fgo 小さな先輩 | ナノ







脚に魔力を込め、一撃。
ゴツリと鈍い音が響く。重くのしかかる威力は、金色の毛並みをもつ魔獣に傷を付け赤黒い血潮が迸る。まずは一体。仕留めたのも束の間、背後からもう一体の魔獣が飛びかかる。

「――っ!」

間一髪で避け距離を置く。地面についた脚に再び魔力を集中し地面を蹴り、息をする動作もせず一気に魔獣との距離を近付ける。狙うは相手の顔と前足の間。耳には、ボキリという音と、魔獣のままならないほどの鳴き声。脚に柔らかな感覚を残しながらそのまま前方へ蹴り飛ばした。急所を突かれたのか、魔獣は地面に倒れ込んだまま動かない。確実に、殺した。その合図と同時に脚の力が抜け思わず体勢を崩してしまう。倒れまいと、両手を地面につけ立ち上がろうと試みた。分かっている。力をなくした原因は、魔力の使いすぎだってことを。

「…あ」

地面には、小さな血溜まり。魔獣とは違う鮮やかな紅い色。先程背後から襲いかかってきた魔獣の攻撃によるものだろう。鋭い爪により掠めた頬からは生暖かいものが流れている。危なかった。あと数秒遅ければ魔獣に殺されていた。
もう大丈夫だと言い聞かせながら脚に力を込め立ち上がる。頬に滴る紅を利き手で乱暴に拭き取った。けれど、頬の傷口から溢れるそれはとどまることなく流れ、治まる気配は一向に無い。まあ、放っておけばいいか。今はそんなことを気にしている場合では無いのだから。次は、何体来る。ピリピリとした気配を感じ取りながら、再び戦闘体勢に入る。大きな岩に隠れていた新たな魔獣がこちらに迫ってくる。今度は、魔力を放出しすぎないよう、慎重に、そして、一点に魔力を集めて、放つ。魔獣が脚に触れた瞬間、ドロリとしたものを身体中で感じ取る。良かった。今度は上手く魔力を吸収している。そのまま蓄積していた他の魔力と共に放出し魔獣を蹴り飛ばす。
それが、私の戦闘スタイルだ。立香や今までのマスター候補生のように、戦う英霊達のサポートをすることは無に等しかった。絡まった糸のように、幾つもの魔力回路が複雑に交差し合っていて、基礎的な魔術式でさえ上手く起動させることが出来ないのだ。自身の魔力を持たない私にとって、カルデアのためにできることは、相手の魔力を吸い取り蓄積することだけだった。

「ぐっ…!」

襲い来る魔獣を次々となぎ倒す。
立香は本当に、凄い。人理修復はきっと、あの子にしかやり遂げられなかったと思う。数多くのサーヴァントを召喚して、助け合って、立香の笑顔があったからこその結果だったんだ。マシュだって、私や立香よりも一番年下なのに、一緒に戦って、人理焼却を止めることが出来た。先輩として、こんなにも喜ばしいことなんてない、ない筈なのに。
あのとき、私が居れば、もっと犠牲者をなくせたのかもしれないと、二人の後輩に無理をさせていたのではないかと、どす黒い何かが今でも心の奥底で渦巻いている。だからこそ、もう、迷惑はかけられない。

「ま、だ…」

こんなんじゃ足りない。まだ、弱い。もっと強くならなきゃ意味がない。
これ以上犠牲者を出さないためにも、戦わなければ。英霊ばかりに無理はさせられない。私だってやれる。立香やマシュを、カルデアの皆を、護れる存在にならなければ。

「はあ…ッ!」

それが、先輩としての役目なのだから。
刹那、空を切り裂く音。魔獣の体に自身の脚が通り抜ける。

「はーい終了!嘉ちゃん、お疲れ様」
「ハァ…ハァ…」

ドクドクと脈打つ心臓。呼吸を整えようと、口から息を吐き、吸う。辺りを見渡せば、先程まで襲いかかっていた魔獣違が炭酸のように散り散りになって消えていく。自身にこびり付いていた魔獣の血もなくなり、焼けつくような太陽も、乾いた大地の感覚も、冷たく頑丈な鉄へと元に戻っている。
シミュレーションが、終わりを告げた。






「嘉、魔力の使い過ぎだ」

ダ・ヴィンチちゃんに怒られてしまった。熱くなりすぎている、と。これ以上は危険だと判断し止めたのだろうか。確かにシミュレーションで戦闘をした時間が普段よりも短かったように思える。私のことを思ってくれたのは正直ありがたいが。ダ・ヴィンチちゃんの応急処置によって頬に貼られた絆創膏に触れ、上からなぞる。医療班に診てもらいなさい、と言い残し、以前よりも小さくなった彼女は先にシミュレーションルームから出て行ってしまった。小さくても変わらないダ・ヴィンチちゃんを見届けつつ彼女から受け取ったタオルで汗を拭きとる。怪我を見てもらう前に、シャワーを浴びよう。背中に張り付いた汗が妙に気持ち悪いし、汗臭くてみんな驚くだろうから。絆創膏、せっかく付けてもらったのに剥がれるだろうな。

「うわっ」

シミュレーションルームの扉が開くと、視界には水色の毛。少し顔を上に向け確認すれば、大きな狼がいた。狼と目が合えば相手は喉から微かな唸り声をあげている。どうやら背中に乗っている筈の首無しの彼は今不在のそうだ。珍しい。もしかして、彼を捜してここまで来たのだろうか。

「ごめん、私も、首無しさんの場所、知らないんだ」
「グルルル…」

言葉が伝わっていないのか、山吹色の瞳は私を捉えたまま動こうとはしない。困ったな、悪いけど、今はシャワーを浴びようと心に決めているから、自分で首無しの騎士を捜して欲しい。目的の部屋まで移動しようと足を動かせば狼も足を進め、阻むように私の目の前に胴体を移動させた。モフッ。柔らかな感覚が私の顔と体前面に纏う。一瞬驚いた私は、空色の毛に纏われた胴体を自身の手で抑え離れようとしたが大きな尻尾で背中を押さえられてしまった。

「私、汗臭いよ?」
「ワン!」

狼が顔を近づけてきたと思えば、絆創膏を貼った頬の全体が、紅いものとはまた違う生暖かい何かに刺激される。…舐められたのか。目の前にいる狼が何をしたいのか少しだけ把握できた。シャワー室に向かうのは少し後になりそうだ。私はそのまま狼の毛に身体を預けるように顔を埋める。伝わる体温が暖かくて、心地良い。英霊も、私達と同じで、生きているんだと、認識する。少しだけ、目を瞑っても怒られないかな。ちょっとだけだから、






首無し騎士は今、昼食を食べ終わった新宿のアサシンと共に互いの主人を迎えに行っている。並んで歩いているところは、側から見れば珍しい光景だ。廊下を曲がれば、シミュレーションルームの扉の前で座っている二人を視界に収めた。近くまで足を運べば、マスターである嘉は一人夢の中。

「ありゃ、マスターそんなところで寝てんのか」

空色の狼から嘉を引き離そうと手を出せば、横から唸り声が響く。

「グウゥゥゥ…」
「何だよ、そんなに威嚇すんなって、俺はマスターが遅いから迎えに来ただけ」

彼女が起きるといけないからと、吠えないように加減しているのだろう。首無しの騎士も手振りで狼を説得した後、アサシンは、なんとかマスターを腕の中に収めることが出来た。絆創膏が貼られている彼女の頬を見て思う。
英霊とは違って、人間なんだから。もっと、俺たちを頼れば良いのに、一体何をそこまで駆り立てるのだろう。主は、このままだと必ず壊れる。そうさせないためにも俺たち英霊が止めなければ。今は、俺やほかの英霊達の忠告に素直に聞いてくれるのが幸いだが。
嘉の頭を、首無しの騎士が優しく撫でる。アサシンと同じく考えていたのだろう。アサシンは少し背の高い騎士を見る。頭がない筈なのにどこなしか微笑んでいるように見えなくも、ない。

「ははっ」

参ったねえこりゃあ。俺の主は変なやつばかり懐かれちまうな。