fgo 小さな先輩 | ナノ







※ネタバレ1.5部前




大切な人がいた。皆からは恐れられていたけれど、暖かくて、優しい人。出逢いはいつからだったか、確か、私がマスター候補として推薦___強制のほうが正しいのだろう___され、カルデアに来て数ヶ月経った頃だ。マリスビリー所長は何故、魔術とは無縁の、ただ一人親である父が魔術師だったことだけの、一般家庭で育った私を、カルデアの魔術師として選んだのかは不明だが。
普通、魔術師の魔力の扱いは繊細で、魔術回路も正常に機能しているものだ。けれど、それに対するのが私。魔術回路はあるものの、回路同士が絡み合い、結びつき、きつく縛られた場所が幾つもあるらしく、その部分では魔力がほんの少ししか通らなくなっていると、後に医療スタッフから聞かされた。ガンドや治療などの細かな魔術を起動させる工程さへ出来ないのは、きっとそれだ。強化に見える蹴り技も、ただ単に魔力を下へとかき集めプラスとしている荒技に過ぎない。その詰まった魔力が時に、一定の場所で少しずつ溜まり続け、溢れる。簡潔に例えれば、ダムだ。だから他の候補生とは明らかに違う、特殊な魔力の影響であるが故に、日々倒れ医療室へ運ばれるのが当たり前の光景だった。
そんな私を気にしてか、ある日彼は私に小さなピアスを差し出した。透き通った、綺麗なターコイズブルーのピアス。彼の魔力も込められているのかは、分からないけれど、そのピアスを付けてから、暴走気味でいた体内の魔力が、落ち着いたように感じた。余計な心配で迷惑だったか、そう彼は言っていたが、あの頃も、今も、迷惑じゃない。寧ろ、周りのマスター候補達やカルデアのスタッフはみんな、心配はしていたけれど、哀れんでもいたから。彼に、魔術師で良いのだ、と励ましてくれた気がして、嬉しかった。この出来事を境に彼と私は共に行動する仲になっていたと思う。まだ、彼に関して分からないことがばかりだから、向こうは気のせいだと思ってそうだけれど。互いに予定がなければ、彼に魔術や魔力の流れを教えてもらったり、魔術師とは関係のない些細な話をしたり、時には彼と同じチームの1人である女性的な人と3人で会話を楽しんでいた。新鮮だった。カルデアに来て、マスターらしいことも出来ず、毎日検査を受ける日々だと思っていたから。この日常がずっと、続けばいいと、そんな甘い考えをしていた私が愚かだった。

次に目が覚めたのは、いつも通りの見慣れた白いベッドの上。記憶は曖昧だが、今回も魔力が暴走して倒れたことだけは確かだ。まだ疲れ切っている体を無理矢理起こし辺りを見回せば、普段よりも少ない医療スタッフ。もしや、勤務外である真夜中に、起きてしまったのだろうか。なんだか、喉が乾いて仕方がないとベッドから離れようと床に足を付け、立ち上がろうとした途端、重力に従うように、思い切り膝から崩れ落ち、座り込んでてしまった。力が入らない。倒れる直前まで、歩いていたはずなのに。物音に気が付いたスタッフの1人が駆けつけてきたが、何やら驚いている様子だった。当たり前だ。あの事件___人理焼却が訪れる数週間前から気を失っていたのだから。その事実を知ったのは、眠り続けていた体の筋肉が戻りはじめたとき。まだ力のない足を動かしオペレーションルームへと向かえば、モニター越しに映るのは、デミサーヴァントと、見慣れない人物の姿。何故あの2人は戦っているのだろうかと、思考が追いつかなかった。同じく画面越しで彼女達を見るドクターとダ・ヴィンチちゃんに今までの経路と現状を教えてもらい納得はしたが、気がかりな点が、一つだけ。確認させて欲しい、本当に真実なら、あの人は、今。

大きなガラス越しには、凍結された大量のコフィン。その一つに彼は眠っている。嘘だと、信じたかった、叫んでしまいたかった。けれど目の前に映る景色は本物であり、偽りへと逃げ出してしまうのは絶対に嫌だと感じたから。現実を受け入れるしか、なかったのだ。
悔しくてたまらない。生き残った後輩の立場であるマスターも、デミサーヴァントも、ドクターも皆、懸命に人理を修復させているのに、私はこれまでずっと眠っていたのかと考えていると、静寂の後悔が身体中に込み上がる。
守らなければ、強くならなければ。自身の特殊な魔力が原因だからと言い訳をしたくない、させないほどに。もう私は、画面越しで死に行く人達や仲間をただのうのうと眺める事など、したくないのだ。




「嘉先輩、無理はしないで下さい」

戦えない私が言うのもなんですけど、と苦笑いをする後輩。
大きな犠牲と共に人理修復を終え数週間。私は今、後輩である立香の魔力を借り、後日英霊を召喚する準備に取り組んでいた。準備と言っても至ってシンプルなもので、互いに握手をして立香の魔力を少しだけ吸収するだけである。ダ・ヴィンチちゃん曰く、後輩の能力は、貴重だと。数多くの英霊と縁を繋げる力は今までに無いそうだ。その力を貰い英霊を召喚するなど、これは、先輩として、失格だな。

「ううん、大丈夫」
「でも…嘉先輩は、召喚しても電力で補う訳じゃないって、聞きました…。戦力がいるから召喚するだなんて、危険すぎますよ」
「……立香、」

優しいんだね。心配してくれてありがとう、立香。でも、立香は私とは違って、英霊を沢山召喚してる訳だから、当たり前のことなんだ。
人理修復を君に任せてしまって、本当に、ごめん。この償いは行動で返すよ。これ以上、後輩の君に迷惑はかけられないから。立香もマシュも、今も眠り続けている彼も、みんな、

「全部、私が守るよ」