モノツキ | ナノ


そうして昼行灯が姿を消してから、小一時間。
その間、ヨリコは応接間のソファに力無く座りながら、ただ待っていた。

レイラ達が昼行灯の部屋を穿り返し終え、何も見付からず、自分達の思い過ごしであったと言ってくれるのを願って。
ヨリコは捨てきれない希望を携えて、待ち続けていた。

無駄なことだとは、分かっているだろうに。
未だ僅かな望みに全てを託すヨリコの居た堪れない姿に、社員達は胸を痛めた。


彼女がこうして祈り続けているのは、自責の念があるからだろう。

レイラの言葉から昼行灯を庇いきれず、此処を去る彼を引き止めることさえ出来なかった自分を、ヨリコは責めている。
臆することも怯むこともせず、昼行灯の無実を訴えていたのなら、こんなことにはならなかったのに、と。
考えたところで仕方のないことばかり堂々巡りさせながら、非力なヨリコは祈るしかなかったのだ。


「…………」


何か、声をかけてやった方がいいのではと思えど、誰も動けずにいた。
誰もが、もうどうにもならないことを痛切に感じているのだ。

相手は帝都一の大企業、アマテラスカンパニー。その社長秘書が動いているということは、社内の上層部も昼行灯の始末に乗り出したと見て、間違いない。

こうなれば、昼行灯の罪の有無は関係ない。向こうが決定を下した以上、此方は力の奔流に呑まれ、身を砕かれるしかないのだ。

出来ることがあるとすれば、ヨリコと同じように、祈るくらいしかないだろうが。
祈りが通じるような優しい世界であったなら、こんなことにはならなかっただろう。


「凶器が、見付かったわ」


やがて、証拠品として鉄蝋持って戻ってきたレイラがそう告げた時。ヨリコはこの世界の残酷さに、改めて打ちのめされたのであった。







(お願い、助けて)


助けを乞うてきた彼女に手を差し出したのは、同情では無かった。


見るも無残な、みすぼらしい少女。父親の借金が原因で、あわや売られるところ彼女を、憐れんではいた。

だが、私が彼女を救ったのは、可哀想だからなんて感情ではなくて。
誰もが忌避するこの、呪われた身にさえ縋り付いてくれた彼女なら、もしかしたらという、浅ましい想いがあったからだった。


(行く宛てがないのなら、此処で働きながら暮らせばいい)


安寧という籠に彼女を押し込めて、何時の日か、私に報いてくれたらなんて。
そんな賤しい心緒で、偽善を振り翳していたから、全て壊れてしまったのだろう。

最初から、他ならぬ私自身の手で、何もかも歪めてしまっていたのだから。


(身勝手な期待を背負わせておきながら、裏切ったなんて)

(一体お前は、何時になったら独りよがりを脱することが出来るんだ)

(なぁ、昼行灯)

(彼女に、何の罪があった)


咎められるべきは、私の方だ。

どうか私を救ってくれと、独りよがりの願いを彼女に押し付けて。それが叶わぬと知るや、彼女を裏切り者だと見做し、手に掛けた。

姉様の言う通り。彼女には、何の罪も無い。悪いのは、私だった。


――だから。


(貴方が、寂しいってこと……馬鹿な私でも……分かるんです。ここで貴方を見捨てたら……私は、きっとあの人達と変わらないってことも……。だから、助けたかった……)

(昼さんのことが知れたこと、私の中ではすっごくすっごく、大きな進歩になったと思うんです!だから、今日ちゃんとこうしてお話出来て……本当に嬉しいんです)

(私は……自分で此処にいたいって思っているんです。此処以上に私が幸せになれる場所なんて……何処にもないと思ってるんです……)


この恋が潰えてしまったのも、きっと仕方のないことだったのだ。

なんて、素直に呑み込めたなら、苦しむこともなかっただろう。


「…………っ、」


砕けた想いの破片は、嚥下しようとすれば喉を裂く。

その痛みを押し殺して、無理にでも呑み下せば、心臓が悲鳴を上げて、裂かれた箇所から止め処なく溢れていく。


口にしていい筈のない、許されざる言葉が。

彼女に伝えること叶わず終えた、私の想いが。


「……あああ、あああああああ」


救われなくったっていい。

ただ、貴方が傍にいてくれたなら。こんな私のことを受け入れてくれたなら、それ以上何も、望まないから。


どうか、私が貴方を愛することを、許してください。


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