モノツキ | ナノ
彼女は、唯一残された両親との繋がりである名前を 美しい金色の髪を 緋色の大きな瞳を奪われた。
名前を言おうにも喉から”ミラベル”という言葉は出ず。口を動かす度にカチャカチャという金属音がする。
そして、此方を見据える、恐怖と吃驚で見開かれた眼には、頭部に置かれた拳銃が映り。
やがて彼女を、絶望の一声が襲った。
「この…忌み物がぁ!!!」
久しくなかった暴力の雨が、彼女に降り注いだ。
それも、これまでのように躾る為のものではなく――殺す為の暴力が、彼女を更に深い地獄へと突き落した。
「てめぇを!買うのに!!幾ら払ったと…思ってやがるんだ!!!」
「ぐっ!あが…マス、タ………」
平たい腹を貫くような蹴りが内臓を突き、これまで殴られることのなかった顔に容赦なく拳が浴びせられ。
馬乗りになった団長に首を絞められた瞬間、彼女は悟ってしまった。
――このままでは、生きる為にしてきた殺しが台無しになってしまう、と。
「モノツキなんぞになりやがって…てめぇはどこまでもカンに障る野郎だ!!この雌ガ……」
彼女は、この頃には常備するようになっていたナイフで団長を刺した。
そこには、恨みも怒りも悲しみもなかった。ただ、彼女はこれまで通り――生きる為に彼を殺した。
自分達を見世物にして得た金で肥えた腹に刃を深く沈め、首を絞める手が緩んだところで身を翻し、団長の頸動脈を裂いた。
あれ程恐れていた男が、大量の血を垂れ流して呆気なく死んだ時。
少しばかし虚しいと、もう誰にも見えることのない彼女の眼は、そう語っていたが――
「懲りぬおなごよのぅ」
それを知るは、宙に浮かぶ人形のような神のみだった。
「殺し過ぎたが故に呪われたと言っても過言ではあらぬというのに、それでも尚殺すとは。憐れみを越え、感服するわ」
「…当然ヨ」
しわがれた声でからからと笑うつくも神は、血をだくだくと流して横たわる団長と、その血を拭いもせずに壁に掛けられた武器を持ち出す少女を交互に見た。
だが、少女は神に一瞥くれることもなく、淡々とナイフを、斧を、銃を身に着けていく。
ただ目についたものを手にとって、ただ殺す為に身に着けて。
「ワタシは、殺さないと生きられない。なら、どうなろうとも殺すだけヨ…死ぬまでネ」
もはや神のみぞ知る緋色の瞳を細めて、少女は恍惚の色を混ぜた笑みを、静かに浮かべた。
「ほっほっほ!全く、呆れたおなごよ!!」
つくも神が黒い手を叩いて笑うと、団長の断末魔を聞いてきた従業員達が走ってくる音が聞こえた。
恐らく異変を察知して武装してきたのだろう。ガチャガチャと、人を殺める道具が鳴いていた。
少女はその音を聞きながら、ジャコンとショットガンに弾を装填した。
「おぉ、そうじゃ。おぬしに一つ、伝え忘れたことがある」
もはや神の言葉など聞いていない。此方へと向かってくる人間を殺すことに、戦慄いている少女は、高揚していた。
まだ生きていられることに、まだ殺せることに。
「この先も殺して生きる愚かなおなご。お主が今後罪と共に背負う、忌み名をここで授けよう」
だがそれでも、神の残したその言葉を彼女は
「銃を捨て過ぎた愚か者よ、主の名はこれより――」
火縄ガンは、鮮烈に覚えていた。