器なんて結局、壊れてしまえば使い物にならなくなるものだ。その時が予定より早かっただけ。

星晶獣として侵食されていた黒い右腕は形状を保てず、泥のようにぼとぼとと地面へ広がっている。視界に色もなく、自分が今どこにいるのかも分からず、全てがモノクロで、朧げで。肺も本来の機能をなしておらず呼吸することさえ難しい。
本当に、死ぬのだと察した。

ずっと後悔ばかりの空の旅。それでもあなたに希望と愛をいただいて、ここまで来れたのに。やはり、死というものは呆気なく、唐突に訪れるものらしい。

嗚呼、口を開いて彼の名前を呼びたかった。ありがとう、と伝えたかった。ごめんなさい、と謝りたかった。
あいしてる、と告げたかった。

「大丈夫です。ずっとそばにいますから」

彼はそう言葉を紡ぐや、微笑んで、綺麗な指先で私の輪郭をなぞるように撫でる。
あたたかい。きもちいい。もうとっくの昔に体温を感じ取る機能なんて無くなったはずなのに。

だめ。やっと死ねるのに。そんな悲しい目をしないでください。優しくしないでください。ずっと死にたいと思っていたのに。まだあなたと生きていたかった、なんて。

「ミコト」

彼の顔が近付いて、触れるだけの口づけを交わされる。何もかも思っていたことが伝わったような気がして、自然と涙が溢れた。

さはるさん、すき。すきです。だいすき。あいしています。…ゆるされるのなら、どうか…もう、いちど…あなたと……いっしょに、そらの……たび……を、し………、

ーーーーーーーーーーーー。



彼女の意識が完全に遠のく。ずっと繋いでいた彼女の左手に力が無くなり自身の手からすり抜けかけても、私は握り締める力をさらに込めた。

ミコト。あなたが、主が賜うたこの空の世界を好きになれたと言葉にした時、私は胸が弾むような気持ちになりました。あなたを抱きしめた時、溜め息を吐きながらも受け止めてくれたことが喜ばしかった。平穏の中、何気ない出来事に笑みを綻ばせるようになったあなたを見る度、この上なく幸せでした。
あなたを、大切にしたいと思いました。

ーーーーーー嗚呼。これが、人が言う、"愛"というものなのですね。

まだ温もりが残る彼女の唇に、もう一度自身のそれを重ねる。
願わくば、どうか、あなたが遥か遠く、彼方の地で再び命が芽吹いたとしても、あなたのことをーーーーーー、

「ずっと、愛しています」








そんな、かなしい夢をみた。

「ふぁぁ……」

ぱちりと目が覚めて、身体を起こす。思考と酸素が足りなくて自然と欠伸が出た。

青い空の下、たくさんのお花に囲まれた空間で、長い髪の男が力なく眠る女性を優しく抱きしめているものだった。ふたりの顔は霧がかかった感じでよく分からなかったけれど。

「…ん、あれ、案外早めに起きちゃったな」

側に設置してある時計の針を確認してみれば、朝の5時10分。先輩との会議までまだ2時間以上あるし、もう一度眠ってしまおうかとベッドへ身を委ねたものの、この夢に対し何故か妙に引っ掛かって結果的に眠りにつくことは叶わなかった。
仕方ない。今日は早めに起きて、パセさんの淹れた珈琲でも飲みに行くとする。彼がこの時間に起きていればの話だけれど。それから次の戦闘についての作戦を練るのと…、あ、そうだ、アンセルくんとケルシー先生からファンちゃんとレムたんの定期検査について伝えておいてくれと頼まれていたな。これは会議が終わった時に報告しておこう。

頭の中で今日やる事を整理し終えて、再びベッドから身体を起こし顔を洗いに室内にある洗面所へ歩き出す。ぺたぺたと裸足の音だけが部屋にこだました。辿り着いて、大きな鏡に映るのは左頬を覆うくらいの火傷の跡をもつ自分の顔。夢に出てきた綺麗なふたりとは比べ物にならない程の、醜いもので。もしかすれば妙に引っ掛かっている原因がこれなのかもしれない、と。違っていたとしても無理矢理そう思うことにする。

結局は夢物語に違いない。ロドスの記憶においても、現世の記憶においても、その人達に関して全く記憶に無いのだから。しかしながら唐突に別れのお話を見せられるとは。色々と不安でしかない。ロドスの皆が死ぬのだけは御免だ。
だから、自分が暗い顔をしちゃいけないんだ。笑え私、めそめそするな、部外者め、笑え、笑え、わらえ。

両手で張り詰めた頬を無理やり持ち上げて、鏡越しに映る笑顔を作った自分を確認する。よし、大丈夫、自然。

「がんばれ、彼方」

ドクターのスペア、無銘。今日も元気に頑張ろう。きっと、もやもやとしたこの感情も時間が解決してくれる。死を迎えた女性も、別れを惜しんだ男も、蒼空が広がる世界も、夢をみていたことすらきっと忘れるのだから。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -