自由になったので体を少し動かしてみたがそれ以外にすることもなく、布団の中にゴソゴソと潜り込んだ。数十分して風呂からあがったシズちゃんが一瞬だけ視線を向けたけれど無視をする。 すると台所の方に消えてなにやら音がし始めたので自分の晩御飯でも作り始めたのだろう。すぐに湯を沸かす音だけが聞こえてきたのでカップラーメンだろうなと思った。 さっきあんなに怒っていたのだから完全に俺を無視する気なのだろう。だったらこっちも徹底的に応戦しようと決め目を瞑る。割と遅い時間帯だったので数分もしないうちに睡魔が襲ってきて眠りに入った。 時折背後で人の気配を感じたがそっちを見ることなく朝まで寝続けた。そして再びはっきりと目を覚まして起きあがった時には誰も居なかった。毎朝出勤する前には必ず声を掛けていたのに。 「ふーん…なるほどね」 ベッドの脇に粉々になっている枷が落ちていたので、二度と嵌めるつもりはないのだろう。とりあえず起きあがり時計を確認するとまだ昼には随分と早かったので安堵した。 ここ数日は塞ぎこんだように何もしていなかったけれど、ようやく手足を動かせるようになったのならやることはある。随分と久しぶりに自分を取り戻したような気がしたので、口元を歪めて笑い脱衣所に向かった。 こっちの読み通り昼を少し過ぎてから玄関の扉が一瞬開くような音がする。待ちわびていた相手が戻って来たことに気づき振り返ると、驚いた表情で立ち尽くしていた。 「まだ、居たのかよ…っつーか、なにやってんだ?」 「なにってお昼ごはん食べるところだけど?ああシズちゃんも欲しい?」 ちょうど一人分のパスタが茹であがったところだったので、ざるで麺の湯を流しながら告げる。既にできあがっているミートソースを指差してわざとらしく微笑んだ。 材料は揃っているし、シズちゃんに食べさせてあげたところで問題は無い。俺には時間があるのだから、いくらでも作り直せる。 「新羅に診て貰ってねえのかよ、手前」 「ああその話?実はもうすっかり体調は回復してさあ。診て貰わなくても大丈夫だ」 「じゃあなんで、出て行ってねえんだよ」 「それは昨日も言ったじゃないか。出て行かない、逃げないってね」 料理には目もくれず、じっとこっちを見つめているシズちゃんにきっぱりと言い切る。すると明らかに苛立ったような表情になったので肩を竦めた。 「それで、貴重な昼休みをこんなどうしようもない話をして過ごすの?何の為に帰って来たの」 「何の為って、そりゃあ…」 「食べるの、食べないの?」 「食う」 選択肢を狭めて尋ねると、渋々選んだ。時間が無いだろうから多分拒まないだろうということはわかっていた。帰ってくるかどうかは五分五分だったが、作っておいてよかったと思う。 もし俺がこの部屋から居なくなっていたらどういう顔をしたんだろう、と考えかけてやめる。更にパスタを盛りソースをかけ、箸を添えて渡す。すると無言だったけど受け取った。 「って、おい…ありゃあ、なんだ?」 「ん?ああ、洗濯物のこと?溜まってたから洗っただけだよ」 そのままテーブルの前に座り、食べようとしたところで突然問われる。洗い物をしていたのでそのまま振り返ると、シズちゃんの視線の先にはベランダがあった。 今日は天気もいいし、普通に洗濯をして干しただけだ。ちゃんと洗濯方法も確認したし、買い出しに行った時に洗剤だって好みの香りじゃ柔軟剤だって買った。当然全部俺の金だ。 「なあやっぱ、一度外に買い出し行ったんだよな?どうして戻って来てんだ、おかしいだろ!」 「だから、逃げないって言っただろ。シズちゃんがどう言おうと、絶対に帰らないからね俺は」 再度同じことを宣言すると、暫く声も無かったがそのうちパスタを食べ始めた。もう言っても無駄だと判断したのかもしれない。それは懸命だ。 シズちゃんの言う事を聞く気はない。何を言われようが、もう一度拘束されようが譲らない。今日は買い出しでやむなく外に出たけど、絶対にもう出ないようにするつもりだ。 携帯と金さえあればなんでもできる。それで今度こそ、普通にこの部屋で過ごしたい。監禁状態には変わりはないけど、自分の意志でここに居る。 二人で一緒に過ごしたい。恋人とか、そうでないとか、ごっこ遊びとか。そんなものすべてどうでもいい。 「じゃあ勝手にしろ。もう俺は知らねえ」 「うん、いいよそれで」 俺の目標は、シズちゃんに逃げないことを信じさせること。そして気持ちを伝える。今のままで何もかもを伝えれば、きっと同情だと取られてしまうだろう。 もしくは脅されて従っている、という勘違いだ。それをさせない為には、すべて自分の意志だと見せないといけない。その為にここから逃げないと、決めたのだ。 そのまま昼ご飯をすべて食べると、あっさりと出て行った。あえて何も言わず見送ると、ほっとため息をつく。 「はあ、よかったバレてない…ね」 実は体調が回復しているのを装っていたのだが、最後まで咎められなかったので安堵した。食事は普通にできるだろうが、まだ貧血気味でいつ倒れてもおかしくなかったのだ。 倒れてしまわないように支えながら料理だって、洗濯だって干した。時間はたっぷりあるので、休憩しながらでもできる。 夜までにはもう少し戻っているだろうと思いながら、さっきまでシズちゃんの座っていた位置に座る。テーブルの上には皿が置いてあった。 「信じさせて、みせるから」 決意を口にすると、空になった皿を持って勢いよく立ちあがった。流しまで運ぶと、もう少しだからと奮い立たせて洗い物を始める。少しだけ口元が緩んでいた。 「どうしたの?たった一日で部屋が綺麗になったからびっくりしたかな。布団もちゃんと干しておいたよ。埃臭い部屋なんて、嫌だったんだよね俺」 「意味わかんねえ」 言いながら床に座ってテーブルに乗った料理をジロジロ見るシズちゃんは、わかりやすい。自由にされて俺が一番にしたかったことは、これだ。 前に手料理を食べさせてくれたり、わざわざ好物のパンを買ってきてくれた。その礼をする。仮は絶対に作らないのが俺の主義だから。 「なあところでよお…手前、まだ体調悪いんじゃねえのか?」 「え?」 真っ先に料理に箸をつけると思っていたのだが、意外にも俺の体調のことを問われた。元々何か原因があったわけではないし、少し食べて一応頭痛薬も飲んだら多少動けるようにはなったのだ。 あれはそう、気分的な問題だった。まだ高校を卒業する前の頃は、シズちゃんが俺を本気で好きだと知ってショックを受けいていただけで。 「平気だよ。試してみてもいいよ」 「……試すってなんのことだ」 「ちゃんとシズちゃんが持ってるエッチな玩具捨てないでおいたから、俺で遊んでみたら?」 わざと挑発するように言うが、シズちゃんは全く動揺しない。それが少し意外だったのだが、動き出した口は止まらなくてしゃべり続ける。 「だってその為にわざわざ監禁したんだろ?まあこれからも逃げないから、焦らなくてもいいけどさ」 「逃げた、だろ」 「もしかして買い出しに行ったことを逃げたって言ってる?あれはしょうがなかったんだって。明日からは外に出ないからさ」 「逃げたくなるように、酷いことしてやろうか?」 「残念だけど、そんな脅しも効かないよ。結局君は臆病者だったみたいだしね。捕まえたのに手を出さないで、挙句に逃がそうとするなんて。こんなに何もかも揃っていて、自分から動くだけなのに」 性行為を強要しても乗ってこないどころか、俺に逃げたと責めてきて苛立ちが沸く。まずは動けるようにならないといけないと思い買い出しに行ったのに、それを咎めるなんて最悪だ。 だから再度、逃げないと宣言する。脅されようが、暴力を受けようが屈しない。用済みだから、と言われたとしても居座るつもりだった。 逃げないことを証明して、信じさせないといけない。話はそれからだ。俺が何を思っているか、過去のこととか。 これまで散々嘘をついて騙していたのでなかなか信じてはくれないだろうが、信じさせる為にはセックスだってしようと決めたのだ。それに今の俺は、嫌じゃない。 掴まった直後はまだ混乱していたし、体を利用されているだけだと思っていたけど、変わったのだ。遠い昔に好かれていたことを知って、嬉しくて余計に好きになったから。 「逃げないけど、エッチなことしていいよ?溜まってるでしょ?抜いてあげるし」 「…飯がマズくなること言うな」 これ以上話をしたくない、とでも言うように箸を掴み大袈裟にため息をつかれた。直後に食べ始めたので俺も同じように箸を取る。 じっとシズちゃんの方を見ながら、考えた。今何を思っているのか、を。 これだけ一緒に過ごしていて、多少は見えるようになっていた。だからさっきから否定はしているけれど、文句を言わずに食べ始めたしそんなに嫌がっているようには思えない。 第一はじめに俺に対して、宣言したのだ。嘘か本物かは、勘でわかると。だから逃げないと本心から言い続けていれば、そのうち伝わる筈なのだ。 「じゃあお風呂でも一緒に入る?俺もちゃんとシズちゃんの体見てみたい、っていうか興味が…」 「入らねえッ!!」 その時ガチャンと音がして、勢いよく茶碗をテーブルの上に置くのが見えた。割れてはいないが、中の白米は少しだけこぼれている。その瞬間、なんとなくわかった。 これまで全く読めなかったシズちゃんのことが、わかった気がしたのだ。すかさず口を開いて。 「もしかして、照れてる?ははっ、そうだろ!俺とお風呂入るの想像して、恥ずかしかったんだ」 「違えッ!!」 再度怒鳴られるが間違いなかった。本当に拒んでいるわけじゃなくて、確信が持てるまで待っているんだとわかり、頬が緩んだ。 text top |