モノツキ | ナノ


パキパキ、と木炭が火に食い尽くされる音と、タレを纏った鶏肉が炙られるジュージューという音が共鳴する中。
湯気をふぅふぅと吹き飛ばして、思い切って齧り付けば、口の中に熟成されたタレの甘みと、柔らかい肉の旨みが広がっていく。

適度な歯ごたえのある肉は噛む度に解け、少し焦げた皮のパリっとした食感がまた此方を楽しませる。
更に一緒に葱を口に含めば、また肉の美味さが引き立ち、簡素でありながらこれ以上となく精巧な一つの料理――焼き鳥は、此方を強く魅了するのであった。


「おいしーーい!」


空腹に打ちのめされていたヨリコが連れられてきたのは、ウライチに並ぶ屋台の一つ。焼き鳥屋であった。

店主はモノツキではなく普通の人間だが、すすぎあらいに対してもごく当たり前のように注文を受けている辺り、此処ではモノツキも大事な顧客なのだと実感出来る。

すすぎあらいから「鶏肉が食えるか」と聞かれた時は何事かと戸惑ったヨリコだが。


「社長が五月蝿そうだから、これで腹の虫鳴き止ませといて」と一パック分の焼き鳥を手渡され、しかもそれが極上の味ときた日には困惑など消し飛び。
腹の虫も鳴いた甲斐があるなんて思いながら、舌鼓を打ってしまうのであった。

歩きながらでは串が危ないので、調度蓮向かいにある休憩所のベンチで荷物を下ろし、
ヨリコは空きっ腹を満たす焼き鳥に顔を綻ばせ。
その隣で、すすぎあらいはただ頬杖をついて、ヨリコが食べ終わるのを、これまた気怠そうに待つのであった。


「こんっなに美味しい焼き鳥食べたの初めてかもしれません……うーー、おいしいおいしい!」

「……そりゃよかったね」


と、ヨリコが焼き鳥を大絶賛しながら頬張る横で、すすぎあらいは、つーーっと顔を逆隣りに逸らした。


「…で、何でアンタの分まで俺が出してんの?」

「いいじゃないかぁ、席代だと思えば」


調度すすぎあらいを真ん中にするように、右側にヨリコ、そして左側にもう一人。
つくね串とぼんじりを貪る人物がベンチに腰掛けていた。

すすぎあらいに劣らぬ気の抜けた声に、カラカラ、薄い金属に何かがぶつかる音を立てて笑っている着流し姿の男。
その頭は猫の顔がプリントされた平たい缶であった。所謂、猫缶という物だ。
焼き鳥の串が缶を突き破っているかのような奇怪な光景を見ても、自分も変わらないので驚きもせず。
ただただ、ちゃっかりちょっとばかし豪勢な焼き鳥パックを一緒に注文し、会計の全てを自分に委ねた男に、すすぎあらいは辟易するのであった。


「アンタのとこに座るって言ってない内に注文してきたよね、カンカラ」

「まぁ、結果オーライ結果オーライ。ほら、お茶サービスするからさぁ。そう怒らないで」

「…怒ってないし」


男、カンカラは見ての通りモノツキであり、この町――ウライチの住人の一人である。
食べ物系の屋台が並ぶ通りで、買った食べ物を食すに調度いいベンチを並べた休憩所を作り、ついでにそこで駄菓子やら飲み物を売って生計を立てている。

何せ弾かれ者達が駐在するウライチのこと。屋台を営む者が生活に困らない程度に儲けを出せば、それに比例して休憩所も儲かる。
よって、カンカラが人様の買い物に紛れ込み、物をたかる必要性は本来ならばないのだが。


「あぁ、そうだそうだ。そろそろボス達が来る頃だからなぁ。ご飯出しておかないと」

「…猫より先に自分のエサ確保しなよ」


ベンチ下や店先で屯している猫、猫、猫。
ざっと今視認出来るだけでも五、六匹くつろいでいる猫達に加え、此処に通っては食事にありつく流離い猫の群れ。
カンカラが買っているという訳ではなく、全て野良猫なのだが。
それらのエサ代で、彼の懐は人に食事をたからずにはいられない程の氷河期を迎えているのだった。

自業自得としか言いようのないその惨劇に、すすぎあらい以外の者でも同情し兼ねるだろう。
だが、どう言及してものらりくらりと躱してくるカンカラに、結局皆請求を諦め。こうして一杯の茶ごときで妥協してしまうのである。

湯呑に注がれてきた冷たい緑茶を飲みながら、すすぎあらいは自分の話をスルーしてキャットフードを取りに行ったカンカラに、いつしか猫のエサを食わざるを得ない程餓えてしまえばいいのに、と物騒な意味を込めた視線を送るのだった。


「ふぅっ、御馳走様でしたぁ!」


ちょうどその時。まさに無我夢中と言える勢いで焼き鳥を食べていたヨリコが、綺麗に空っぽになったパックの前で、満面の笑顔で両手を合わせた。

そんなに美味かったのか、そんなに腹が減っていたのか。
あまり時間こそ掛かっていないが、終始黙って焼き鳥に食いついていたヨリコに、すすぎあらいはいっそ感心したように彼女を見た。

別に嫌味を込めた訳でもなく、特に他意なく、そこまで夢中になって食事出来るのもすごいなという意味合いの目だったが。
ヨリコからすれば結局、すすぎあらいそっちのけで焼き鳥を貪っていた事実を言及されたことに違いない。


「ご、ごごご、ごめんなさい!私、すっかり夢中になっちゃって…しかも、すすぎあらいさんの分とか全然考えず!」

「……いや、いいよ。俺、腹減ってないし」


すすぎあらいは湯呑に残った緑茶を一気に飲み干し、それをベンチに置くと今度は荷物を持って、猫に包囲されてきたカンカラに「んじゃ、もう行くから」とだけ言って、休憩所を後にした。

ヨリコもまた急いで荷物を持って、「お邪魔しましたー!」とカンカラに声を掛けて、すすぎあらいについて行こうとしたが。
「ゴミは置いていっていいよぉ」というカンカラの言葉に甘え、手に持っていた空パックを慌てて置きに戻り、さっさと進むすすぎあらいを追いかけていくのだった。


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