05




目の前には、紅茶の入ったティーカップと角砂糖。
彼女に仕える執事のコクランさんに軽く頭を下げれば彼の口角が上がった。次に正面の椅子に座るカトレアさんへ視線を移せば、カップの音を立てることなく優雅に紅茶を飲んでいる。それに続くように、私は取っ手を掴みカップを口元へ移動させた。折角お出ししていただいた紅茶に口を付けないのは礼儀として悪いだろうから。
こくり。ひと口飲むと懐かしい味がした。そうだこれは、入院していたときにギーマさんから頂いた紅茶の味と同じだ。

「その紅茶、私が彼にあげたものなの」

正確には、四天王としてお世話になっている三人へお礼がしたい、というコクランの提案から始まったものなのだけれど。
そう答えるや否や、再び紅茶に口を付けるカトレアさんに私は驚きを隠せなかった。

「わ、たし、まだ何も言って……」
「彼から頂いた紅茶の味と同じだ、って、顔に書いてあるもの」

反射的に片手で顔を触ってしまった。それほど表情に出やすい人間ではないはずだが。

「ヴィダ…だったわね。いつ彼と目を合わせられるようになったのかしら」
「退院する直前、くらいかと」
「そう。でも彼以外まだ目を合わせられていないようね」
「え…っ?!」
「視線が人の鎖骨辺りをとらえていたし、何より怯えていたのがひと目でわかったわ」

流石、ポケモンバトルで積み上げた洞察力と言うべきか。彼女の発言は全て当たっている。
考えてみれば、あの日はギーマさんから目を合わせてきた。だから彼は大丈夫だと脳が認識している。けれど、他の相手と目を合わせられるのかと問われれば首を横に振るしか出来ないのが現状である。頭の片隅にこびりつく赤い記憶に怯え、一歩前へ進む勇気がでない。
それでも___、

「彼と目を合わせられるのなら、アタクシとも合わせて頂戴」

それでも彼女は、私の心情を打ち消すかのようにはっきりと呟いて。
言葉の意味を理解する頃には、また操られたような感覚が脳に走る。くいっ、と自身の顎が上がり、引っ張られる形で体ごと前へ動いたものだから咄嗟にティーテーブルの両端に手を置いた。

そして目の前に映る、ぱちぱちと泡が弾けるメロンソーダのような。

「さてヴィダ、アタクシの瞳は何色かしら」

カトレアさんの瞳だった。

「…えめらるどいろ、です」
「正解よ」

彼女から離れて、椅子に座らされて、見えない糸から解放されてつい大きく息を吐いたのに対し、カトレアさんは私と目を合わせられたことに満足したようで、その証拠としてふわりと笑みを綻ばせている。先程まで私の心に溜まっていた不安と恐怖という感情はいつの間にか、翼を広げ空を駆けるひこうポケモンのように吹き飛んでしまっていた。
とりあえず今は、緊張で速くなっていた鼓動を抑える為に、カップに残っている紅茶を飲み干すことにする。


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