モノツキ | ナノ


帝都クロガネは、正しい世界から弾かれてしまった人間の為につくも神が作った世界だ。

その弾かれてしまった人間は、大半が正しい世界に於ける”東洋”というところに住まう者であったが。
ごく一部、西洋という場所から来た人間がいた。

彼等は異国人と呼ばれ、帝都の公用語とは異なる言葉を使い、見た目もまた、良い意味で眼を引くものをもっていた。

そんな異国人の血は長い年月を経て薄れてしまったが。
帝都の中にはほんの一握りだが、異国人の血だけを受け継いだ人間が今も存在する。
彼女、ミラベル・キルシュタインの両親は、年々希少さを増していく純血の異国人で、その両親から生まれた彼女も当然純血で。

ミラベルはまさに人形のようなと比喩するに相応しく。
異国情緒の結晶とも言える大きな眼や波打つ金色の髪がとても美しい少女であった。


両親は「きっとこの子は幸せになるだろう」と日々彼女に深い愛情を注ぎ、それに応えるかのようにミラベルは怪我も病気もせず、すくすくと育った。

いっそ怪我や病気をした方がよかったのかもしれないと思われる事件が起こったのは、
彼女が四歳になったばかりのある日のことだった。


「本当に…本当に純正の異国人なんだな!!」

「しかも見ろ、女だ女!まだ子供だが、確かに女だ!!」


ミラベルは母親との買い物中。一瞬の間の隙を突かれ、攫われた。

叫ぶ間もなく口を塞がれ、通路の脇へと連れ去られ、そのまま袋に押し込められたと思えば車で運ばれ。
気が付けば、ミラベルは裸に剥かれ、男達に品定めをされていた。


恐ろしさと困惑で声も出せずに涙を流すミラベルは、訳も分からぬままじろじろと自分を見てきた男の一人に買い取られた。

そこでようやく彼女は「ママのところに返して」と叫んだが――そこから彼女の地獄が幕を開けた。


「何言ってんだか分かりやしねぇ。躾ついでに言葉も教えねぇとなぁ」


殴り飛ばされ、床を転がり倒れ込んだ時。
頭上から吐き捨てられた言葉の意味は分からずとも、ミラベルは理解した。

自分は、二度と両親の元には 元いた場所には帰れないのだと――。


「純血の異国人は、帝都の裏でとんでもない額で取引されてるネ。
ワタシが幾らで買われたかなんて知らないケド…叩いた大枚を回収する為に、団長(マスター)は躾に御熱心になってたヨ」



「このガキ!!優しく扱ってやってりゃ…調子に!乗りやがって!!」

「ごめんなさい!!!ごめんなさい!ごめんなさいぃいいいい!!!」


レアモノ中のレアモノであれど、見世物小屋の商品であることには変わりなく。
ミラベルに手厚い待遇などなく、強いて挙げるのなら殺されないだけで、芸が出来なければ鞭が、反論を唱えれば拳が、泣き事を言えば蹴りが飛んできた。


「ちょ、ちょっとやり過ぎじゃないっすか…。こいつにあんま傷つくっと…」

「だからこうしてっ!!見えねェとこを!やってんだろうがっ!!」

「うぐ、う、え……うえぇえええええん!!」


あらゆる痛みから解放されるのは従順に物事を熟し、犬のように相手の要求を遂行している時だけで。
ミラベルは骨が軋むような痛みから逃れる為にと必死で言葉を覚え、客を魅せる為の芸を覚えたが。
それでも、子供である彼女に、見世物小屋での日々は堪えられるものではなく。
優しい父母の元へと帰りたいと願わずにはいられなかった。

当然それは、許されることも叶えられることもなく。ミラベルはずぶずぶと、地獄へ沈んでいった。


「糞ったれが!!いいか、てめぇの家は此処なんだ!二度と帰りてぇだなんだと泣き喚くんじゃねぇぞ!!」

「ふ、う…うぅぅ…」


底のない泥沼のように、足の先から。腐臭漂う汚泥の中へとゆっくり落ちて、光から遠ざかって行く。
その体に傷と恐怖を刻み込まれながら、少女は元の場所へと戻れないところまで引き摺り下ろされていく。


「それになァ、てめぇは此処から出たとこで、もう戻れやしねぇんだ。分かってんだろ?
見ろ、そこに転がってるモンを。あれは、お前がやったんだぞ?」

「いや…いや……」


そしていつしか、彼女が自ら沈んでいくようになるようになるのに そう時間は掛からなかった。


「あれはてめぇが生き残る為に、ぶっ殺したガキだ!!てめぇは人殺しなんだよ、ミラベル!!!」



混じり気なき異国少女、という売り出しだけでは客は引き寄せられない。

そこにもう一味、と見世物小屋の団長が足したものが、ミラベル・キルシュタインを大きく歪ませた。


「皆様お待たせいたしました!本日のトリを飾りますは、今やこのキヲテラの花形となりました!
美しき殺人少女、ミラベルによる殺戮演劇にございます!!」


ミラベルに商品として付与され、芸者として命じられたのは、殺しだった。


「さぁ、殺すんだミラベル。皆がお前を見ているぞ」


舞台を囲む客達の前で、用意された人間を殺す。それが、それだけが彼女に任された演目であった。


「どうしたぁ?!!早く殺せ殺せーー!!」

「それともお前が殺されるかー?!ぎゃはははは!」

「大丈夫だよなぁミラベル。あれだけ”練習”したんだ、出来るだろう?」


怯え、震える麗しき少女が、恐れながら血肉を浴びる。

レアモノである彼女を残し、かつ集客するのにこれ以上となく名案であると、団長は彼女を殺人者へと仕立て上げ――


「あぁなりたくないのなら、早くやってこい」


彼女は、他の誰かがそうなる前にと、殺人者への道を踏み出した。


「最初は縄で縛られ動けない、ワタシと同い年くらいの子供から。
それから、向ってくる子供を殺して、複数で襲ってくる子供を殺して、大人を殺して、大人を複数殺して…。ワタシは、生き残ったヨ」



殺さねば、殺される。 それを躾で理解させられた彼女は、生き残る為に殺した。

殺されるのではなく殺す者である内は生きていられるのだと、ただひたすらに殺した。
殺せと言われたものを舞台の上で、殺して、殺して、幾つもの夜を越えた。

相手も使う武器も厭わず、いつしか彼女は ミラベル・キルシュタインは正真正銘の殺人者になってしまった。


「出番だぞミラベル。いっておいで」

「イエス、マスター」


躊躇いもなく、寧ろ快感を覚えて殺し、あらゆる殺しを身に着け、殺しのポリシーを持つようにまでなり。
ミラベルは殺人者として完成されていった。団長が望んだ、悍ましくも美しい商品へと昇華していった。

そうしてミラベルがようやく安定を掴みかけた頃――ミラベル八歳のある日。再び悲劇が彼女を襲った。


「…なんだ、お前は」


彼女が殺しては投げ捨て、殺しては投げ捨ててきた、銃のつくも神の呪いであった。


「マスター、ワタシ、ヨ……××××ヨ」

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