モノツキ | ナノ


「学校であんな目にあってたんだ…バイト先でも、ヨリコは上手くやれていないかもしれない。そう思ったアタシは閃いたのさ。ヨリコと同じところでバイトすれば、こいつが困ってても助けてやれるだろうって。
ところが…いくら聞いてもヨリコは口を割ろうとしねぇ。これは怪しいと踏んだアタシは、一度引いたと見せかけて、ヨリコを尾行して…此処に着いたと同時にもう一回問い質した」

「……皆さんのことを、そう簡単に話すのはよくないと思って、どうにか隠そうと思ったんですが……勢いに、負けちゃって」


そこで、ようやく昼行灯達の頭の中で全てが繋がった。

何故、突如恐ろしい形相の女子高生が現れ、最初から警戒心剥き出しで此処に乗り込んできたのか、逐一彼女を気に掛ける発言をしていたのか。

つまり、転校してきた心配性の友達が、バイト先でヨリコが辛い目に合っていないか視察にきた。
それが、この騒動の発端ということで間違いないだろう。

昼行灯は「すみません、すみません」とペコペコ頭を下げるヨリコを見て、思わず苦笑した。

この状態で笑ってしまうのは失礼に値することかもしれないが、困ったヨリコがどうにも可愛いというか微笑ましいというか。
どこか疚しい気持ちが思わず口角を吊り上げてしまっていたのだが、抑えずともランプの頭では、笑っているかどうかなど分かりはしないだろう。
だが、ケイナが此方を見る眼は一層鋭くなったような気がして、昼行灯は思わず肩を竦めた。

野生のカンというか、鼻が利くというか。益々犬を思わせるケイナの態度に、昼行灯ははぁーっと低く息を吐いた。


「いえ、仕方ないですよヨリコさん。これだけ貴方のことを心配していらっしゃるご友人に、隠し通すというのも無理な話です」

「分かったような口聞いてんじゃねぇぞコラァ!!」

「……す、すみません」


昼行灯はヨリコが気を落とさないようフォローしたつもりだったのだが、やはりそれもケイナに食いつかれることになってしまった。

怒鳴りつけられ凹んだ昼行灯に、ヨリコはまた「すみません、すみません」と頭を下げるのだが、ケイナはガルル、と唸るのを止めない。

と、まさに大胆不敵と言える態度を貫いてきたケイナだが。
しばらくして、彼女は改めるようにして座り直し、今度は注意深く辺りを探るような眼で、周りを見渡していた。


今更とも言えるが、それは至極納得のいく素振りである。

これまでは頭に血が上っていたが、冷静になってみれば、周囲はモノツキだらけ。おまけに此処は、裏社会の一角。
いくら勇猛果敢であれど、ただの女子高生に過ぎないケイナにとって、此処は危険極まりない場所である。

そして、それは当然 ヨリコにとっても然りである。


「……こんな場所で働いて、ホントに大丈夫なのかよ」

「……ケイちゃん?」


ケイナが気にしていたのは、ヨリコのバイト先での人間関係についてであった。

学校のように無視されてはいないか、白い眼で見られてはいないか、きつい仕事を強いられてはいないか――。
そんなことを気にして乗り込んできたケイナだが、ヨリコを取り巻く環境は、想像を越えていた。


右も左も、異形の頭。この世界に於いて虐げられるべき罪人 闇の中に追いやられし弾かれ者。
それが複数人集っている異常な状況に、ごく普通の女子高生が置かれているのだ。不安に思わない方が無理な話だ。

ケイナはぎろり、と向かいの昼行灯を睨み付けると、バァンとテーブルを叩いて、ソファから立ち上がった。


「人に話せねぇような場所で働いて!周りをモノツキに囲まれて!!お前に危険は及ばねぇのかよって聞いてんだよ、ヨリコ!!」

「…………」


ケイナは、一切躊躇うことなくそう言い放った。

それは、此処が危険であることを承知でヨリコを雇った、昼行灯を責め立てる意味もあったのだろう。


思ったことをそのままに口にするケイナに対し、ヨリコは言葉を失ってしまった。

昼行灯達のことを悪く言われたことに対し、何か言わなければならないことは頭では理解している。
だが、ケイナが彼女自身を深く心配していることも、また理解してしまっているのだ。


昼行灯達を庇えば、ケイナの善意は踏み躙ることになってしまう。
彼女の言葉をそのまま受け入れれば、昼行灯達を傷付けてしまう。

ヨリコは、この場で両者を取り持つ為の言葉が思いつかなかった。故に、黙り込んでしまった。


そんな彼女を置いて、ケイナは話を進める。

――昼行灯は、向いで黙ったままだ。


「アタシはよ…ヨリコが周りに馴染めてないなら、一緒に働いて、ヨリコを支えてやろうと思った。
ヨリコが辛くても一生懸命やってんなら、辞めさせるこたぁないだろうと思ったからだ……だが!!」

「きゃっ!」


ぐっと強い力で腕を引かれ、ソファに下ろされていたヨリコの腰が浮いた。

手首を握る力の強さに、思わずヨリコが短い悲鳴を上げ それに釣られるように昼行灯の手がぴくりと動いたが、それでもまだ彼は動かない。

この場に於いて好き勝手に動き回り、流れを作ることが出来たのは、ケイナ一人だった。
これからどう展開が転ぶかも、掌握しているのはケイナである。

今此処に誰が介入したところで、最終的に場を作るのはケイナであることに変わりはない。
それを覆すことが出来る者がいるとしたら――それは、此処に一人しかいない。


「こんなとこで働いてるってんなら話は別だ!!ヨリコがこんな場所で、こんな連中と働く理由はねぇだろ?!」

「!!! ケイちゃん!!」


拒絶を示す音を立てて、ケイナの手が払われた。

刹那、シィンと静寂が場を制圧し あれだけ騒がしかったケイナすらも押し黙ってしまった。


場の支配者と化していたケイナすらも押しのけ、今この空気を掴むことが出来たのは、ヨリコだった。

あくまで第三者でしかない昼行灯達では、ケイナを止めることは出来なかっただろう。
最初から、ケイナを制することが出来たのは、ヨリコだけだったのだ。

事の発端といえば発端であり、原因でもあるヨリコにしか。ケイナは、止められなかったのだ。


「………こんな連中だなんて、言わないで」


眼を見開いて固まるケイナを前に、ヨリコは握られた手首に手を宛がって、そう言い放った。

重く圧し掛かる自責の念を堪え、どうにか顔を上げると、浮かび上がる涙で霞む視界に、茫然としたケイナの顔が映った。


何が起こったのか、理解出来ないと言わんばかりの表情が、徐々に歪んでいった。

それは困惑から、一瞬途方もない悲しみに染まり、やがては怒りへと繋がっていった。

その怒りすらも、込み上げる悲しみを覆い隠すものに過ぎないと感じられるのだが。
それを言及するだけの余裕は、ヨリコにはなかった。


「…なんだよ。こっちはお前のことを心配してるってのに……なんだってんだよ!」

「ま…待って、ケイちゃん!」


こうなることが目に見えていたからこそ、ヨリコは何も言いたくはなかったのだ。

当たり障りのない言葉で場を濁し、誤魔化し、どうにか昼行灯達のことを理解してもらいたかったのだが。
それは、あまりにも都合が良過ぎたのかもしれない。


相容れぬものに挟まれた時、人は選択しなければならないのだ。

どちらかを切り捨て、どちらかに与し、どちらかを庇わなければならない。
二兎追う者は一兎をも得ず。欲張れば、どちらからも弾かれ、孤立してしまうこともある。


それでも、和解することを望んでしまうのは、悪いことだろうか。

どちらも大切であるが故に、ヨリコは、ケイナに理解してほしかったのだ。

ケイナが”こんな連中”と蔑んだ彼等が、ヨリコにとってどれだけ尊い存在か。
彼らと等しく大切な存在であるケイナに、ヨリコは昼行灯達を悪く言ってほしくなかったのだ。

だからこそ、あの場で撤回を求めてしまった。
取り返しがつかなくなるかもしれないと分かっていても、ケイナの手を払ってしまった。
全ては、彼女と分かち合いたかったからだ――。


「……追いかけて行ってください、ヨリコさん」


ケイナがオフィスから飛び出して、固まってしまったヨリコの肩がぽんと叩かれた。

相手は、ようやっと動き出した昼行灯。その後ろには、いつものように佇む社員達もいた。
何も変わらず、ただ、いつものように。


「昼さん……あの、でも…お仕事は……」

「こんな時に、仕事なんか気にしている場合ではないでしょう」

「きゃっ」


コツン、と拳で軽く額を小突かれ、ヨリコは反射的に眼を瞑った。

ドアをノックするよりも力のない昼行灯の拳に、身構える必要などなかったのだが。
思わず閉じてしまった眼を開くと、くすくす耳を擽るような笑い声が、彼女を迎えた。

片手を腰に当て、どこか呆れ混じりの声で笑う昼行灯は、ぱちぱちと瞬きするヨリコを促すように、もう一度彼女の肩に手をやった。


「誤解を解くなら、早いうちに限ります。…せっかく再会出来たご友人と、近くにいながら疎遠になるのは、望ましくないでしょう?」

「昼さん……」


昼行灯は、最初からこうなることが分かっていたのかもしれない。
だからこそ、敢えて何も口出しせずに、ケイナの好きなように喋らせていたのかもしれない。

それは、信じていたからこそ出来たことなのかもしれない。ヨリコが、自分達を庇ってしまうことを。
望まずとも、彼女のことを信頼していた故に、分かっていたのかもしれない。


「ごめんなさい!明日、また来ますので…失礼します!!」

「えぇ。お待ちしてます」


ヨリコは制服を靡かせ、オフィスから飛び出して行った。

バタバタ遠ざかる足音に耳を傾けながら、昼行灯は組んだ手にランプの角を乗せ、呟くように言い放った。


「火縄ガン、そこにいるのでしょう?」

「マァネ。あれだけバカ騒ぎしてたら降りても来るネ」


昼行灯の声に合わせるように、オフィスと応接間の仕切りからだらんと火縄ガンがぶらさがってきた。

まるで鉄棒で遊ぶ子供のように、無邪気に笑う火縄ガンだが、昼行灯の声は子供に向ける響きをしてはいなかった。


「今すぐ、ヨリコさん達を尾行していってください。…新しい餌が出来たと、動く者がいるかもしれませんので」


冷徹で、情緒のない。聞く者を竦ませるような声が、静まり返ったオフィスの中に響いた。


「場合によっては、貴方の得意な暗殺でお願いいたします。…殺しは、貴方の専売特許でしょう?殺し屋、火縄ガン」

「OK、ボス」


きしっと歯を軋らせて笑うような音がしたと思えば、火縄ガンの姿は消えていた。

昼行灯は随分長いこと座っていた気がするソファから立ち上がると、今日のところはこれ以上騒動が発展することはないと悟り。
デスクに戻った社員達を見ながら、自身もまた、未処理の書類の残ったデスクへと腰かけた。


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