人類最強は何を思う
目が覚めたら、見知らぬところにいた。
昨日は壁外調査から帰ってきた日だった。
壁外調査とは、文字通り壁の外に行き、人類の活動拠点を作る。いつ巨人に食べられてもおかしくないこの仕事は、常に死と隣り合わせなのだ。
心身ともに疲労しきっていた俺は、報告書をエルヴィンに提出して早々にベッドの上で気を失った。
そして、起きたらここにいた。
見たこともないような器具や高そうなソファが置いてある奇妙な部屋だった。
ここはどこだ。とかなり不気味に思いながらも窓の外を見て、そして驚愕した。
壁が、なかった。
俺たち人類の生命を脅かす巨人が入って来れないようにするための壁が、どこにもなかったのだ。
△▽
「と、とりあえずこれからのことについて話し合いましょうか・・・」
俺は目の前の女ーーなまえを眺めた。
俺はどうやら異世界トリップというものをしてしまったらしい。
こいつの住む世界には、巨人は存在しないという。窓から見える景色は俺が見慣れた光景とは程遠く、たくさんの人間が街を行き交っていた。
「リヴァイさん?」
「っ、なんだ?」
なまえが俺の顔を覗き込んできた。
俺は少しだけ驚いて目を見開く。
珍しい。俺がこんなに人間に対して驚くなんて。
ましてやこんな小娘に対して驚くなんて初めてかもしれない。
恐らく異常な体験ーー異世界トリップをしてしまったために心が高ぶってしまっているのだろう。
「と、とりあえずリヴァイさんの着替えとか生活用品を買わないとですよね」
「待て。俺はここの世界での通貨は持ってないぞ」
「あ、それは、大丈夫です・・・わたし、稼いでるので」
そんな対人能力が低くてどんな仕事が出来るんだ、と一瞬思ったが、この世界では恐らくこんな極度のどもり屋でも雇ってくれる所があるのだろう。
「すまんな」
「いえ、気にしないでください。・・・では、ちょっと買ってきます。リヴァイさんは寛いで待っていてくださいね」
「いや、俺も行こう」
「あ、いえ、リヴァイさんはここで、」
「あぁ?」
「う、だってその格好目立ちますもん・・・」
コイツが言うには俺の格好が問題らしい・・・たしかに、立体機動装置は目立つのかもしれない。
だが、立体機動装置を外しても目の前の女は渋い顔をしていた。
「なにがいけないんだ?」
「あの、その、今のリヴァイさんの格好・・・まだちょっと目立ちます・・・」
「ほう」
「・・・あ、あの!わたしのジャージ・・・運動着でよければ、お貸しします・・・大きめなので、リヴァイさんも入るかと・・・」
ちゃんと洗ってあるんだろうな、と問えば、もちろんです!と返される。まあ、当然か。
「これ、Tシャツとスボンです・・・」
「恩に着る」
「っ!?・・・あああの、その、失礼しますっ!!!」
受け取った服に着替えようと上着とシャツを脱いだ俺をみて顔をかーっと火照らせると、なまえは隣の部屋に逃げて行った。
忙しい奴だな。
△▽
「おい。終わったぞ」
「・・・はい。すみません。行きましょうか」
着替え終わった俺が隣の部屋に向かって声を掛けると、なまえがおずおずと出てきやがった。
俯いたまま鞄を掴んで帽子を被り、「では行きましょう・・・」と呟くなまえを見て、俺は少しばかりイラっとした。
俺は人の目を見ないで喋る奴を余り好かない。
「おい」
「あ、ちょ、やめ、リヴァイさん、っ!」
「!?」
ぐい、と肩をつかんで振り向かせて、そこで俺は息を飲んだ。
「お前、なんつー顏、」
耳まで赤くなった顏、涙で潤んだ目、小刻みに震える体。
俺が絶句していると、ばっと体を離し、すみませんと謝られる。
「すみません。男の人、慣れてなくって・・・着替えとか、びっくりしちゃって・・・」
「いや、・・・俺も、すまなかった」
驚いた。
確かにこいつは整った顔をしているとは思っていた。
だが、これほどまでに≪女≫を意識させられるとは思ってもみなかった。こんな年の離れたガキに。
「・・・俺も、どうかしている」
「はい?」
「いや、なんでもない。いくぞ」
生まれてはじめてだ。
初めて会った女、それも異世界の小娘にこんな感情を持つなんて。
俺は自嘲気味に笑うと目の前の女の頭をくしゃりとなでた。
ああ、どうかしている。