02



家族のお見舞いだろうか。小さな子どもが、鳩型のポケモンを大事そうに抱えながら目の前を横切っていった。
数分経って、今度は如何にも武術をしていそうな男性と、同じように道着を身に付けている青い人型のポケモンが通り過ぎる。男性は松葉杖をついていたから、きっと、稽古辺りで怪我を負ってしまったのだろう。
それからまた少し経って、廊下を歩く看護師さんと仲が良いのか、車椅子に乗った老人が嬉しそうに声をかけている。看護師さんも応えるように笑顔で挨拶を返し、老人の膝の上で丸まり眠っている子犬型のポケモンをそっと撫でていた。

「……」

医師からの診断結果を告げられて数週間。私は今、廊下を行き来するポケモンや人を病室の硝子越しから淡々と眺めている。感想としては、ここの病院で入院している患者をはじめ、看護師も、医師も、私以外の誰もが皆ポケモンに触れ、寄り添い、笑い合っていて、本当にポケモンと共存しているのだと思い知らされた事だ。

「はあ…、」

ひとりだけの空間の中、大きく溜息を吐いた。
他の患者が誰も居ない完全な個室。廊下へ繋がる部屋の扉手前には御手洗い場、しかもユニットバス付きであり、一見小さなホテルの部屋のような病室で現在入院させていただいている。こういった医師の配慮には感謝しているが、裏を返せば、病室から出なくても入院生活が行える、ということ。あとは大抵、暇。日々の時間を潰す事が硝子越しから人やポケモンを観察することだけしかなかった。
互いに共存する世界で、共存できない私。真っ赤に染まった手を見つめている、記憶の中の殺人鬼の私。

嗚呼、なんて窮屈な世界なのだろう。

「調子はどうかな」
「………ぁ、」

硝子越しで音が聴こえづらいとはいえ、物思いにふけていた私は、いつしか目の前に立っていた人物に声をかけられるまで気付けなかった。ふと、顔を上げて確認する。首元には見覚えのある黄色いマフラーが巻かれていた。

「今、部屋に入っても?」
「ど、どうぞ」

____名を、ギーマ。路地裏のゴミ捨て場で意識を失っていた私を保護し、病院まで連れて行ってくれた、いわば恩人である。



顔見知りもいない孤独な私にとって唯一、時折こうしてお見舞いに来てくれるのはギーマさんだけだ。といっても、本人はきっと保護してしまった責任としての自覚から様子を伺っているに違いない。まあ、私にとってそんなことは正直どうでもよく、暇潰しの相手として認識している部分、自分自身最悪な考えを持っているなあ、と今度は心の中で溜息を吐いた。

「いいにおい」
「知り合いから紅茶を頂いてね、病院食だけじゃ退屈だろ?」
「でも…いいんですか、頂いたものとはいえ、ギーマさんのですし…」
「そのわたしが君にあげてるんだ。遠慮なく受け取ると良い。それに、これが初めての頂き物じゃないんだぜ。もう何度も飲んでる」

看護師さんに説明し、ポットとカップをお借りしては慣れた手つきで紅茶を淹れるギーマさんの姿に、言葉通り本当に何度も知り合いから紅茶を頂いているのだなと感心してしまった。外見や言葉遣い柄、貴族っぽいところもあるから幼い頃からそういった作法などを受けていたのかもしれないけれど。

「どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」

兎に角、一口含んでみた紅茶がとても美味しい。いかにも高級な味と香りである。砂糖とか、全然入れてないのに、優しい甘さが口の中で広がって、自然と口元が緩んでしまった。

「……驚いた」
「え?」
「君、笑えるんだな」

ぽつり。若干驚いた表情をしながらそう呟いた彼に、私今まで笑っていなかったのか、と紅茶の香りが脳内で混じるくらいぐるぐると考えてしまった。それならば、目覚めてからずっとどんな表情をしていたのだろうか。怒っている表情だったのか。はたまた仏頂面だったのかもしれない。とりあえず、もう一口紅茶を喉の奥へ流し込む。うわあ、やっぱり美味しい。

「さて、早速本題に入らせていただくとしようか」
「本題?」

ギーマさんの声のトーンが僅かながら低くなる。甘い香りが漂っていた空気が重くなったように感じた。
ごくり。唾を飲み込む。彼が今から私に伝える言葉が何なのか、何処となく察しはついている。

「明日、警察が君の元へ来る」

ああそうか、やはり警察か。恐らく、何かしら事件に巻き込まれて記憶を失ったのではないのか、とかその辺りだろう。それとも、殺人の容疑で捕まえに来たか。

「そう、ですか」

ふと、ここから少し離れた、先程まで暇潰しに眺めていた硝子窓を見る。丁度廊下を歩く患者とポケモンは表情は、とても眩しかった。


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