04



「と、いうわけさ」

もう何度も飲んだ馴染みの紅茶の香りが漂う空間に、互いに対面する形でソファに座る男女4人の姿がある。いかにも豪華なテーブルの上にはそれぞれが使うカップとスプーン、その側には常に持ち歩いている物がちらほら置かれていた。
イッシュ地方の四天王である彼らが使用しているのは、ポケモンリーグの廊下の一角を仕切って作られた部屋。いわば気まぐれで集まり話し合う場所である。ギーマは3人に、例の彼女についての経緯を簡潔に伝えていく。

降り止まない雨の中ゴミ捨て場で意識を失っていた事。
目覚めたら記憶喪失だった事。
感情をなくしたように硝子越しからポケモンや人を眺めていた事。
警察の話に怯えながら内容を聞いていた事。

紅茶を飲んで初めて笑みをこぼした事。

脳裏に焼きついたのは、名も知らない彼女の困惑した、恐怖した、そして優しげな表情。
目を合わせてくれない、哀れな子。

「わあー…っ、いかにも小説の主人公にさせたくなるような方ですね!身長は?外見は?瞳はどのような色なのでしょう?」
「シキミ!彼は今真剣な話をしているのだぞ」
「……………やはりこうなるのか」

相談する相手を間違えてしまったか。話を聞いて次の小説のインスピレーションが湧いてきただろうシキミに、そんな彼女を止めにかかるレンブを見て、やれやれ、と、ギーマは片手を自身の眉間まで移動させ頭を抱えた。残るひとりはふたりの掛け合いに耳を傾ける事なく紅茶が入ってあるカップに口をつけている。私は関係ありません、と言いたそうな雰囲気を醸し出しながら。

「頼むよカトレア。ほら君、別荘持ってるんだろう?」
「あら、ここは保護した本人が引き取るべきじゃないかしら。普段女性の扱いには慣れてるでしょうに」

ギーマと目線を合わせることさえせず、カトレアは淡々と自身の意見を放つ。彼女が指す“女性“とは、彼本人が所持するポケモンか、それとも人か。否、両方を示しているのだろう。

「それに、これを機に世の女性に手をかける行為から卒業できるのではなくて?」
「誤解を招く言い方はやめてくれ。向こうから誘いに来るんだ」
「それでもその誘いに乗るのは貴方でしょう?」

カトレアと目線が合ったと思えば、ポケモンリーグに挑戦するトレーナーと戦闘を始めた際にする、あの見下したような視線を彼女はしていた。

…参ったな。
ポーカーフェイスを貫きつつカップに手をつけ紅茶を一口飲む仕草をする裏で、ギーマは己との問いに葛藤する。
あの日、彼女を見つけ病院まで連れて行った事に後悔はない。過程にもよるが、困っている人を助けずその場を立ち去るという外道なことなどしないし、したくもない。
ただ唯一勘が外れたのは、彼女の記憶がまっさらな白紙だった、ということ。現在、病院で看病しているとはいえ、これから先も病室を貸してあげられるわけではないと、険しい面持ちをした医師から告げられたのが昨日の事。名もない彼女は見た目からしても大人だ。人からの質問に受け答えもできるので、比較的自立して生活ができる、ということになる。この時点で、孤児院で預かるという選択肢は外れるだろう。ハンサムという男が勤務している警察署にも預けられるそうだが、長くて数週間程度だという。
そしたら、その後はどうなる?
彼女は今頃、いつものように、病室にあるガラス窓から感情の無い表情をしながら眺めているのだろうか。

「ひとついいか?」

ギーマの思考を遮ったのは、静かに手を挙げ質問をしたレンブ。彼は無事シキミを落ち着かせることに成功できたらしい。

「お前の家で保護すればいいんじゃないのか」
「…は?」
「ギーマがこの紅茶を渡して初めて笑顔を見せたのだろう?つまり、お前には心を開いている、と俺は感じた。だから、ギーマの横にいれば彼女は安心できる」

予想を超えたレンブからの提案に、持っていたカップから紅茶がこぼれそうになった。
まさかそういった異性の事情に対して理解し難いと思っていた人物が、彼女の心情に一番に気が付いたなど誰が想像したであろう。しかもその提案には下心といったものがない。それほど彼の瞳は真剣だった。
嗚呼、そうか、難しく考えなくても良かったじゃないか。

「そうですね、ギーマくんの家に住まわせてあげましょう!小説の題材にもなりそうですし」
「決定ね。退屈しない子だといいけれど」
「困ったことがあれば、俺も手伝うからな」
「……フフ、」

会うのが楽しみだと話す3人を横目に、ギーマは静かに笑う。彼女が俺の人生に今後どう関わるのか賭けてみていいのかもしれない、と。



「ところでその子のお名前はなんていうんですか?」
「…………」
「へ?」

彼が頭を抱えるのはこれで何度目だろう。

「…ギーマ、まさか貴方、名前も知らないまま彼女のお見舞いに行ってたの?」
「それは礼儀がなってないぞ」
「仕方ないだろ。自分の名前さえ記憶に無いというんだ」

ギーマ自身も毎日彼女のお見舞いに足を運んでいるわけではない。本業であるギャンブラーと四天王としての両立、というのも含まれるが、何より知り合いでもなんでもない赤の他人だ。今頃どうしているかと気休め程度に行っていただけ。病院の医師や看護師から既に付けられていると思っていたが、よくよく思い返せば、病室のネームプレートには名前が記載されていなかった。

「なら、付けてあげればいいんですよ、名前!」

任せてください。そう言うや否や、眼鏡をかけ直す仕草をみせた後、シキミは今まで綴った小説を持ち出すや否や、机の上にぱらぱらと本を並べていく。

「(ふーん…)」

なんだかんだ言って、お節介なのね。
ギーマの真剣な面持ちで小説に手をとる姿を見たカトレアは、執事の淹れてくれた紅茶へと再び口を付けた。


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