モノツキ | ナノ


その様子を、ビルの屋上から火縄ガンが見下ろしていた。

緋色の空に融け込むような赤いドレスを靡かせて、子供らしからぬ溜め息を吐き、火縄ガンは、ポケットから携帯電話を取りだした。ピンク色で丸っこいデザインの、所謂、子供携帯というやつだ。

大きめのボタンをぷちぷちと押して、電話帳から昼行灯宛ての番号へとコールを掛けると、ややあって、向こうと繋がった。

火縄ガンは、屋上を囲むフェンスに凭れながら、頭の銃口はヨリコ達に向けたまま、通話を始めた。


「ハロー、ボス?こちら火縄ガン。お仕事は済んだヨ。もうすぐヨリコもそっちに戻ると思うから、もう心配ナイネー」

「……済んだ、ということは」


電波の向こうからは、昼行灯の妙に詰まったような声がした。

火縄ガンは、目の前にいなくとも手に取るように窺える昼行灯の火の色を頭に浮かべ、きしっと笑って、答えた。


「うろついてたのは偵察だったから、楽な仕事だったヨ。断末魔もなく、首を飛ばして終わらせたから…ヨリコも気づいてないネ」

「……そうですか」


人を殺したという結果に落ち着いたことを報告しても、昼行灯は驚いた様子はなかった。

驚くことがなかったということは、最初から犠牲が出ることは想定済みだったということだが、それにしては余りに声の調子が煮え切っていない、と。火縄ガンは気が付いた。


「待つネ、ボス」


止めなければ、あとすんでのところで電話は切られていただろう。
その寸前での制止に、ホールドボタンに掛かった親指と、会話の締めくくりを述べようとした昼行灯の口は止まってくれたようだ。

火縄ガンは未だ通話が繋がっていることを確認すると、此方の話を聞く姿勢になっただろう昼行灯に、告げた。


「ワタシは殺しお仕事だから、殺すことに文句はないネ。でも…雇われの身として、これだけは言わせてもらうヨ。ボス」


見渡せば、その先には町が広がっている。
蟻のように人が群れ、何事もなく擦れ違いながら、夕闇の中に紛れていく。

地に足を付ければたった一歩向こう。されど、果てしなく遠い。
そんなごく当たり前の世界からくるりと背中を向け、火縄ガンは問いかけた。


「ボス、あなた一体いつまでこうするつもりネ?」


ビルを撫ぜるような風の音と共に、昼行灯が言葉を飲む息遣いが聞こえた。

いきなりの問い掛けに驚いている、という訳ではないだろう。
おそらくは、ついにこれを問い質されてしまったかという動揺を意味するのだろう。

答えが反射的に出せず、いきなり何を、と笑い飛ばすことも出来ない。
彼にとって、答えずにいられるのなら、いつまでも有耶無耶にして、先延ばしにしていたかったこと故に。
火縄ガンは、この質問をすることが、彼にとって、腹に出来た傷口に指を突っ込まれるようなことだと分かっていた。

分かっていても尚、問い質さずにはいられなかった。


「こんな風に、脅威は払い除けても、次から次へとやってくるネ。
ヨリコの為に裏に手回して、邪魔なツキゴロシは始末して…そうまでして現状維持をして、どうするつもりヨ。
流した金と血に報いるだけの結果が、このままで得られるとワタシは思わないネ」


決して、昼行灯が答えを濁していることに苛立っているからではない。
何も生まないこの現状を、無駄な浪費をしても保ち続け、自分もそれに加担させられてることに、文句がある訳でもない。

彼女自身がそう言ったように、火縄ガンは殺し屋だ。

それも、望んでその職に就いており、彼女自身殺しが出来るのなら理由はどうだっていいときている。
だからこそ 彼女はこの問題を明確にしたかったのだ。

好き勝手に、とまではいかないが。
命じられたように人を殺し、その対価にと賃金を支給され、住む場所も充てられている彼女にとっての現状を保つ為に。

火縄ガンは、昼行灯に決断をさせたかったのだ。


「……私、は」

「ヨリコを此処に縛り付けておける時間も、そうは長くないと自覚するべきヨ、ボス」


手を伸ばせば届く、一歩踏み出せば辿りつける。だが、それが出来ないがばかりに、彼らは立ち往生している。
暗澹とした穴の中、伸びてきた光り輝く蜘蛛の糸も、切れてしまうのではないかと怯えて掴めずにいる。

それが、放っておけばいつか消えてしまうものだと、心の奥底で理解していても。
彼らは、救いの糸が其処にぶら下がっている安堵感を欲してしまうのだ。


一度掬い上げられても、再び突き落されてしまうことが恐ろしいが故に。
昼行灯がしていることは、まさにそれだった。

何処へ行けども絶望が待ち受けている中。
ようやく見つけたか細い希望を、繋ぎ止め、庇い立て。途切れないようにと距離を置いて見守り続ける。

光が自ら消えてしまうか、誰かに閉ざされてしまうまで、きっと彼はそうし続けるだろう。
そして、自ら彼女を手繰り寄せなかったことを悔やみ、嘆き。より一層濃くなった失意の中で狂うだろう。

そうなれば、迷惑を被るのはこちらだ。


火縄ガンは、今日改めてそれを確信した。

頭が痛くなる程の大金を注ぎ込んでも、川と見紛う程の血の道を敷いても、未だ少女一人すら持て余している昼行灯が、そう遠くない内に狂う前に。
火縄ガンは彼に腹を括らせなければならないと。そう、思ったのだった。


「この世界は、ワタシ達にとって敵でしかないことを、忘れちゃダメヨ。
大事なものをぶら下げて生きていける程、優しくないのはボスが一番知っているはずネ」


昼行灯からの返事も待たず、火縄ガンは電話を切った。

今ここで答えを聞いたところで、どうこうなるのならとっくにどうにかなっている。
彼が、失う前に得られるか。得られる前に失うまで、彼女に出来ることと言えば、こんな風に彼の焦燥感を煽って、なるだけ結末を早める位だった。


どちらに転ぶにせよ、掛かる時間は短い方がいい。

彼女が言った通り、昼行灯には悠長に構えている余裕はないし、万が一の場合――失ったものが少ない方がマシだというものだ。
長々と育ちもしない芽を見守って、その時間が無駄なものだったと悔やませるよりも早々に見切りをつけさせた方が後腐れもないだろう。


火縄ガンは溜め息をつきながら、もう一度下を見下ろした。

そこにはもう、ヨリコの姿はなかったが。それでも、火縄ガンは彼女に語りかけるような口ぶりで、呟いた。


「――いっそ、気付かせてやればよかったかもしれないネ」


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