モノツキ | ナノ


「帝都、第九地区からきました。イヌイ・ケイナっす」


時は一週間前に遡り、時刻は始業式が終えた頃合い。

新しい教室、新しいクラス、新しい席についた生徒達の前で紹介されたのが、彼女。イヌイ・ケイナだった。


「イヌイは親父さんの仕事の都合で、三月こっちに引っ越してきたそうだ。
知らないことばかりで苦労するだろうから、皆助けてやるように」

「「「はーーーい」」」

「転校生かぁ…」

「なんか、男勝りって感じだね」

「運動部かなぁ」

「目付ききっついけど結構美人だよな」


新学期始めから突然の転校生ということで、生徒達は近くの友人らとざわめき出していた。

ケイナの何処か眼を引く風貌もあって、女子生徒も男子生徒も大きく着目し、それぞれが彼女についての印象について話している中、ヨリコはというと。


(イヌイ・ケイナさんかぁ……どこかで、名前聞いたことがあるような気がするなぁ)


悲しいことだが、新学期になっても尚話す相手がいなかったので、一人心の中で感想を述べていた。

件の誤解が学校に広まっていたと時の肩身の狭さに比べれば、まだマシとも言える状況と言えば、また悲しいのだが。
根も葉もないような噂と好奇の眼に曝され続けるよりは、空気のようになっていた方が気が楽なのもまた真実であった。

心苦しいことには変わりないが、すっかり孤独に慣れ親しんでいたヨリコには、こんな時、驚きを分かち合う者がいなくとも、構わないと言えば構わないのだ。

余計なものがあるよりは、いっそ何もない方が心安らぐ場合もある。
虚しいが、ヨリコにとって最も楽な現状は、誰と関わることもなく、大人しく一日の流れに身を委ねることに他ならなかったのだ。

だが、そんなある意味平和的とも言える彼女の日常は、再び破壊されることとなった。


「――ヨリコ?」

「……えっ」

「やっぱりそうだ!お前、ヨリコだよな!!」


ただでさえ目立つ外見の上に、転校生というコンボで周囲の視線を独占していたケイナの手によって、再び訪れていた筈のヨリコの静かなる日常は、紙屑のように丸められ、硝子のようにぶち破られたのであった。


「覚えてないか?アタシだよ!ほら、小学校の頃一緒だった!!」

「……もしかして、ケイちゃん?」

「そうだよ、ちゃんと覚えてんじゃねぇか!久しぶりだなぁヨリコ!!」


彼女のよく通るハスキーボイスが、担任教師すらすっかり静まり返った教室に響き渡り、
ケイはヨリコとの再会を噛み締めるように彼女に抱き着いた。

朝のホームルームから眼が覚めるような光景を見せられ、当然、クラスメイト達からの注目は復活を遂げ――。


「……ホシムラの知り合いなのか?」

「小学校の頃一緒って…」

「あの子が転校してくる前の友達ってことでしょ…」

「マジかよ」

「…にしても、だな」

「………ねぇ」


クラスメイト達から他のクラスの生徒達へと。噂は広がり、二人が通ればそこかしこに小言が蔓延していった。

教室の移動の際には特にそれが顕著で。ヨリコは申し訳ないと俯きがちになりながら、ケイナを連れて廊下を歩いていたのだが。


「なぁ、ヨリコ。お前…アタシにだけ付き合ってていいのか?」

「えっ、あの……」


ケイナはそれを気にしてはいなかった。というか、周りの声など聞こえてはいなかったようだ。

彼女の堂々たる立ち振る舞いや竹を割ったような性格からするに、ケイナは逐一周りのことなど気に掛けてはいないのだろう。
常に周りの声から逃れようとして、逆にそれに捕らわれているヨリコとは違う。
最初からそれが視界の端にすら入っていないケイナには、本当に周囲の眼など気にはなっていないのだ。


「お前の友達とか、一緒にいた方がいいんじゃないのか?アタシに気を遣ってんなら…」

「い、いや…あの、ねケイちゃん……」


ヨリコは、この時戸惑った。

もし、転校を皮切りに友人と呼べる存在がいなくなってしまったことを言えば、ケイナは自分を軽蔑するのではないかと。

しかし、事実を隠ぺいすることも出来そうにない状況で、どうやっても彼女を言い包められそうにはない。
何より――久方ぶりに再会を果たせた友人相手に、嘘を吐くのも居たたまれないことである。


ヨリコは正直に、ケイに自分の現状を伝えることを決意した。

真実を告げれば誰もが離れていくという訳ではないことは、実証されている。
かつてのヨリコであれば、此処で逃げ出していたかもしれないが――今は、立ち向かい、真実を語れる勇気が彼女にはある。
四ヶ月前、昼行灯が掛けた言葉が、ヨリコの背を押していたからだ。

だからヨリコは、ケイナに全てを話した。それがどんな結果を招こうとも、受け入れる覚悟で、話してしまったのだ。


「なぁにいいいいいいいいい?!!!」


返ってきたケイナの反応は、彼女の想像を遥かに凌駕するもので。
ケイナはヨリコの肩を掴んで、ぐわんぐわんと彼女を大きく揺さ振った。

盛大な怒声に当然誰もが彼女らを見るが、ケイナはやはりそんなもの眼中にないと言わんばかりにヨリコを問い質す。


「おま……ヨリコ!お前今までそんな目にあってたのかよ?!なんでそれを黙ってたんだよ!!」

「あ、あのケイちゃん?!」

「アタシはよぉ……ヨリコが親戚に引き取られてから、上手くやっていけてるのか心配だったんだ…。
けど、頼りがないのは元気な証拠だと思ってだなぁああああああああああああ!!」

「い、いや…心配掛けちゃいけないなって思ったし……」

「心配位掛けさせろよなぁああああああああ!!ってか、何か!クラスの連中は、お前がそんな大変だってのに無視決め込んでたってのか?!っざけやがってよおぉおおお!!」

「待ってよケイちゃん!そんな…怒ることじゃないってばぁ!」

「怒るに決まってんだろ!お前を腫れもの扱いするような奴ら、片っ端からぶっ飛ばしてやる!!」

「駄目だってばケイちゃん!そんなことしちゃ駄目だってばぁあああー!!」



それから一週間。ヨリコの一日はこれまでとは比較にならない程、忙しいものとなった。

油断すればクラスメイトに牙を剥かんとするケイナを宥め、その度にひそひそと耳を打つ噂話に溜息を吐き、どうにか彼女の気を紛らわそうと校内の案内に努めたりと。
それはもう、目まぐるしい一日が続いていた。

だが、学校で誰かと接することが皆無に等しかったヨリコにとって ケイナと過ごす一日はとても新鮮なものだった。

誰かと共に教室を移動し、会話を交わし、昼食を共にする。
そんな、普通であればごく当たり前の一日が。ヨリコにとってはとても懐かしく、そして、喜ばしいものだった。

いつもならば惰性すら感じる学校生活が、あっという間に終わりを告げ、放課後のチャイムが早く訪れたような感覚に見舞われた。

ヨリコは陽が傾き始めた教室で、凄まじい時間の流れに驚嘆しながらも、明日はどんな一日になるだろう――と、少しばかし期待に胸を膨らませながら荷物をまとめた。
その時だった。


「ヨリコ、帰るのか?」

「あ、うん」


次から次へと生徒達が教室を後にしていく中、ケイナがヨリコに声を掛けてきた。

彼女がきたことでここ数日、一日がとても危なっかしいものになったが、こんなに充実した一日が過ごせるのもケイナのお蔭だ。
ヨリコは、今日も一日無事に終わったことへの安堵と、彼女と共に過ごせたことの喜びを噛み締めるようにして、ケイナに微笑み返した。

生徒達が部活や帰宅に向かい、まばらになり始めた教室では、相変わらず此方を見て何か喋っている者がいたが、ケイナがそれを居心地悪く感じてはいないことが、ヨリコにとって何よりの救いだった。
自分のせいで、ケイナまで白い眼で見られることが、ヨリコは一番堪えていたのだが。

ケイナ本人がそれを気にしていない、というのは、少なからず気が楽になる。
いつか好奇の眼も、時間と共に薄れていくだろう。そうすれば、ケイナも静かな学校生活を送ることが出来る。
自分がそれから逃れられずとも、ケイナだけは――。

そんなことを祈るように思いながら、ヨリコは勉強道具を綺麗に纏めた鞄を持ち上げた。
その横で、ヨリコの思惑など露知らずと言わんばかりの晴れやかな表情で、ケイナが笑った。


「なぁ、よかったら今日家に寄って行かねぇか?
お袋にお前の話したら、家に呼んでいいって言うからよ!部屋掃除したんだ!」

「えっ、えーっと……ごめんねケイちゃん。すっごく行きたいんだけど…私、これからバイトがあるから」

「………バイト?」

「うん。会社の、お掃除のアルバイト」


ヨリコは、自分が十八歳になれば家を追い出されることなどについては一切語っていなかった。

今現在、学校で孤立している理由だけは説明したが、これ以上ケイナを心配させることは言うまい、とその件については伏せておいたのだ。
そして彼女が転校してきてからの一週間。こうした申し出もなかった為、アルバイトについては一切話題にはならなかった。

故に、ケイナは彼女がバイトをしていることをここで初めて聞くことになるのだが――。


「……それは、どこでやってるんだ?」

「………へ?」

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