02



病院食の味に感動し涙を流していた彼女の姿が、いつまでも脳裏に焼き付いている。





「今の季節にアイス、ですか」
「ヒウンシティの名物。季節問わず人気の食べ物なんだぜ」

火曜日は他の日より比較的空いている、と、小説の執筆に行き詰まる度に気分転換のひとつとしてヒウンアイスを食べるシキミの言葉を忘れなくてよかった。丁度運もわたしの味方をしてくれていたようで、行列になっていない時間帯に購入できたらしい。
ヴィダはヒウンアイスが入ったテイクアウト用の紙箱に描かれているバニプッチが気になっているらしく、それをまじまじと見つめていた。

「それともアイスは君の口に合わないかな?」
「いえ!そんなことは……ただ」
「ただ?」
「見ず知らずの私が貰っていいものなのかと」

出会って間もない赤の他人、ましてや保護されただけ、という自身の立場を気にしている彼女の表情はやや曇り気味である。

「ふむ…」

ポケモンセンターでの食事はともかく、人が何かしらの理由で入院し初めて口に入れるものは必然的に病院食となるのが一般的な流れだ。患者の症状や体質に応じて栄養分など出される食事も異なるが、いちばんの特徴は、普段口にする食べ物よりも味付けが控えめ、といったところか。
兎に角、病院食を食べて感極まる人なんて居ない。そう思っていた。
彼女と出会うまでは。

「……あんなものを見せられたらね」

____すごく、おいしくって、ただそれだけ、なんです。

それは入院中のヴィダの見舞いへ初めて通った時の事。目覚めてから数日間は何も口にしていなかったと、彼女の看病を担当していた看護師から後程教えられたことである。どんどん溢れてくる涙を止める仕草さえせずわたしにそう言葉を返したヴィダはその後、そのまま涙を流しながらゆっくりと食べ物を噛み締め、胃の中へ流し込んでいった。
記憶がなくなる前の彼女に一体何があったのか。警察の推測通り精神的なトラウマや虐待をされていたのだろうか。涙を流すほど美味しいのであれば、病院食以外の食事を口にすればどんな反応をするのか。笑うだろうか。苦い顔をするだろうか。気付けばその日彼女のことばかり考えていたことだけは覚えている。

要するに、もっと美味しいものを食べさせたくて仕方ない。

「ん?」
「いや、なんでも」

案の定、ヴィダには聞こえなかったようだ。わたしの足に頭を擦り寄せていたレパルダスの耳には届いていたのかもしれないが。それに応えるようにパートナーである愛獣の頭をひと撫ですれば彼女は甘い鳴き声を放った。一方でヴィダは瞳の奥を輝かせながらゆっくりと箱を開ける。冬ではないとはいえ、肌寒い秋の気温の影響もあるが、商品が溶けないようにと店員が慣れた手つきでビニール袋に氷を入れ周りに敷き詰めてくれていたおかげで、ヒウンアイスは今も尚本来の形状と冷たさを保っていた。

「ほんとうにいいんですか。食べても」
「どうぞ」

わたしの返事で、ヴィダはカップに入ったアイスと付属で頂いたプラスチック製のスプーンを恐るおそる手に取る。スプーンでアイスを掬うとふわりとした冷気が現れたが直ぐに消えていった。小さく口を開けて、アイスを口の中へ。
彼女の瞳が大きく輝く。

「っ…ギーマさん、このアイスすごく美味しいです!」

入院中硝子越しから生き物を眺めていたときの光のない瞳は何処へやら。今のヴィダの表情はさながら無邪気な子供だ。
再びアイスを口にする彼女を横目に、レパルダスにはポケモン用のヒウンアイスを食べさせてやる。他の子達にも購入しているのであとで食べさせてあげるとしよう。

「ありがとうございます。ギーマさん」

ああ、今が秋で本当に良かった。冬の季節は寒いからという理由で販売しないらしい。今日ヒウンアイスを購入していなければ彼女の笑顔を見ることなんてできなかっただろうから。
気付けばわたしの口元は緩んでいた。

「喜んでくれて何よりだよ」

春が訪れたら、また買うことにしよう。その時は彼女も連れて。


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