学園対抗体育祭と卒業旅行
2022.12.11
千代に桜咲く DR2022にて本になりました!
本編(1-11話)の加筆修正(約7万文字)+書き下ろし(約5万文字)の計約12万文字の本となります。
【書き下ろし詳細】
●番外編(6-7話の間あたりの話):学園対抗体育祭
・水道を破裂させた幼い少年少女から憧れられる話(ハロ嫁過去if)
・他の学校の男の子から言い寄られるマドンナちゃんをセコムするいつメンとマドンナ協会員の話
・体育祭で無双する話
●後日談:卒業旅行編
・プールでむちむちにメロメロの松田の話
・地獄の野球拳、萩原との内緒話
・マドンナちゃんと松田のはじめてのお泊まり
●警視庁のマドンナちゃんは猫被り プロローグ
↓書き下ろしの内、約1万文字を掲載↓
(サイト掲載用に行間等は変えております。)
【番外編:学園対抗体育祭】
<<略>>
「無事直ってよかったね」
「陣平ちゃんサンキュ」
「…お前らヒト使いが荒いんだよ…」
少年少女を見送った後。
呼び出した水道屋に無事壊れた水道管を引き継いだ面々は、再びキャッチボールに戻っていた。
何故彼らが、警察学校のグラウンドではなく近くの公園でキャッチボールをしているのか。
理由は単純だ。サボっているのである。
来週、学園対抗の体育祭が行われる。
全国各地にある警察学校が一同に介し、様々な種目で競い合う。
例年であれば教場対抗で小ぢんまりやるのだが、今年はなぜか学園対抗戦なのだ。
しかも今年は、柔道、剣道、格闘技大会も全てこの体育祭に含まれて学園対抗で行われるため、かなりボリューミーな内容となっている。
なので、教官たちは死ぬほど気合いが入っている。
東京都内に門を構える、日本で一番大きい警察学校ということで、負ける訳にはいかないからだ。
という訳で今週の訓練はほぼ午前中だけ。午後は全て体育祭の練習時間となっている。
生徒たちは割り振られた種目ごとに集まり、思い思いの場所で練習をしていたのだが──。
「キャッチボールしたいなァ」
と、雲ひとつないお空を見上げてアホの顔で呟いた芹沢の提案により公園に来てしまった。
「偶にはいいかもな」と学年首席の降谷が同意してしまったのが決定打となり、伊達班の面々と偶然近くにいたマドンナちゃんと廣瀬──つまりいつものメンバーである──の合計八人でキャッチボールをすることになったのだった。
優秀なメンツばかりなので余裕をぶっこいているのだ。
男女首席の降谷とマドンナちゃんはもちろん、伊達や諸伏、萩原、松田も十分優秀のため、各々出場する競技で一位以外を取るつもりはサラサラない。
芹沢も廣瀬も、彼らに若干遅れを取るものの運動神経だけは無駄にいいのだ。オツムは少々難アリだが。
なので引き際も抜群にいい。
「あともう少しでグラウンドに鬼公が監視に来る時間じゃね」
「ア、もうそんな時間か。戻ろう」
「あーい撤収」
「あーい」
降谷の声掛けに間延びした声を上げながら公園を後にする。
優秀だが問題児だらけの104期。そのトップに君臨する彼らは、学園の生徒たちの憧れなのだ。
△▽
「いいか…絶対に勝ちを譲るな」
やってきた学園対抗体育祭。当日の朝である。
警視庁警察学校第104期の面々は、グラウンドの片隅で円陣を組んでいた。
百人を優に超える人数だが。誰一人欠けることなく、ザワつくことなく耳を澄ませている。
円陣の真ん中でメガホン片手に喋るのは、104期の総代・降谷零だ。
「俺たちは強いッ!」
先日読んだ某バスケ漫画の有名なセリフを丸パクリする。彼は染まりやすい人間だった。
降谷を囲む男女は、黙ってダンダンッ! と足で地面を踏み鳴らす。
これは剣道部がよくやる円陣スタイルだ。大勢の人間が剣道場の床を裸足で踏み込むとキレイな音が出る。
今の彼らは運動靴で、しかもグラウンドの土を踏み鳴らしているのでキレイな澄んだ音は出ないが、百人以上の足音は思いの外よく響いた。音でいうとダンダンッ! ではなくザリッザリッ! の方が近いのだが。
「勝てなきゃ死ぬ! 勝てば生きる! 戦わなければ勝てないッ!」
続いて、104期の全員が大好きな漫画のセリフを丸パクリ。
護衛任務訓練の後、松田から全巻借りたのだ。
ザリッザリッ! と百人分の足音が続く。
「心臓を捧げよッ!」
ザリザリザリッ! 足音が地鳴りのように響き渡った。
遠くで円陣を組んでいる他の学校の生徒たちも「ェ、何?」「地震?」と思わず振り返ってしまう程の音である。
降谷は満足気に笑うと「お前らに最高の喝を入れてやる」と円陣の中から一人の女を呼び出した。
「え、な、何。降谷くん」
今まで、皆と一緒に地面を踏み鳴らしていた女──マドンナちゃんがキョトンとした顔で円陣の真ん中にやってきた。
降谷はメガホンを彼女に渡すと、女の耳元に顔を近づけてからヒソヒソ内緒話をするように囁いた。
「…ぇ、で、でも」
「いいから」
未だ戸惑った表情のマドンナちゃんの背中を軽く押す。
女は、「しょうがないな」という顔をしながら数回頷くとメガホンを構えた。
大きく深呼吸をしてから──。
「皆、絶対勝つよ!」
「「「は────い!!」」」
マドンナちゃんの声に、男も女も揃って雄叫びのような返事をした。
104期名物いつものノリ≠ナある。
マドンナちゃんもしくは降谷が「皆、」と語りかけた時は絶対に言うことを聞かなくてはいけない。
こうして警視庁警察学校第104期の面々は、勝つ以外の選択肢がなくなった。
最高で最強の女から喝を入れられてしまったのだから。
△▽
『はァいコチラ実況席。ただ今の騎馬戦、最後まで残ったのは警視庁警察学校! 騎馬は伊達、諸伏、萩原の屈ッ強な男たち──ァ率いる騎手はもちろんこの男! 降谷ァア、零ィイ!』
体育祭は折り返し。午前中の終わりに近づいていた。
戦局はなんと警視庁警察学校の大幅リード。
警察学校の姫というか女神というか妖精さんというかマドンナちゃんに喝を入れられた野郎どもの躍進は凄まじく、宣言通り殆どの競技で一位を総ナメ状態だった。
実況席に座るのは芹沢だ。よく回る口と軽快なトークがウリの芹沢は、鬼塚直々の指名で体育祭盛り上げ隊長に抜擢されたのだ。
マイク越しの芹沢の声に、警視庁警察学校の面々は「オォォオ!」と大騒ぎ。我らが首席・降谷率いる騎馬隊が他の学園の騎馬を全員蹴散らしたからだ。
「会長!」
芹沢の元にマドンナ教会員が興奮しながら駆け寄ってきた。「トンデモねえニュースだよ会長!」と頬を蒸気させながら耳打ちする。「お? おお…それで?」芹沢はデキる男の顔で数度頷くと。
『ァ今入った情報に寄ると…! 裏で行われている男女別格闘技大会の結果が出たようで──』
マイクを手に立ち上がった芹沢に、グラウンド中が「オー!?」とざわめいた。
芹沢は片手を上げてソレを制する。ざわめきは次第に収まり、グラウンド中がシィン…と静まり返る。こういう時に空気をぶち壊す馬鹿者は誰一人いなかった。
芹沢はそんな群衆を見渡すと、精一杯勿体ぶってから──。
『格闘技大会・男子の部──優勝はこの男。警視庁警察学校、松田ァァア、陣平ィイ! そしてそして女子の部の優勝は──ァこれまた警視庁警察学校! みんな大好き第104期の姫というか美の女神というか妖精さんというかヨメにしたい女ナンバーワン、警察じゃなくて人間国宝になった方が絶対にいいランキング不動の一位、世界文化遺産指定区域の…──マドンナちゃんだァァァァア!!』
「オオオオオオオオオォォォォォ!」
爆発するような歓声がグラウンドに響き渡った。
警視庁警察学校の百人を超える人間が一斉にスタンディングオベーション。
手を叩き足を踏み鳴らし、誰もが喜びに身を委ねていた。
それもそのハズ。格闘技大会とは平たくいうと最強のニンゲンは誰だ′定戦であり、その男女トップが自分たちの学校の人間だったからだ。すなわちそれは警視庁警察学校こそが最強である≠ニいうことを示しているのだから。
更に、優勝した人間が整った顔の問題児・松田陣平≠ニ104期のアイドル・マドンナちゃん≠ニいうことで、喜びが二倍にも三倍にもなっている。
松田は、女子からの人気はもちろん、男子からも憧れられている存在であるし、マドンナちゃんは今更言うまでもない。彼女は、104期の絶対的アイドルであり、姫であり、女神なのだ。
故にまだ午前中だというのに警視庁警察学校の生徒たちは大盛り上がり。
実況席に座っていたハズの芹沢もいつの間にかその輪に加わって、マドンナ教会員たちとビールかけの準備をしている。
「…チョーシ乗ってんなァ。アイツら」
さて、そのどんちゃん騒ぎを見て、面白くない顔をするヤツらもいる。
他校の生徒たちだ。
彼ら或いは彼女らだって、この日のためにたくさん練習してきたのだ。
毎日厳しい訓練をこなし、厳しい規律を守り、厳しく躾られてきた。
教官たちは二言目には「警視庁警察学校には負けるな」「あすこはもっと厳しく訓練しているんだぞ」と言ってくるし、日々の自由時間も殆どない。
分単位でキビキビ動かないとスグに怒られ、連帯責任を食らうので同期仲もあまり良くない。
彼らは「早く卒業してーな」「警察なんのヤんなってきた」「学校キライだわ」と毎日死んだ顔で授業を受けていたし、自分より成績が上の人間の足を引っ張ることと、下の人間を蹴散らすことに快感を覚えていた。
娯楽の一切ない、厳しいだけの環境に身を置くとそうなってしまうのだ。
なので、自分たちより厳しく訓練しているという噂の警視庁警察学校のヤツらに会えるのを楽しみにしていた。
きっと軍隊みたいな生活を強いられているんだ。
ロボットみたいにおもんないヤツらなんだろうな…と。
しかし、実際のヤツらは──。
自分たちの想像の警視庁警察学校の生徒≠ニは大きくかけ離れていた。
バケモノじみた強さや優秀さはあるものの、圧倒的に明るかったのだ。
体育祭が始まる前の円陣は楽しそうだったし、誰かが結果を出す度に大盛り上がり。
極めつけに、格闘技大会の結果発表直後のどんちゃん騒ぎに度肝を抜かれたのだ。
「つか仲良すぎじゃね?」
「マドンナちゃんって誰だよ…名前言えよ…」
誰かがボソリと言う。
羨ましいな…という気持ちと、面白くねぇな…という気持ちがちょうど半々ずつ。
未だに大盛り上がりをする警視庁警察学校のヤツらを死んだ目で見つめていた。
「ビールかけしようビールかけ」
「芹沢ちゃんビールかけにはまだ早くない?」
「だってマドンナちゃんが優勝したんだぞ! これは正直カープが日本シリーズで優勝したことよりスゴい」
「ごめんアタシ野球分かんない」
「AKBで指原が一位になったのよりスゴい」
「ソレは分かる」
「待て芹沢。えーけーびーってなんだ?」
「ゼロ、後で教えてあげるから今は黙って」
「ァヤベ栓抜きない栓抜きない」
「割る?」
「怒らりちゃうそれは」
「ダハハ」
その中でも輪の中心にいるヤツらの騒ぎっぷりは凄まじく。他校の彼らがドン引きするくらいはしゃいでいるのだ。
自分たちは普段、私語一つ零しただけで教官から鉄拳制裁されるのに。
「これ、大丈夫なの?」と女子が心配そうな声を上げる。一番騒いでいる連中が揃いも揃ってイケメンなので、鬼の教官から怒られたらどうしよう…という気持ちである。
──が、警視庁警察学校のヤツらはやはり優秀なのだった。
「お前らいい加減にしろ!」
破鐘みたいな声で彼らのお目付け役・鬼塚が肩を怒らせながらやってきた。
その瞬間、ビシッ! と総代・降谷零を筆頭に整列をして。
「騒ぎすぎました。ごめんなさい」
「「ごめんなさい」」
「しかし、完全優勝するために℃m気を高めることは必要と判断します」
「「判断します」」
「芹沢の持っている瓶は廃棄します」
「「廃棄します」」
「連帯責任として、全員で外周を走ります」
「「走ります」」
「お許しください」
「「お許しください」」
完璧なユニゾンで頭を下げる一同に、鬼塚も「……分かればいい。程々にな」と呆れるしかなかったのだ。
そんな鬼塚に「ありがとうございます! 皆、行くぞ!」「「はーい!」」と返事をした一同は、脱兎の勢いでグラウンドから走り去って行くのだった。
残されたのは、呆れ返る鬼塚とポカンと口を開ける他校の生徒たち。
「スッゴ…」
「ヤバ……」
ふうふうヒソヒソ囁くのは、他校の女子と成績が下位の男たち。
女の子たちは、華麗に教官の鉄拳制裁を交わしたイケメンたちをウットリした眼差しで見ていた。
成績が下位の男たちは、スクールカーストでいう所のナードやメッセンジャーと呼ばれる類の男たちだ。普段から、運動神経の良いカースト上位の男たちから馬鹿にされ、邪険にされ、パシリにされ、それはもう面白くない学校生活を送っている。
カースト上位のヤツらが大嫌いだったし「いつか死なねぇかな」と言う目で見ていた。
しかし、警視庁警察学校のヤツらはカースト上位下位の隔てなく爽やかで、仲が良くて、純粋に「いーなー…」という羨望の目で見てしまったのだ。
面白くないのは、他校の中でもカースト上位の男たち──ジョックたちだ。
彼らは厳しくつまらない学校生活の鬱憤晴らしとして、カーストが下位の男たちを顎で使うことでしか楽しみを見い出せなかったし、そこそこかわいい同期の女の子を取り合っているからジョック同士の仲も悪い。
なので、問題児だらけだが優秀で、分け隔てなく仲の良い警視庁警察学校のヤツらに嫉妬したのだ。
そして極めつけに──。
「…あれ、誰もいないんだけど」
「…アイツら、何かやらかしたな…」
「ありうる…」
たった今グラウンドに入ってきた、メダルを首から下げている男女を見て。彼らは一斉に「…は?」と声を漏らした。
癖毛のイケメンは、きっと格闘技大会男子の部で優勝した松田陣平だろう。スラリと高い身長・均整の取れた身体つき・整った顔立ち≠フ三連コンボを見た女の子たちが一斉に黄色い声をあげる。
問題はもう片方の女だ。メダルを下げているということは、彼女こそが警視庁警察学校のマドンナちゃん≠ネのだろう。
彼らは大きな誤解をしていたのだ。格闘技大会で優勝するほどのオンナということで、ゴリラみたいにデカい、性別不明の女を想像していた。
だって自分たちの学校から出場していた女が実際にそうだったから。ソレを倒したということは──。と、先程実況席のヤツが言ったマドンナちゃん≠ヘマドンナちゃん(笑)≠セとばかり思っていたのだ。
しかし実際はどうだ。メダルを首から提げた女は、小さい頃読んだ絵本のお姫様が飛び出してきたかのような、ファッション雑誌のモデルがそこに佇んでいるような──とにかく、絶世の美女だったのだ。
今まで自分たちが奪い合ってきた女同級生なんかよりもずっとずっと綺麗で、線が細くて、顔がお人形のように小さい。
今まで芋しか育たなかった村に、突然メロンが現れた感覚である。
「いや…」
「マジか……」
ジョックたちは絶望した。
厳しい訓練、規律に塗れてつまらない学校生活を送っている自分たち。
唯一の楽しみは、カースト下位のヤツらを蔑むことと、お互いの足を引っ張り合うこと、そこそこの容姿の女を奪い合うこと。
対して。明るくて、爽やかで、同期仲がすこぶる良くて、抜群の優秀さを誇るヤツら。
そして何より、マドンナちゃんと呼ばれる極上のクイーン・ビーも存在する、警視庁警察学校。
「…ムカつくな」
ジョックの中でもトップに君臨する男がボソリと呟いた。
彼の名前はエージくんという。
他校の中で一番のルックスを持っていて、爽やかで、女子生徒から絶大な人気を持っていた。
しかしエージくんはすこぶる狡猾で、ワルだった。
かわゆい女は全員甘いマスクと口説き文句で手篭めにしていたし、カースト下位のヤツらを暴力と恐喝で束ねていた。
冗談みたいに他の人間を下に見ていたし、自分が一番じゃないと気が済まないオトコなのだ。
「エージくん、どうすんの?」
取り巻きの一人が恐る恐る聞いた。
エージくんの機嫌を損ねたら殴られるしカツアゲされる。なのでエージくんと話す時は毎回神経を使うのだ。
「…あの女、オレのモンにしたらアイツらどんな反応すんのかな」
エージくんは暗い笑みをうっそうと浮かべてマドンナちゃんを見つめた。
今まで抱いたどの女よりも綺麗で、細っこくて、人気の女である。
あの女を自分のモノに出来たのならば──。
「きっとアイツら全員、体育祭で騒いだことを後悔すんぜ」
忘れられない悪夢になるだろう。
絶望するヤツらの顔を思い浮かべながら、エージくんは真っ暗な笑い声をあげた。
<<略>>
【後日談:卒業旅行編】
「卒業旅行いこうぜ!」
卒業式翌日。
『緊急事態発生!』という芹沢からの鬼電によってファミレスに集められた面々は、「急に何言い出してんだコイツ」という顔で首を傾げた。
学校を卒業した面々ではあるが、交番実習が始まるまでにはまだ数日ある。
それまでの間は、まだ学校の寮に滞在してもいいのだ。さっさと退寮して実習先に引っ越す者もいるが、マドンナちゃんたちは全員学校の寮に残っていた。
マドンナちゃんと伊達班の面々は、実習先が関東近郊なのでギリギリまで残るつもりだし、実習先が関西の方に決まっている廣瀬と芹沢も、まだ数日あるし大丈夫でしょ…と残っていたのだ。
なので、芹沢からの電話にスグに集合できたのだ。
ただ一人、廣瀬だけは「今日はピッピとデートだから!」という理由で来なかったが。
「…で、卒業旅行が何だって?」
「だからさァ、せっかくの休暇だし思い出作りたくね? ってことで」
「本音は?」
「マドンナちゃんと旅行に行きたい」
萩原の問いに芹沢はいけしゃあしゃあと答えた。素直な男である。
「だってさァ〜、オレたちのマドンナちゃん、なんかよく分からん男と付き合い出しちゃったんだもん」
「誰がよく分からん男≠セ」
「ェ、松田、マドンナちゃんのカレシ誰なのか知ってる? オレ知らねンだよなァ…」
ピキ…、と松田は青筋を立てたまま暫く我慢していたが、「何か死ぬほどダッセー告白したらしいってのは知ってるんだけど…」という芹沢の言葉に「ヨシ表出ろお前コラ」と立ち上がった。
昨日、皆の元にマドンナちゃんの手を握りながら戻ってから、死ぬほどイジられているのだ。
まず廣瀬が、マドンナちゃんと松田が手を繋いでいるのを見た瞬間『 わ” あ”…… お” め” て” と” お”! …ワァ…… オ”……』とその場に崩れ落ちて汚いちいかわみたいに号泣。
そして萩原も『陣平ちゃん…!』と満面の笑みを浮かべて松田を胴上げしようとした。
降谷は少しだけ切なそうな顔で『おめでとう』と呟き、諸伏は『ァ、ゼロじゃなくて松田が選ばれちゃったんだ…』という顔で降谷の肩に腕を回した。
伊達は満面の笑みで『幸せにな』と松田とマドンナちゃんの肩を叩いた。
芹沢は、『エ? まさかの松田? 嘘だろ…恐ろしい子…』と白目を剥いてからヨヨヨ…と崩れ落ち。
『まァそんな気は薄々してたけどさァ…うわ許せん…死んじゃう…松田かよ…イケメンってホントズルいよな…』とひとしきりボヤいてから。
『エ!? 今から入れる保険があるんですか!?』と、お空を見上げて叫ぶところまでボケ倒した。
『お前マジでいい加減にしろよ』
『痛っ! ねぇマドンナちゃん見た? コイツいまオレのこと殴ったよ? 父さんにも殴られたことないのに!』
『お前鬼公には死ぬほどしばかれてただろうが』
『お兄ちゃんは別』
『鬼公はお前のお兄ちゃんじゃねえ』
『そんなことよりマドンナちゃん! 本気でコイツでいいわけ?』
『…う、うん……』
マドンナちゃんが顔を真っ赤にして頷くのを見て、『あま〜い! 甘すぎンよォ!』と叫んでまた松田にしばかれていた。
──という訳で、松田とマドンナちゃんが付き合いだしたというのは周知の事実となっている。
ちなみに先程芹沢が言った『ダッセー告白』は完全なハッタリだったのだが、松田がキレたことにより「マジでダッセー告白したんだ…」と集まった面々は俯いて肩を震わせた。
キレられるのが怖いから口には出さないけど。
「芹沢ちゃんどこ行きたいの?」
「ここに一泊」
萩原の問いに芹沢は自信満々にリュックからパンフレットを取りだした。
都内から電車で二、三時間くらいで行ける温泉宿だった。
近くには室内プールのアミューズメント施設などもあり、一泊過ごすのには中々センスの良い場所である。
「悪くないな」
「ゼロもそう思う? オレも」
降谷と諸伏が少しだけソワソワした様子で言う。彼らは温泉が好きなのだ。
「…マ、いいんじゃね」
松田もパンフを見ながらしげしげと言った。
プール、という単語に釣られたのだ。脳内で水着を着用したカノジョの姿を想像して少しだけ咳き込んだ。
見たい。絶対見たい。松田は燃えるような思いが顔に出ないように細心の注意を払いながら「最後だし…な」とカッコつけて言った。
「いいね。俺も賛成」
幼なじみの脳内を瞬時に読み取った萩原がニヤニヤしながら言う。
それに、萩原だって水着姿の女の子が見たいのだ。警察学校でプールの授業はもちろんあったのだが、男女別だったので。端的に言えば、鬼のように飢えていたのだった。
これで賛成が四人。過半数を取れたので芹沢は夜神月の顔で「計画通り…」と笑ったのだが──。
「悪いけど、俺は今回はパスだな…休暇中はナタリーと過ごしたいし」
「私も…廣瀬ちゃんが行かないなら…ちょっと…」
反乱軍が現れた。伊達とマドンナちゃんだ。
「待て待て待て!」
「ぇ、マドンナちゃん来ないとかある?」
「女の子いなくて何が楽しくてむさい男どもだけで旅行?」
「マドンナちゃん考え直そ? ね? 班長も」
芹沢と萩原が交互に言う。
伊達とマドンナちゃんは目を白黒させながらも「ウーン…」と二人同時に唸り出した。
「ちょっと待ってろ!」
二人が意外に頑固なことを知っている芹沢が徐にスマホを操作する。廣瀬に電話をかけはじめたのだ。
「あ、廣瀬? おっす、オラ芹沢。デート中失礼しまーす。ァごめんごめん切らないで。今さ、休暇中どこかで卒業旅行に行こって話してんだけど。ウン、一泊二日。そうそう…ァだよねピッピと離れたくないもんね〜。…ウンだからピッピ連れてきていいし…ェ、マジ? ほんと? ヨッシャ!!」
電話は数十秒で切れた。
ペタ。とスマホの通話終了ボタンを押した芹沢は「ハイ廣瀬サン釣れましたァ」とドヤ顔で言った。デキる男の顔である。
「てことでマドンナちゃんは行けるよネ? 伊達もナタリーさん連れてきていいし。ネ? 行こうってネェ…!」
「そうだよ! ネ、一緒に行こ? 最後なんだし!」
畳み掛けてきた芹沢と萩原に、マドンナちゃんと伊達は思わず顔を見合わせて、「じゃ…」「行くか…」と頷いた。
──この人たち、同期のことが本気ですきなんだな。
──コイツら、よっぽど温泉行きたいんだな。
芹沢の行動力と萩原の勢いをポジティブに解釈して。
ただ、女の子込みの旅行に行きたいだけなのに。
△▽
「はじめまして、ナタリーです。いつもワタルがお世話になってます」
「はじめまして、サトシです。いつもリンカがお世話になってます」
卒業旅行当日。
待ち合わせ場所である杯戸町駅に現れた伊達のカノジョと廣瀬のカレシに、一同は「ほええ…」とまるきりアホの声を上げた。
なぜなら、実際に会うまで伊達にカノジョがいるなんて信じていなかったし、アホの廣瀬にカレシがいるなんて全く想像もつかなかったのだから。
「ホントに廣瀬の彼ピッピって実在したんだ…」
「芹沢アンタマジで殺す」
「すみません、在学中リンカが迷惑かけませんでした?」
「しかもちゃんとしてる彼ピッピだ…ェ、レンタル彼氏?」
芹沢はしっかり失礼なことを言ったのでしっかりと廣瀬から殴られた。
そんな廣瀬を「リンカちゃん殴っちゃダメだよ」とやんわり宥めるサトシくんは出来た男である。
「…あの、ナタリーさんはじめまして。わたし、」
「きゃ! アナタが警察学校のマドンナちゃん≠ナしょ? ワタルからよく話を聞いていたの! 会いたかった…」
「え…嬉しい! 私もナタリーさんに会いたかったの…!」
「さん付けじゃなくて、ナタリーちゃんって呼んで?」
「い、いいの?」
「もちろん!」
マドンナちゃんとナタリーはあっという間に打ち解けた。
美人同士通じ合うものがあったのだろう。キャッキャと両手を合わせる二人を見て、松田は安堵の息を吐いた。
信じていない訳ではなかったが、心のどこかで少し不安だったのだ。
伊達のことをまだ好きだったらどうしよう…伊達のカノジョに会ってまた落ち込んじまったらどうしよう…と数日前からソワソワしていた。
告白する前は『好きな女には幸せになって欲しいから…』と伊達との仲を応援していたのだが、付き合いはじめた瞬間「絶対にダメだ俺しか見るな」とドス黒い独占欲が松田を支配するようになった。
「良かったね、陣平ちゃん」
「うるせぇな…」
萩原が松田の肩に手を回してニヤニヤ笑う。
コイツのこういうところホントにヤだ…と眉を顰める松田であったが──。
「噂通り本当に可愛いのね! 私の弟がカノジョ募集中なんだけどどうかしら? 結構イケメンなのよ」
「ナタリーちょっと待て」
「ワタル黙って、私真剣なの。だってこんなに可愛い義妹欲しいじゃない」
「…あ、あの、ナタリーちゃんごめんね、私カレシいるの…」
グ、と松田の腕を引っ張った愛しい女の姿に、一瞬で機嫌が戻るのだった。
「え、そうなの? ごめんなさい、てっきり私…」
「いいの。お付き合いしはじめたのついこの間だし…だからごめんね、ナタリーちゃんの弟さんとは…その…」
「伊達のカノジョの頼みでもコイツはやらんからな」
「じ、陣平…」
愛しい女に『カレシ』と紹介されたことにテンションが上がった松田は、つい余計なことを口走ってしまった。
「ア」と気づいた時には、マドンナちゃんは顔を真っ赤にして固まっているし、萩原と廣瀬と芹沢は座り込んで爆笑していた。
「待って待って待って。松田カッコよ…今の聞いた?」
「しかと。この耳で」
「伊達のカノジョの頼みでもコイツはやらんからな (イケボ) 」
「伊達ノカノジョノ頼ミデモコイツハヤランカラナ (棒読み) 」
「お腹いた無理」
ヒィヒィ言いながら地べたに転がる三人に、松田はワナワナ震えながら「表出ろや…」と拳を握りしめた。
「待て松田落ち着け。焦りこそ最大のトラップだ」
「焦ってねぇしお前俺のことイジってんだろゼロ!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて松田。ゼロに悪気はないから」
「僕は断じてイジってない。いいか松田、全集中で落ち着け」
「ァ、やっぱイジってるかも…」
「降谷くんサイコーなんですケド」
「ダハハ」
「お前ら…」
廣瀬と芹沢のバカ笑いに、とうとう松田の怒りの導火線に火がついた瞬間──。
「皆、折角の旅行なんだから仲良くしよ?」
「「はーい」」
マドンナちゃんが慌てていつもの104期のノリをやった。
マドンナちゃんが「皆、」と語りかけた時は絶対に言うことを聞かなくてはいけないのだ。
流石の松田も、怒りを即座に鎮火させて「はァい…」と不貞腐れながら言うしかなかった。未だにムカつく気持ちは残っていたが、それとこれとは話が全く違うからだ。
ノリを守れないヤツは死罪に値するし「アイツおもんない」というレッテルを貼られた瞬間色んな意味で死ぬのだから。
念の為、とマドンナちゃんによって腕をギュ…と捕まれたのも大きかった。
「お前はいつまで笑ってんだ」
「ァ痛」
気をつけ! の姿勢で肩を震わせる萩原の背中を強めに叩くのだけは忘れなかったが。
<<略>>
────サンプルここまで────
12/11 東7 S16b 「とっとこ保育園きりん組」にて頒布しました。
『警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり』 松田陣平 × ネームレス女主人公
(A5 / 186p(表紙含む) / 全年齢)
▽イベント頒布価格:1000円
▽内容
『警察学校のマドンナちゃんは猫かぶり』
→本編(1-11話)の加筆修正(約7万文字)
+書き下ろし(約5万文字)収録
▼書き下ろし詳細
●番外編(6-7話の間あたりの話):学園対抗体育祭編(約40p)
・水道を破裂させた幼い少年少女から憧れられる話(ハロ嫁過去if)
・他の学校の男の子から言い寄られるマドンナちゃんをセコムするいつメンとマドンナ協会員の話
・体育祭でいつメンが無双する話
●後日談:卒業旅行編(約30p)
・プールでむちむちにメロメロの松田の話
・地獄の野球拳、萩原との内緒話
・マドンナちゃんと松田のはじめてのお泊まり
●警視庁のマドンナちゃんは猫被り プロローグ(2p)
→(プロローグに関しては多分公開する)
※通販は2022.12.29 19時に少部数在庫復活予定です。
▽通販ページ:
BOOTH