画を企て、昼行灯が言い逃れ出来ない状況を作り、彼に罪を被せようとした。
ならば、用意された真犯人像を、無理矢理塗り潰してしまえばいいと、ヨリコは自らをヒナミ殺しの犯人として、この茶番劇に躍り出た。
目論みが外れ、本当に犯人として捕まり、裁かれることになろうとも、構うことはないと。
ヨリコは、自らの身を差し出す覚悟で、全ての歯車を狂わせることを決めたのだ。
「マスコミさん達の前でも、ヒナミさんを殺そうとしましたって、ぜーんぶお話します!本当に、お騒がせしてすみませんでした!」
「よかったじゃん。探してた真犯人を世間様に叩き出して、事件解決だ。お祝いに、シャンパンでも開けてあげようか?」
「あ――あんたらねぇ!!」
レイラは、額に青筋を浮かべて、いい加減にしろと吠えようとした。
だが、オフィスを震わせたのは彼女の怒声ではなく――。
「やめて!!」
痛ましい叫び。その声に、ヨリコとすすぎあらいも、表情を沈めた。
これこそ、この作戦の本当の狙い。自らの破滅も辞さずに挑んだ賭けで、二人が掴み取ろうとしていたもの。
全ては彼女の――茶々子の真実を知る為の、謀計だ。
「もう……やめて」
そして狙い通り、茶々子は掛かった。掛かって、しまった。
「そんな、馬鹿みたいな嘘吐かないで…………見て、いられないでしょ……」
「ちゃ……茶々子、さん……?」
願わくば、外れてくれればよかった。
とんだ茶番だと、呆然と事態を傍観してくれていれば。そうしたら、彼女はやはり無実であったと言えたのに。茶々子は、ヨリコの予想通り、自ら舞台に上がってきてしまった。
「……計画は失敗よ、レイラ。当初の計画通り……私を捕まえて」
「お、おい茶々子?!お前まで何言って――」
「アマガハラ・カゲヨシと手を組んで、ヒナミさんを殺し……昼さんを犯人にしようとしたのは、私よ」
ピシリと音を立て、陶磁のティーポッドに亀裂が入った。
それはまるで、彼女の心を現すかのように。罅割れた頭部は小さな破片を落とし、釁隙からは、赤黒く濁った液体が滴って。
変わり果てた茶々子は自ら、壊れた心の内を――真実を、一同に明かした。
「真犯人は、私。もう……茶番は終わりよ」