モノツキ | ナノ


「それから流れ流れて、ワタシはツキカゲに拾われたネ。
これが、××××もとい、殺し屋火縄ガンのルーツで…ワタシが人を殺さなきゃいけない理由ヨ」


火縄ガンが語り終えると、病室にしばし沈黙が流れた。

想像を遥かに上回る凄惨な火縄ガンの過去に、ヨリコは青ざめ、何も言うことが出来なかった。


何故彼女が、幼いながらに殺し屋なんてものをしているのか。
何故彼女が、銃のつくも神になど呪われたのか。
何故彼女が、裏の世界で生きているのか。
何故彼女が、殺さずにはいられないのか。

これまで疑問に思っていたそれらを、全て知ってしまったヨリコは、言葉が見付からなかった。


ただ殺人に快楽を覚えているのなら、誰かに強要されているのなら、まだ返す言葉もあっただろう。

だが、彼女は作られた殺人鬼で 苦痛を快楽に転じなければ心が死んでしまい、
自ら殺さなければ罪悪感に押し潰されてしまっていたというのに。
責めることも窘めることも、慰めることも出来る訳がなかった。


「アハハッ!ヨリコ、アタシに何か言いたいことあるネ?こんな話聞いたら、皆大体そういう顔するから分かるヨ」


そんな反応が返ってくることなど分かり切っていた火縄ガンは、思った通りだと笑った。

こいつも同じだと嘲るように、見えない顔を歪ませて――それから、大きく息を吸い込んで、叫んだ。


「皆同じヨ!!人のこと可哀想な眼で見ておいて…『どんな過去があっても殺しはいけない』とか!『今はもうそんなことしなくていいんだよ』とか!!
分かったようなこと言うネ!!戻れないとこまで落ちたことのない人間は!必ずそう言うヨ!!」


あまりにも悲痛な叫び声だった。これまで味わってきた苦痛や悲哀、寂寥と怒りが混じった、悲鳴のような声。
まだ幼いその声色が紡ぐ言葉が、深々とヨリコの胸に突き刺さった。


「ワタシは、生きる為に両親が教えてくれた言葉を捨てた!こっそり拾った猫が、目の前で犬の餌にされても耐えた!
羽振りのいい客に接待をしろと言われたら、体さえも売った!そして、殺して殺して、殺してきたヨ!!」


まだ子供だというのに、彼女は痛みを知り過ぎていた。それが火縄ガンの言葉をより研ぎ澄まし、悲しい残響を生んだ。

鼓膜を震わせるそれに、ヨリコの胸は絞めつけられていく。しかし彼女以上に、火縄ガンの心臓は痛んでいた。
ぶり返してきた過去の痛みを回顧するかのように、堪え難い痛みが、彼女を襲った。


「だから…ワタシは今更、殺すことをやめられない。
これまでどんなに辛くても生きる為にしてきたことが無駄にならないよう…殺すしかないのヨ」


それでも尚、火縄ガンは笑った。心にどれ程の激痛が身を苛もうとも、死に至ることはないと彼女は知っていた。

苦しいのも悲しいのも悔しいのも、生きていく上では関係ない。だから、自分は大丈夫なのだと、火縄ガンは笑った。


彼女にとって死は、殺戮の手が止まることに他ならないのだから。


「そんなワタシを…アナタも否定するつもりなんでショ?ヨリコ」


隠し持っていたメスを握れる内は、何も問題ないのだと。



「…こんなものか」


握ったピアノ線を強く引くと、絡め取られた腕がだらりと動いた。

ばたばたと草の上に落ちる血は、傷だらけの四肢から伝い、倒れ込んだ体を中心に水源をじわじわと広げていた。

そんな様子を見下ろすは――


「お前もやはり、俺を殺せる人間ではなかったようだな」


手の肉が抉られることも厭わずピアノ線を握りとめた、昼行灯だった。


互いに凄まじいスピードを誇る者同士、戦いの展開もまた、凄まじい速さで進んでいき、
三分と掛からない内に決着が見えるものとなった。

昼行灯捨て身の攻撃に不意を突かれ、自身の得物で腕や脚に裂傷を負ったTELは、
追い討ちを掛けるように肩に食らった鉄蝋の深手もあり、最早戦える状態ではなかった。

自慢の速さは損なわれ、おまけに片手は上がらない状態にされては、TELに勝ち目はないだろう。

そんな光景を見れば、彼に雇われ従っているごろつき達は叫び声を上げて逃げ出しそうなものだが。
生憎彼等は彼等で、任された二人を相手に切羽詰っていて、人の戦いを見ている暇はなかった。

そこらのツキゴロシと違い、個々がそれなりの実力を持ち、数が多いこともあってまだ全滅には至っていないが、それでも、暴れまわるシグナルとすすぎあらいに対し活路が見出せる気もしない。


「…随分、手間をかけさせてくれましたね」


昼行灯はふっといつもの調子に戻って、TELの肩を踏み詰った。
気が済んだ、というよりかは拍子抜けした、という様子だった。

結局この男もこんなものだ。うんざりする程撃退してきた人間達と、こいつも変わらないのだと言うような。
そうして、すっかり激情を萎ませて此方を冷静に処理しに掛かっている昼行灯に、依然踏まれたままTELは――。


「く、はは…」


鼓膜を突く底気味笑い声に、昼行灯の肌が静かに粟立った。


此処に来て、覚えのない感覚だった。

昼行灯が目の前に相手に対して恐れめいたものを感じたのは、その時が初めてであった。
どれだけ此方の情報を掻き集め、入念に対策をとってきていても、所詮恐れるに値はしないと思っていた筈のTELが、その時になってようやく、昼行灯の肝を冷やした。


「ははは…はーっはっはっはっはっは!!」


叩き伏せられた瞬間打った肺が痛むのも構わず、TELは大声を上げて笑った。
吹っ切れたという訳ではなく、ようやくツボに入ったというようなその笑い声が、胃袋にまで響いてきて不愉快であった。

昼行灯は思わずTELを踏む足に力を込めるが、骨がごり、と地面に詰られても、TELはふくふくと背中を揺らした。


「確かに、俺はお前を殺せる人間ではない。そんなことは最初から分かっていたさ」

「…何を」


酷く愉快そうな声をからからと鳴らし、TELは動揺が窺える昼行灯の足をバっと取り払った。

しまったと思うのも束の間。地面に腰を下ろして止まった彼を見て、昼行灯は困惑した。
抵抗するでもなく逃げるでもなく、わざわざ目の前に座り込んでどうするつもりなのか。
昼行灯はピアノ線を離して鉄蝋を構えるが、TELは呑気に立てた片膝に肘を置いて、悠々と彼を見上げた。

まるで、こうして話をする為に姿勢を直したようだった。


「俺は、お前に憧れていたんだ。この世の最底辺の中でもさらに最悪の身分でありながら、力を持つ無明の迎え火…。
話を聞いた時から、お前のようになりたいと願ったもんだ」


向こうでごろつき達の悲鳴や、弾かれる金属音が谺する中、TELは小さくリィンとベルを鳴らした。

感傷や思い出に耽っているような音色。それを塗り潰すような凶悪な色を湛えた声が、やがて彼の隠された口から吐き出された。


「憧れてしまえば、そいつには勝てない。だから、俺にお前を殺すことは出来ない。
だがなぁ、お前を殺す手段は俺以外の奴が持っている!!その瞬間、お前は憧れではなくなり、俺はお前を越えることが出来る!!」

「…貴方、一体」


何かしでかす前にこの場で始末するべきか、と昼行灯はじり、と爪先に力を込めた。
だが、全てを勝手に吐き出してくれているのを止めては、何か取り返しがつかないことになりそうで。

命のやり取りをしていた時よりもいっそ緊迫した空気の中、にたりと嫌な音がした。


「なぁ、昼行灯。お前のことを調べていて、分かったのがお前のことだけだと思うか?」

「―――!!」


刹那、昼行灯の脳裏をヨリコが過ぎった。


「お前を殺すのは俺じゃない。殺しは…殺し屋に任せるのが一番だろ」


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