最初に俺を押し倒して無理矢理セックスをしようとしていた相手とは思えないぐらい、そういう行為に拒絶反応を示した。つまりはただ強引に押し倒した途中で我に返ってしまい、いきなりこんなことをしてはダメだと理性が働いてやめたのだ。 そしてその後に、恋人ごっこをしようと言った時もあまり乗り気ではなかったように思う。そろえは多分、ごっこ遊びは嫌だったからだろう。 あからさまな反応を見てしまって、気づいた。まだ俺は好かれているんじゃないかと。 いきなり拘束されて監禁まがいのことをされた時には驚いたけど、やっぱりシズちゃんは変わらない。昔から俺のことを好きだったはずなのに、言えないぐらい臆病だ。 そう思うと、気持ちが楽になる。俺の勘違いだったんだと。 てっきりエッチな玩具なんか揃えて動けなくするなんて、体が目当てできっと性行為をした後に捨てられると思っていた。勝手な思い込みだ。 でも違っていた。ようやく確信が持てた。 まだ俺は好かれていると。だから出方次第で、いくらでも関係は変わるのではないかと。 きっとシズちゃんではできない。ここまで大胆なことをしているというのに、性行為をやめたぐらいなんだから告白するなんて度胸は無いだろう。 こっちが動かないと。 「俺の裸見て襲っても、別に怒らないよ。バカにするかもしれないけど」 「黙って食えよ!折角の飯がまずくなるだろうがッ!!」 面白くてほくそ笑みながら食事をしながらも、何度かからかった。なんだか調子がよくて、だんだん俺自身も楽しくなってくる。 話していてなんとなく、シズちゃん自身の雰囲気も変わったような気がしていた。きっと嬉しいのだ、こうなったのが。 俺が逃げなかったことが。 だっていつも池袋で顔を会わせれば必ず逃げていた。昔からの馴染んだ癖はもう変えられなくて、とにかく怪我をする前に逃げ切らなければとそのことばかりだったのだ。 まともに話をすることもせず追いつめ、結果こんな事態を招いた。まともに見ようとすれば、シズちゃんが何かを言おうとしていたことも気づいたかもしれないのに。 恋人ごっこをしようともちかけた時だって、本当のことを言えばよかったのだ。 恋人になってよ、と。 「あー…すげえ食った」 「すごい食べっぷりだったね。びっくりしたよ」 「そうか?」 「まあちゃんと食べておかないと、これから運動するんだし…ね?」 「あ?」 食器を片づけながら言ったのだが、シズちゃんは意味がわかっていなかった。床に横になって寛いでいる。俺は台所に行き皿を洗い始めて、それから横目で背後を見た。 すると案の定俺がわざと目につくところに置いていた玩具の入った段ボールをチラチラと盗み見ている。隠す気なんて全く無く、意識しているのだとわかって微笑んでしまう。 洗い物が終わり戻ってくると、すぐさま目線を逸らした。あからさますぎて、意地悪をしたくなる。 「ねえなにしてたの?」 「別に」 「ぼーっとしてたの?考え事でもしてた?」 「腹いっぱいだなって思ってただけだ」 「それ嘘でしょ。シズちゃんの考えてること、俺わかったんだよね」 うきうきと嬉しそうに弾んだ声で話し掛け、横に座る。そしてそのまま手を伸ばし、引き寄せた。淫猥な玩具の入った箱を。 「これ見てたんでしょ?どうやってエッチなことしようかって考えてたんじゃない?」 「ああっ!?ん、なわけねえだろうッ!!」 「わかりやすいよねえ、ほんと」 ニヤニヤと笑いながら目についた玩具を取り出して、わざと見せつけるようにシズちゃんの前に突き出した。当然だけど、誘っている。どんな反応をするのか、わくわくした。 きっと前とは違う態度を示してくる、とほとんど確信していた。そしてそれは、当たる。 「ふざけんじゃねえ!わかってんのか!!」 「うわっ!?」 あまりに素早過ぎて一瞬何が起こったのか、自分でもわからなくて驚く。ただ体の上に重みを感じたのと、突き刺さるような視線。 両手は頭の上で一つにまとめられて、床に押し倒されている。でも今度は驚いたりなんか、しない。 「わかってる、って言ったら?」 「なんだと?」 「だから言っただろ?シズちゃんの考えてること、わかっちゃったって」 真っ直ぐ見つめ返しながら、こっちも引かない。あんなに悩んでいたのが嘘だと思えるぐらい、落ち着いていた。始めから単純だったのだ。 でも最初に襲われた時には気づかなかった。気づこうと、知ろうとしなかった。だけどもう、違う。 「俺の何がわかったんだ」 「嬉しかったでしょ?」 「……あ?」 「わざわざ昼にも帰って来て姿を見たのに、本当は不安だったんでしょ?居ないと思ったんでしょ?だけどこうやって俺がシズちゃんの帰りを待っていて、すっごく安心して嬉しかった。違うかな?」 一気に捲し立てると、シズちゃんがびっくりしたのか瞳を何度も瞬かせた。何かをぐっと堪える様に顔を顰めたが、簡単に信じてはいけないと自分に言い聞かせているのかもしれない。 捻くれていると、思う。らしくない。強引に胸倉でも掴んで違う、とかそうだ、とか肯定でも否定でもすればいいのにどちらもしない。それは俺がこれまで何も気づかなくて、勝手に傷つけていたからだろう。 届けられなかった卒業アルバムのことを、少しでも思い返しさえすればもっと早く知っていたのに。俺には必要ないものだと過去を振り返らずに前を向いて進んできた。 少し後ろを向けばよかったのだ。そうすれば、とっくにシズちゃんのことを好きになっていたので、気持ちに応えられていた。 どうせ想いなんて受け入れられないんだから、と頭の片隅から強制的に追い出して考えていなかったのが悪い。すぐ傍に、近いところにあったというのに。 「なんで…」 「ねえ俺はシズちゃんのこと、わかった。シズちゃんは、俺のこと…わからないかな?」 「手前のこと、って」 「セックスする時は本心からお互いわかりあわないとダメだ、って言ったのは君だよね?俺は条件をクリアしたと思うんだけど」 始めは視線を泳がせて、必死に考えているようだった。俺のしゃべることを理解しようと必死に頭を捻らせているだけでも、随分と進歩したと思う。信じていない、なんて言っていたけど本心ではもうとっくに信じていた。 そうじゃないと、枷を外して試したりはしない。きっとシズちゃんの最後の賭けだったのだ、そして勝った。 最後に目を細めて笑んでみせると、弾かれたかのように何かに気づいて叫んだ。だけど言われる前に告げる。 「まさか…っ!?」 「俺はシズちゃんが好きだから、二度と逃げないよ」 今度こそ信じて貰えると思った。 「シズちゃんも、俺が好きなんだろ?学生の頃から、好きだったんだろ?卒業アルバムのメッセージを見つけたんだ」 「アルバム?ああ、そうか…あれ」 「大事に取ってるってことは、まだ気持ちは変わっていない証拠だろ?」 心臓がバクバクと早鐘を打っている。少し緊張もしていたけれど、顔には絶対に出さないように自信満々に言った。見つけた時は、もう好かれていないかもしれないと思ったけど間違いない。 残しているのは、未練があるかまだ変わっていないからだ。そしてとどめとばかりに、畳みかけるように宣言した。 「恋人ごっこは終わりだ。本当の恋人になろうよ」 「……ッ!?」 その瞬間シズちゃんの表情が崩れた。顔をくしゃくしゃにして、一気に涙がぽたぽたと俺の体の上に落ちたのが見えたが、慌てて拭う。 瞳も赤かったけれど、頬も赤い。泣く程動揺させたことに、口の端を吊りあげて勝ち誇った笑みを向ける。 「どう?」 「クソッ、手前なんで急に…っ、全部俺が聞きたかったことばっか言うんだよ!」 「俺が本気出したら、これぐらい簡単だよ」 言い終わらないうちにおもいっきり抱きしめられて、シズちゃんが俺の胸に顔を埋めた。背中に腕を回して力をこめると、懺悔の言葉が聞こえる。 「…悪かった。こんな酷えことして」 「うん」 「好きだったら閉じこめて、逃がさねえようにすればいいと思った。でも途中で違うって気づいたんだ。だからもし枷を外して手前が逃げなかったら…」 ずっと胸の中に秘めていたであろう言葉をゆっくりと吐き出すのを、静かに聞いた。そうするのが、俺の役目だったから。 「俺のこと好きなのか、って聞くつもりだった」 「そう」 自分の考えが間違っていなかったことに安堵した。自信はあったけど、正解かどうかは答えあわせをするまでわからない。 「それで、どうするの?」 何を、ということまでは尋ねなかった。だから返ってきた言葉は。 「ああ全部、受けて立ってやる。セックスも、恋人になんのも、逃げないってことも、好きだっていうのも、信じる」 再び顔をあげたシズちゃんは、すっかり表情が変わっていた。それを見て背筋がぞくりと震えてしまう。望んでいたものが、目の前にあったからだ。 そっと頬に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。そして目を閉じた。 「逃がさねえよ」 text top |