モノツキ | ナノ


屋根の重みで押し潰されそうなところを、どうにか鉄柱で支えて成り立たせている。
そんな無茶苦茶な建設を施された作りの小屋が並ぶウライチの一角。


「うん、サイズぴったりですね!」


無造作に服が突っ込まれたカートと、壁一面に引っかけられ埃を被ったディスプレイが並んでいる店内の隅。
黄ばんだカーテンに囲まれた試着室から、新品のジャージに着替えたすすぎあらいが疲れた、と言いたげに肩を落として出てきた。

彼がしたことといえば店までヨリコと歩き、すっかり馴染となったペースからいつものジャージを取って、念の為とヨリコに押され試着をした程度で、三日間徹夜でもしたかのように疲労感を出すようなことはないのだが。


「これと同じやつをあるだけ買って…あと、お洗濯してもらう時とか何かあった時着れるものもいくつか買っていきましょう!着るのが楽なお洋服なら何でもいいんですよね?」

「……あぁ、もうあんたに任せるよ」


はーいと言って、Tシャツやらスウェットやらが突っ込まれているカートの方へ小走りしていったヨリコを見送り、すすぎあらいは試着ペースの段差に腰を下ろした。

シグナルの言う通り、いつものように茶々子やサカナが付き添いだった場合、やれこれが似合うだ、もっと洒落たものを着ろだとあと二時間はここに閉じ込められていただろうが。
基本相手の意見第一で動くヨリコは、すすぎあらいに順応し、此方に害成すレベルで構ってくることもなく勝手に動き回ってくれるので、彼も不本意ながら、道連れが彼女で助かったと、安堵せざるを得なかった。

振り回されるという程、彼女に引っ張り回された訳でもなく。
面倒と思う気こそ抜けないが、結果オーライではあると思う展開に事は運んでいる。

すすぎあらいは、首の後ろをぼりぼりと掻きながら、ついでだからタグを切ってもらって、この新しいジャージをそのまま着て帰ろう、と思案した。
わざわざ汚いと非難されたジャージに着替え直す必要もないし、何よりまた着替えるのが面倒だ。

乱雑に置かれていた割に、ジャージからは新品の合成繊維の匂いがした。
すすぎあらいがその独特の匂いをただ茫然と感じている間にも、向こうでヨリコはあれやこれやとTシャツ選びに没頭していた。

たまに此方の方を向いてTシャツを翳してくるのは、似合うかどうかの確認だろうか。
ふと目線が合うと何とも楽しそうに笑うヨリコにすすぎあらいは、やはり変わり者だ と溜息を吐いた。



「す、すみません…何か大荷物になっちゃって」

「…別にいいよ。いつもこんな感じになるし…金は領収書で済むし」


三十分後。それぞれ両手に紙袋を持ったヨリコとすすぎあらいは、大量に買い込んだ服を手に来た道を戻っていた。

中身は半分がジャージ。残り半分はヨリコが選んだ、着るのが楽でそれでいて動きやすく、かつすすぎあらいに似合う、Tシャツなどが入っている。

小柄に属するヨリコと並べばより顕著になるのだが、すすぎあらいは背が高い。
それでいて細身で脚も長く、ある種理想的ともいえる体型をしているせいか、意外にもすすぎあらいに似合いそうな服というのは多く見付かった。
普段ジャージしか着ていない為、宝の持ち腐れもいいとこなのが相俟ってか。
あれもこれもとつい選んでしまい、気付けば相当な量の服をヨリコはカゴに入れていた。

オフィスを出た時から若干気掛かりではあった金銭に関して忘れていたというのもあるが、幸いにも後払いが効くようで。大量に買い込まれた服は見事、お買い上げとなった。
面倒とはいえ、流石にその量をヨリコ一人に持たせるのは忍びなかったのか。
すすぎあらいは全部で六つになった袋の内四つを持ち、残り二つをヨリコが持つ形となった。


これが誰かさんならば全て自分で持つのだろうが…と、すすぎあらいはガッサガッサ嵩張る袋を持ち直した。

確かに限界まで服が詰まった袋は移動を妨げ、歩行を苛むが、ツキカゲからそれなりに歩く此処までの往復を考えれば、何度も行き来するよりはマシだ。
惰性も妥協しなければキリはない。取り敢えず、これでよかったのだということにしておいた方が気が楽だろう。

そんなことを、ぼんやり思っているすすぎあらいの横で、無事買い物が終わったことで安心しているのか、任務を果たせたという充実感に満たされているのか、ヨリコの顔はほくほくしていた。

普通ならば、たかが服の買い物に付き合わされた挙句、まるで乗り気ではない相手との楽しさの欠片もない時間を過ごしたことに立腹してもいいものだが。

つぐづく変わり者の女子高生だ。だからこそ今こうしているだろうが――。


ぐぅううううううううう


「………………」

「………………」


人気がないことが幸いしているのかいないのか。静まり返った道に、その間抜けな音は嫌と言う程響いた。


「…腹、減ったの?」

「す、すみません!すみません!!!」


ヨリコは顔を真っ赤にして、何故か此方に頭を下げてきた。もうこれは癖というか、反射なのかもしれない。
すすぎあらいが至極冷静に分析する中、ヨリコは俯き、空腹を訴える腹の虫を責めるように自身の腹を睨んだ。

思い返せば半年前も、昼行灯と此処に来た時。腹の虫は盛大に鳴いてくれたものである。
あの時はまだ食事に行くという名目があったからよかったものの、今日は服を買う付き添いという目的で来たウライチである。

そこかしこから昔懐かしいソースと粉物の匂いや、海産物の旨みが溶けあう澄み切ったスープを彷彿とさせる芳醇な香りが漂ってきているおまけに、そろそろ夕飯時であるが。
それにしたって年頃の女子高生が、空腹を訴える音を聞かれ、おまけにそれを指摘されるのは堪えられない。

先程までの勢いや笑顔は何処へ消えたのか。
すっかり萎れてしまったヨリコを見て、すすぎあらいは「はぁ」と短い溜息を吐いた。


「ねぇ、あんた」

「は…はい……」

「鶏肉、食べれる?」

「……はい?」

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