fgo 小さな先輩 | ナノ







バター、卵、牛乳、砂糖、メープルシロップ、食パン……。
カルデア内に建てられてある食堂。その厨房で嘉は、今から作る料理の材料を並べ確認していた。

「……よし、」

準備は完璧だ。あとは上手く作れるかどうか。
服が汚れないよう、膝下まで丈のあるシンプルなデザインのエプロンを纏い、腰の後ろ辺りにあるボタンを留め具に通す。
嘉が料理を作ろうとしているのは、今から数日前のこと___




「料理を教わりたい?」

コクリと縦に大きく一回、頷く。
サーヴァントや職員達が夕食を終えた頃、食器の片付けを行うアーチャー__エミヤは、自身と契約を交わしているマスターの立香よりも背の低い彼女に言葉を返した。なんでも、いつも世話になっているサーヴァントに礼がしたい為料理を教わりたい、というそうだ。嘉と契約しているサーヴァントは立香よりも圧倒的に少ないため誰に渡すのか範囲は絞られる。1人、とは限らず契約を交わすサーヴァント3人全員、という可能性もあり得なくはない。エミヤは頭の隅で考えながら彼女の意見に賛成するものの、言葉の意味を読み取れば料理に至って初心者だということが分かる。

「包丁を握ったことは?」
「学校の調理実習で、一回だけ」
「厨房や台所に立ったことは」
「無い」
「…調味料の『さしすせそ』は」
「……?」

どうやらかなりの料理初心者らしい。包丁を扱ったことはあるそうだが、エミヤの古い記憶では、じゃがいもを一口大に切り茹でた後粉が出るまで炒める料理や、切る練習で使用した大根を味噌汁に加える料理を作る、といった簡単な材料を大きく切る程度の授業だった。決して他の学校でも同じ料理を作る内容では無いと思うが。まあ、根本的な授業内容はエミヤと同じで彼女もその類なのだろう。結局、長い間台所に立っていないのなら忘れていると考えられるが。
話が若干逸れてしまったが、今回は、そんな料理初心者な嘉にも簡単に作れる料理を提案しようとエミヤは頭を悩ませつつ、冷蔵庫や調理棚の中身を確認する。ホットケーキにしようと頭を閃かせたが、生憎、本日の間食時間で使用したミックス粉の在庫は無かった。
他に切る工程も極力無く、シンプルで、あまり手間がかからない、美味しいもの…

「……フレンチトーストは分かるか?」
「あの、卵が滲みてるパンの…」
「そうだ」

嘉は懐かしむ様に目を閉じる。
マスターとして推薦されカルデアで暮らす前までだったか。家にいた頃に時々父親が作ってくれていた、フレンチトースト。機嫌が良かった時は、苺ジャムを上に乗せて、粉砂糖をまぶしてあって、ミントなんかを飾っていたな、と。ひとつひとつ丁寧に記憶が蘇り、ついエミヤがいる前で顔が綻んでしまった。突然の変化に彼も固まっている。…断じて君のことを笑ったわけではないんだ。きっと、立香の先輩は可笑しい人だと思われてしまったかもしれない。

「その、フレンチトーストの作り方を、教えてほしい」




そして、今日に至るまで、アーチャーにフレンチトーストの作り方を教えてもらっていたのだった。初めはアーチャーが実際に作り手順やコツを、以降からは彼の指示を受けつつ、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
しかし、今回は厨房で嘉1人。練習ではなく本番、というものである。いつもお世話になっているサーヴァントにお礼をする為にも、嘉は改めて気合を入れ調理に取り掛かる。

まずはボウルに卵を入れ、溶きほぐすことから。コツン、と平らな所で卵をぶつけ殻にヒビを入れたあと、親指を当て卵を両側に開き割り入れる。

『卵を割る時に角を使ってヒビを入れると、勢いで中に殻が入ってしまうから、平らな所で割った方が良い』

エミヤに教えてもらった手順を鮮明に思い出しながら料理を進める。卵を割るときなんて、初めは勢いよく角に卵を叩きつけ、案の定手がベトベトになってしまったな。「安心しろ、誰もが通る道だ」と彼は言っていたが、本当に言葉通りなら、アーチャーも卵を割るのに苦戦していた時期があったのだろうかと想像してみた。嘉の口元が少し柔らかくなる。
卵を溶きほぐしたら、牛乳、砂糖を加え混ぜ合わせ、裏漉し器で液を漉していく。パンに浸す前、こうして一度液を裏漉しするのは……

『どうして?』
『液が滑らかになるから、パンに染み込みやすい。あとは、口当たりを良くするためだ。少々手間はかかってしまうが、その分、より美味しくなる』
『なるほど…』

この工程をするだけでも、美味しさが格段に上がるそうだ。もしかして、母も、同じように裏漉しをしていたのだろうか。嘉がそう考えている間いつの間にか滑らかな液が別の容器に入り終わる。裏漉し器には溶かし切れていなかった卵白が残っていた。うん、やはり1つの細かいことにも丁寧なアーチャーは流石と言える。
次に、半分に切り分けた食パンを、裏漉しを終えたきめ細やかな液に片面1分、反対側に返し1分浸していく。全体的に液が浸透したら完了。今回は食パンだが、バゲットで作る場合なら最低5時間程浸さないとパンの中まで液が染み込まないらしい。
フライパンにバターを入れて熱したら、浸しておいた食パンを並べ蓋をし片面を約7分、弱火でじっくり焼いていく。底面に少し焼き色が付いたらひっくり返し反対側も同様に焼く。

『卵は水分と合わせて加熱をすると膨らむ性質があるから、蒸し焼きにすれば、内側から膨らんでふっくらしたトーストになる』
『科学みたいだね』
『そうか?…ああ、それから、焼いてる間はパンを動かさないように心がけてくれ。動かすと、膨らんでいたパンが縮んでしまうからな』
『ん…勉強になります、先生』

嘉が一番苦労した工程はこの焼く場面である。初めは強火で焦がしてしまったり、中までしっかり焼けていなかったりと、火加減を調節するのが困難だったが、エミヤの指導の積み重ねの下、コツを掴み焼き加減を覚えていったのだ。片面を返し綺麗なきつね色の焼き目を見て嘉はまるで小さな子供のように、嬉しそうに瞳を輝かせた。しかし片面が焼けたからと言って油断はできない。蓋をしてもう7分程弱火で蒸し焼きにしたパンの焼き目を確認する。上手く、焼けたようだ。

「やった」

フライパンからトーストを慎重に取り出しお皿に盛り付ける。仕上げにメープルシロップをかけたら、フレンチトーストの完成だ。




「アーチャー」

聴き覚えのある声に反応しエミヤは扉を開けた。目の前に、背の低いマスターの先輩と、フレンチトースト。彼の部屋の前まで駆け付けた彼女は甘い匂いを纏わせている。完成の報告にここまで来たのだろうか。案外子供らしいところがあるものだ。

「上手に出来たじゃないか」

思わず嘉の頭を撫でる。甘い匂いに似合う程優しく微笑む彼女が視界に入り、エミヤは思わず胸が高鳴る。はて、今の感覚は一体何なのだろう。よく分からない感覚を揉み消すように彼は言葉を続けた。

「なら、温かいうちに持っていって食べさせてあげないとな」
「うん」
「……ん?」

ぐいっ、と目の前に広がるのは美味しそうなフレンチトースト。彼女はいつもお世話になっているサーヴァントに料理を作っていたのでは……、

「いつも美味しいご飯、ありがとう、アーチャー」
「!」

彼女が普段それほど笑わない影響でもあるのか。エミヤは改めて優しく微笑む彼女を見ると片手で自分の顔を覆う。
…反則だ。まさか、いつもお世話になっているサーヴァントが彼自身だとは。加えてこの笑顔。とても喜ばしいことであると同時に、心が激しく揺さぶられる衝動が抑え切れなかった。



エミヤはフレンチトーストが乗せられている皿を持つ嘉を部屋に入れベッドの端に2人腰掛ける。彼女から手に持っていた料理と一緒に所持していたフォークを受け取り、器用に切り分け口の中へ、一口。

「美味いな」
「!…良かった」

ほっ、と嘉は小さな息を吐き胸を撫で下ろす。決して彼の一言に嘘はないのだろう。その証拠に、黙々と食べ進めている。その姿を彼女は淡々と眺め、互いに会話をすることなく食器の音だけが響き渡っていた。

「ご馳走様」

手を合わせ感謝の言葉を呟く。あっという間に完食してしまった。満足感に浸っている途中、彼女が控えめに袖を掴み何かを伝えようとしていた。

「えっと、アーチャー」
「…エミヤ。エミヤで良い」

エミヤ。彼についての情報など昔から分かっているのだろうが、彼は自ら真名を名乗る。それは、マスターである立香とはまた違った立場での、真名の伝え方。サーヴァントではなく、1人の"人間"として、真名を、名前を教えていた。
彼女との距離を一歩、進められたような気がする。

「エミヤ」

嘉が意を決したように顔を向け目を合わせる。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳だった。

「また、料理教えてもらって、いい?」

互いに契約を交わしているマスターとサーヴァントではないけれど、それでも、彼女なりに接してくれようとしているのなら、喜んで君に歩み寄ろうか。

「ああ、勿論だ」