モノツキ | ナノ


クライアントの元で狼煙が上がった頃、昼行灯達は車から降りて、林道を進んでいた。

といっても、件の場所までそう距離はなく。真っ暗な道も皮肉ながら、昼行灯の頭に照らされたお蔭で進むのに難もなく。
歩き出して数分、開けた土地に出てきた彼等を待ち受けていたのは、案の定というべき光景であった。


「来ると思っていたぞ、無明の迎え火、昼行灯」

「…来訪が分かっていた割に、あんまりな持て成しですね」


まだ明かりのない土地は、数台のトレーラーに積まれたライトに照らされ、辺りがよく視認出来た。

人工的な白い光に思わず手を翳して影を作れば、正面には黒電話頭の男と、時計頭の男。
そして周囲には、彼等が引き連れてきたであろう如何にも柄の悪い若い男達が、物騒な笑みをニタニタと浮かべていた。
見えないだけで、分からないだけで、恐らく前の二人もこんな表情をしているのだろう、と昼行灯は溜息を吐いた。

二歩後ろに構えるシグナルとすすぎあらいもまた、こんなこったろうと思っていたと言いたげに肩を小さく落とした。

双方、ここまでは想定の範囲内。ということは、腹の探り合いでは引き分けということだろうか。
手を読まれるというのは中々に嫌なものだと昼行灯は音を出さずに舌を打つが、
反面、迎え撃つ主犯――TELは機嫌がよさそうであった。


「寧ろこれ以上とない好待遇だと思ってもらいたいものだ。
こっちはあんたらを的確に潰す為に、これだけの人数を揃えたんだからな」


その機嫌はゆうに御ジュに近い人間がついている余裕が作っているのだろう。
優勢に立ち、勝利を確信している人間というのは、酔いやすいものである。
慢心や油断を招きかねないものだが、TELは悠長にしていても隙らしい隙は見せずにいる。

昼行灯達の間に張り詰めている空気が鋭さを増す中、更にTELは追い討ちを掛けるようにリンと頭のベルを鳴らした。
レトロな音色と共に、悠然とした低い声が響いた。


「限りなく最底辺に位置しながら、その名を聞けば竦む者がいる裏社会の覇者、人外中の人外…始末屋、昼行灯。
加えて、運び屋シグナルと掃除屋すすぎあらいまで来るとなれば…盛大に出迎える必要があるだろう」

「…おぉい、昼行灯」

「………えぇ」


シグナルが目配せするまでもなく、昼行灯は袖口から鉄蝋を取出し、構えた。
それは、TELに対する警戒心を強めたという証に他ならず、その様を見たTELからふっと笑いが漏れた。

わざわざ本人達にとっては言われるまでもない情報を口にした甲斐がある、と、彼は更にひけらかすように続けた。


「あんたは有名人な分、少し動けば色んな情報が入った。
かつて裏社会の始末屋グループに属し最も過酷な仕事を任されていながら、
その実力と人斬りシザークロスとの共謀により、自ら組織を解体し乗っ取った。それが無明の迎え火のルーツ…」


昼行灯達が警戒したのは、TELの情報収集力にあった。

確かに彼の言う通り――裏社会では昼行灯は名が知れ渡っている存在だ。
しかし、それでも彼はそう易々と自分の情報を曝してはいない。TELが饒舌に語る、始末屋であった頃など、尚のこと。

だから、そんなものを取り出してきたTELに対して、昼行灯達は気を張り詰めた。
周到で、小賢しい相手程、何をしてくるのか分からない。もう既に何かをされている場合もあるのだと。
そう冷静に対応する三人であったが。


「いや、真にルーツというべきは、あんたが人であった頃にある…か」


TELが放ったその一言を境に、昼行灯から静けさが消えた。


「…そんな情報まで仕入れても尚、私に挑む気ですか」


手元から勢いよく、一直線に放たれた鉄蝋を紙一重で避けたTELを見ず、
シグナルとすすぎあらいは昼行灯へと視線を移した。

そこにはうねりを上げて燃える、黒々とした炎が今にも硝子を破りそうな程に燃え、僅かにランプの枠組みを赤くしていた。

シグナルとすすぎあらいは揃って、肩を小さく落とした。


「すすぎあらい、シグナル。他は全て、貴方達に任せます」


昼行灯は空いた片手にジャキッともう一つ鉄蝋を取り出すと、ざっと一歩踏み出した。
向う先は正面、TELの方。


「こいつは、私がやる」

(…キレてんな)

(…キレてるな)


シグナルは煙草に火を点け、すすぎあらいはとんとん、と靴を鳴らし、返事もせずにそれぞれの得物を構えた。

反論することはない、気をつけろなども言わない。ただ彼等は、与えられた仕事を全うするだけだ。


「ざっと五十人…っつーことは、ノルマは二十五人かぁ」

「…十人くらいあげようか」

「いらねーよ。特別ボーナスも何も出ねぇんだからよぉお」


シグナルは肩に手を当て首を鳴らし、すすぎあらいはひゅんひゅんと物干し竿を回して、周りを取り囲むごろつき達を見遣る。

ライトに照らされた銃やら刀やら鈍器やら、まぁよくも揃えたものだといっそ感心を覚える光景に溜息こそ吐く二人だが、その口振りには恐怖は微塵も移り込んでいなかった。

そんな二人を背に、昼行灯はつかつかとTELの元へと進撃していく。
しかし、たかが数十歩の距離も、此処ではそう簡単に進める道ではない。


「噂通り、随分変わった得物を使うんだなぁ。昼行灯」

「…………」


悠然と構えるTELを前に、彼の前に時計頭の男が立ち塞がった。TELと組むモノツキの一人、計である。

TELが出るまでもないと言うように立ち塞がった彼を前に、昼行灯はいっそ冷静に見える程ゆらぁりと静かに炎を揺らした。

まるでうっとおしいと言っているようだったが、カチコチと早い速度で頭の秒針を回す計には分からないだろう。


「これもある一種の宣伝なのか知らねぇが、目立てばいいってもんでもねぇだろうによぉ」

「…そういう貴方の得物は、二丁拳銃ですか」


にたっと笑う代わりに、計は長針と短針をぐりっと動かした。

彼の手には、そんな二つの針を模したかのように長さの違う銃が握られていた。
片方は銃身の長いショットガン、もう片方は自動式拳銃と、見た目的にアンバランスだ。


「得物ってなぁ、人を殺す能力に長けるものに限る。その点じゃ、銃が最も効率がいい。そうだろ?」


計はそれらを見せびらかすように掲げ、昼行灯の額へと標準を定めた。

カタン、と大きく分針が揺れ、吊り上る口のような形になった時計の針が、歪みを見せた。


「お前がそいつを投げる前に、俺が引き金を引けば…それで終わりだぁああ!!!」


ガァン!と馬鹿でかい銃声が、夜を割った。

だが、銃弾は静寂の中をすり抜けただけで、昼行灯の頭部には掠りもしなかった。


「――な」


短く声を上げたのは、傍観していたTELだった。

計は、何が起こったのかを理解しきる前に、眼の前に現れた昼行灯から、顎に当たるであろう部分に蹴りを食らっていた。

横薙ぎに一発、蹴りが入る。ぐらりと頭部が揺らされたせいで、景色がぐにゃりと眩んでいく。
そして倒れれる間もなく、力が緩んだ手元が弾かれた。

その痛みを認知する時には、もう遅かった。


「確かに、武器は人を殺せればいいな」


地面に尻がついた時、彼の眼前には銃口が宛がわれた。

威力の大きさが特に気に入っていた、ショットガンの銃口。
その冷たさが、瞬く間に彼の額から全身の血の気を奪っていき、そして


「しかし、人の物でも同じことだとお前は思わなかったのか?」


再び銃声が、今度は血と肉が飛び散る音と共に響き渡った。

パリンと硝子が割れる音がしたような気もするが――そんなことには誰も構わなかった。
この場にいる者の大半は、計が決して弱い者ではないことを知っている。

寧ろ、モノツキでありながら人間を引っ張っていくTELの右腕として置かれていた彼は、かなりの実力者であった。
そんな彼が一瞬のうちに、恐ろしく呆気なくやられてしまったのは 相手が悪かったとしか言えなかった。


「…俺のことを調べたというのなら、分かるだろう」


慎ましい立ち振る舞いの内に、いくつもの首を仕留めてきた牙を持つ、裏社会の怪物。
来る者を血に染め、闇夜を行く角灯頭の処刑人。

故に彼はこう呼ばれたのだ。――無明の迎え火、昼行灯と。


大きな風穴の空いた計の頭を見て固まる者達は、這い上がる恐れと共にそれを理解した。

そんな青ざめていく空気の中、昼行灯は手慣れた手付きでショットガンを回し、その銃口をTELへと向けた。
威圧するように黒炎を、取り繕っていた泰然自若さ諸共燃やし、昼行灯は包み隠してきた激情を曝す。
抑えつけられてきた殺意の箍を外し、剥き出しの牙を光らせて。


「俺を殺したいのなら、俺を殺せる奴を用意しろ」

「…ふ、はっはっはっはっはっはっは!」


じとりと冷や汗が伝い落ちる前に、TELが声を上げて笑った。

凍え切った空気を壊し、立ち込めつつあった恐怖心などくだらないと言うように。
夜の静寂を震わせて笑うと、TELは自ら一歩踏み出し、昼行灯へと前進した。

計の血で濡れた草と土を踏み、そのまま彼の骸までも足蹴にして、TELは昼行灯と向かい合った。


「確かに、そんな格言みたいなものを誰もが口にしていた。
あまりにお前が殺されず、いつの間にかそんな言葉が出来ていたそうだな…」


ライトに照らされて光る黒電話では、彼の表情は疑えないが 恐らく、とても愉しそうに笑っているのだろう。

目の前にいるのが、首を掻かんと画策していた無明の迎え火当人であることを確信し。
彼をこれから打ち砕くのだということを考えて、楽しんでいるに違いない。
銃の引き金に宛がった指に依然力を込めずにいる昼行灯を前に、TELは肩を震わせた。

ブランド物と思わしき、上質な黒いスーツに覆われた身は夜に溶け込んでいるのもあってか、やたらと細く映る。


「ならばやはり、俺がお前を相手にするしかないようだな!!」


しかし、体格は全てを左右するものではない。

細いということはそれだけ動きを苛むものがないということで、一瞬煌めいた何かに対し昼行灯の反応がやや遅れた程度に、TELは恐ろしい素早さを持ち合わせていた。

ぎら、と刃のように光ったそれは、ピアノ線だった。
あともう少し反応が遅れていれば、体のどこかに引っかけられていたに違いない。
恐ろしい素早さで仕掛けられたそれを後方に飛んで回避した昼行灯を前に、黒い皮手袋に覆われた手を引いてピアノ線をびぃんと張ったTELは、大きく声を上げた。


「お前らはその二人をやれ!どっちからでも構わん、全員で一人潰す位の気持ちでかかれ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


その号令を合図に、待たされ続けていたごろつき達が一斉に踏み出した。向う先は当然、シグナルとすすぎあらいである。

思わぬ余興につい出損ねてしまったが、二人の仕事もついに始められた。


「やれやれ、メインどころ二人も持っていきやがってよぉ」

「…手間省けたからいいんじゃない」

「それもそうだ…なぁああ!!!」


すすぎあらいとシグナルはそれぞれ左右に別れ、向かい来る相手の群れへと得物を振り下ろした。

その先では、昼行灯が計から取り上げたショットガンを構えTELへと発砲した。
だが、仕掛けるのが速ければ、TELは脚も速かった。
風のように横っ飛びしたかと思えば、影を盗るかの如く背後へと移ると、TELの手からヒュオンと音を立ててピアノ線が舞った。

対する昼行灯は振り向きもせず、自分の首へと迫り来るピアノ線の前にショットガンを挟み込んだ。
一瞬、異物にとっかかってピアノ線が止まると、その隙を掻い潜って昼行灯は膝を折って身を屈めた。

しかし、TELはそれも計算の内を言わんばかりに、くいっと手を引いた。


(――! 緑色に塗ったワイヤートラップ!!)


しゃがみ込んだ瞬間、草地に上手く溶け込ませるよう塗装されたワイヤーに気付いた昼行灯は、即座に手に持っていた鉄蝋を輪っか状になったワイヤーの中央へと突き刺した。

そして今度はそれを重心に逆立ちすると、後方に宙返りして、地面にざくざくと鉄蝋を刺し込んでいき、TELが鉄蝋に取られたワイヤーを指先に仕込んでいたカッターで切り離す時には、昼行灯の足場が出来上がっていた。、

自分を待ち受けていた相手が、罠を相当仕込んでいることに対しての警戒策か。
二つ刺した鉄蝋の上に上手く立っている昼行灯にふっと笑ったTELだが、ふとあることに気付いた瞬間、彼の心臓は爪を立てられたかのように冷えた。

昼行灯が地面へと突き刺した鉄蝋。その数六本が、どれも仕掛けていた罠を的確に潰していたのだ。


「…お前は、小細工で俺を殺せると?」


今度は昼行灯が、鼻で嗤うようにして返した。


「……生憎、俺はこういう手段で生き残ってきたものでな」


TELはまだ残さているトラップはいくつあるか。視線で確認せず、頭の中で思い浮かべた。

例え相手に自分の眼の動きが分からないとしても、油断してはならない。
見えざるものの動きすらも読み取るような男を前に、仕掛けた罠を潰してくれと言わんばかりの行動をしてはならないと。
これが本物との戦いか、とTELは短く笑った。

リリリリン、とベルの音が、昂ぶる心情をするかのように高く鳴り響いた。


「お前が潰したものはまだ、ほんの一部だっていうところを見せてやろう!!」


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