モノツキ | ナノ


「待って、ケイちゃん……待って!!」

「……………」


あと少しで路地を抜けるというところで、ヨリコの声がケイナを捕まえた。

息を切らしながらよたよた近寄るヨリコを待つように立ち止まったケイナは、彼女の方を向くことなく、本来在るべき世界へと眼を向けていた。


「さっきは…ごめんね。ケイちゃんが、私を心配してくれたことは分かってたんだけど……」


日が傾き、橙色に染まったアスファルト。
繋がる道は同じだというのに、一歩境界を越えた先は、虐げられし者が暮らす隔絶された地域。

何が起ころうとも人々が目を瞑り、誰が被害者になろうとも仕方ないの一言で済まされる。
此処は、まだこの近辺にきて日が浅いケイナですら、周囲に近寄ってはならない所だと知らされ、危険だと認知していた場所である。

そんな場所に、ヨリコはいた。半年もの間、ほぼ絶え間なく。


「…でも、昼さん達はね、いい人達なんだよ!モノツキでも危ないお仕事してても…皆、すっごくいい人達なの!だから………」

「……なぁ、ヨリコ」


ケイナはまだ、振り向かずに言い放った。

それまで不遜を極めていた筈の声色が、叱られ項垂れる犬の弱々しい鳴き声のような響きを帯びていた。

ヨリコは思わず、ケイナに歩み寄る足を止めた。


「お前はさ、昔からそうだよな。
どんな奴でも真っ向から向き合おうとして、上っ面だけじゃなく、中身を見ようとしていた。噂がどうとか、見た目がどうとか…そんなのなしに、そいつ自身を見ていたよな」


ちかちか、夕陽がケイの茶髪を照らしていた。

光を浴びて金色に光る髪は、眼を細めてしまう程眩しいというのに、彼女の背には重い影が圧し掛かっているように思える。

いつもしゃんと伸ばされた背中が少し丸まっただけで、一回りも小さくなってしまったように見えるケイナは、ヨリコの記憶の奥底に垣間見える、彼女の姿と一致していた。


「アタシさ、言葉遣いも目付きも、態度も悪いのが転じて、うるせぇ教師から眼の仇にされてた時があった。
だから、アタシと関わると成績下げられるだとかくだらねぇ噂が流れてさ…。
そんな話をして、アタシから距離を置く奴らが気にいらなくて…片っ端から殴ってたら、どんどん除け者にされてってたよ」


いつもあちこち絆創膏だらけで、ボーイッシュな服を着て。
周りを寄せ付けないような眼をしていた、ボロボロのランドセルを背負った少女。

女子でありながらクラスの誰よりも背が高く、男子すらも泣かせる程の暴れ者でありながら、いつも寂しそうな背中をしていたかつてのケイナと。威風堂々と我が道を、何の躊躇も恥じらいもなく切り開いて行く、王者のような今のケイナが ヨリコの中でしっかりと噛み合った。


「そんなアタシに、声を掛けてきたのは…お前だけだった。
噂なんて気にせず、休み時間がくれば遊びに誘って、放課後になれば一緒に帰ろうって言って…。他の友達にも、アタシは良い奴だなんて触れ回ってさ」


最初に違和感を感じたのは、ケイナが大きく成長していたからだと思っていた。

確かに、背は当時よりもさらに伸び、顔立ちも随分女性らしくなっていたので、瞬時に小学生時代の彼女を引き起こすことは難しいだろう。
だが、孤独を拭い去ったケイナは、印象から変わっていたのだ。

胸を張って、誰かの為に行動するようになったケイナは、誰かが手を伸ばしてくれるのを待って、無作為に暴れていた日の彼女とは違う。
故に、ヨリコはケイナに気が付くのが遅れたのだと、その時初めて自覚した。

今こうして、昔のように背中を小さくしてしまったケイナの姿を見ることによって。


「アタシが距離を置かれるのが気にいらなかったのは、一人になるのが嫌だったからって…。
お前は見抜いてたんだか分かんないけどよ。それでも……アタシは、お前に救われたんだよ。ヨリコ」


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