モノツキ | ナノ


「あの…本当にありがとうございました、すすぎあらいさん。わざわざ焼き鳥を御馳走していただいて…」

「もういいって…」

「あ、はい…」


帰りの道もまた、行きと違わず。
特に楽しい雰囲気もなく、ただ来た道を戻るだけの作業をこなすかのように、すすぎあらいが歩き、それにヨリコが続いた。

ツキカゲにアルバイトとして入ってからというもの、過去の境遇もあり、
社員達と打ち解けることを決意し、はりきっていたヨリコだが。


(初めから仲良くできることの方が珍しいですよ!社員の皆さんと仲良くしていくのもお仕事を円滑にするには不可欠ですし!
これから上手くやっていけるよう頑張りますから心配いりませんよ!)


なんて、昼行灯に意気込んでみせてから、もう半年が過ぎている。

その時間、未だ少し蟠りのある社員達と接してこなかったことはない。寧ろ積極的に話しかけて、距離を近付けようと努めてきた。

それでも、こうしてちぐはぐな関係にいる人間がいるのは事実である。


此方が歩み寄ろうともあちらが距離を置き、壁を作り、身を躱し。
そうして大きな衝突こそなけれど、打ち解けることなど出来ぬまま時間は過ぎてしまった。

それを痛感させられてしまうのが、こんな感じの沈黙が訪れる時だった。


買い物に同行することを許された時、これがすすぎあらいとの距離を縮められる切っ掛けになればと心を弾ませたものだが。
実際、そうは上手くいかないものである。

ヨリコが誰とでも心を通わせたいと望むように、すすぎあらいは誰とでも適当に、最低限の干渉をしたいと望んでいる。
お互いの思考が異なり、お互いの望みが正反対である以上、それは仕方のないことで。
無暗に自分の考えを押し付けるのは相手への冒涜に他ならない。

和解の為に戦争を引き起こすのは本末転倒もいいところである。
それが偶発的に起こってしまったのなら仕方ないとしても、自ら起こすのはどうかしている。

相互理解を望む平和主義者のヨリコには、ずけずけとすすぎあらいの領域に踏み入ってまで、彼を知ろうとする気は起きなかった。
故に、今も彼の歩幅に合わせて早足に歩き、会話を渋る彼に対し気まずくとも沈黙を貫いている。

もしかしたら、こうして相手に合わせていればいつかどうにかと、浅はかな期待を掛けて。
だが、そう都合よくいかないからこそ、こんな現状になっていて。
そして都合よく事が運ばないのは、彼もまた然りであった。


「お、すすぎあらいじゃねぇの!何だ、久しぶりだなぁ!!」

「あ、貴方は…」

「ん……あぁーーー!君、あの時会った!」

「………知り合いだったんだ、アンタら」


半年振りとあり、変わらぬ街並みも懐かしいものであったが、まさか懐かしい顔。
いや、ジッパーに会うとは思ってもいなかっただろう。

ヨリコ達の前に現れたのは、ウライチの商人、梔子だった。


「いやー、確か半年前だったよな!お嬢ちゃんが昼行灯と一緒にデートで来てるとこに遭遇してさーー!んで、何?今日はすすぎあらいとデートなの?見た目によらずやり手だねぇ!今度俺ともお付き合いしてくれよー!
俺最近彼女にフラれて今淋しい独り身貴族様だからさぁ〜〜!」

「あ、えっと、あのですね…」

「ってかすすぎあらい、これってもしかして昼行灯から寝取っちゃった系?
俺、すすぎあらいがそんな肉食系だと思わなかったからビックリしたぜー!
お前草食系越えて絶食系入ってっからさー!浮いた話も何も聞いたことなかったのにこれだもんなー!!」

「あ、あのぉ…」


半年振りでも一切衰えを見せないこのマシンガントークに、一体どこから介入して、どこから弁明すればいいのかとヨリコが慌て始めた。

まずお久しぶりです、と挨拶して、それからすすぎあらいに知り合った経緯を話して。
その後、昼行灯とはデートに来ていた訳ではないことと、すすぎあらいともただの買い物に来ていることを説明して、最後に折角の申し出だが、デートはお断りさせてもらう旨を伝えたいのだが、梔子の話はまるで決壊したダムのように止まることを知らない。
すすぎあらいに至ってはもう説明を諦めて、さっさと立ち去ろうと隙を見計らっている始末だ。
この恐ろしく口が軽い男が根も葉もない噂を流すだろうことも、あらぬ誤解を受けたこともどうでもいいらしい。

どうしよう、どうしようと焦るヨリコの横で、すすぎあらいは我関せずの態度を貫いていた。――だが。


「でもよー、昼行灯も残念だな。”あの件”から暫く塞ぎ込んで、ようやっといい相手見付けたってのに…」


と、ぱくぱく開くジッパーから次の言葉が出ようとした瞬間。
ヨリコの隣で紙袋だけが宙に浮き、次の瞬間、梔子の体は近くの建物の壁に叩き付けられていた。

ドシャドシャ、と袋が地面に落ち 瞬きも出来ずヨリコが立ち尽くす前で。
梔子の喉笛を掴み上げたすすぎあらいは、その手にギリギリと力を込めていた。


「…言葉は、選ばなくてもいい。だが…話すことは選べよ、糞野郎……」

「カ…ッハ………!!」

「す、すすぎあらいさん!!!」


その声は、ヨリコが今まで聞いたこともないものだった。

いつも蓋を開けて放置されたぬるい炭酸飲料のようなすすぎあらいの声が、その時だけは研ぎ澄まされた刃のように鋭く、空気を震わせていた。

そのまま梔子を絞め殺すことをも一切厭わないその声の調子に、ヨリコは大慌てで彼を止めに向かった。
だが、ヨリコが腕に手を伸ばすよりも先に、すすぎあらいは梔子を地面に投げ捨てて、
大きく咳き込む彼の頭をぐい、と掴み上げた。


「分かってるだろアンタも…世の中、洗い出さなくていいこともあるんだって…」

「や…やめてくださいっ!すすぎあらいさん!!」

「アンタは黙ってろ」


その時のすすぎあらいは、いつもとはまるで違っていた。

自分の感情ですらもどうでもよさげに投げ出しているこの男が、初めて怒りというものを露にし、ヨリコを竦ませる程の気迫を放っていた。


一体、梔子の何がそんなに彼の逆鱗に触れたのか――。

それを尋ねるよりも先に、すすぎあらいは梔子から手を離し、地面に投げ出した荷物を回収していた。

そして、未だ酸素を求め蹲る梔子を最後に一瞥し、すすぎあらいは一言、唾を吐き捨てるように言い残して行った。


「…次、その話を出した時は干す。せいぜいその頭閉じて…話すことを考えるように努めときなよ」


突然のことに呆然としていたヨリコに、「行くよ」と言って、すすぎあらいは梔子に背を向けた。

ヨリコは、梔子に何か言わなければならないと、すぐにはその指示に従うことが出来なかったが――此方に向けられた洗濯機の無機質な光が、余りにも威圧的で。

ヨリコは梔子に大きく頭を下げてから、走り去ることしか出来なかった。


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