それから、

※マギシリーズ部屋「???」にある「何も知らないままで」→リクエスト部屋「そして知る」→「この話」の流れになります。


何でも知っていると思っていた。
その思い上がりのなんて愚かなことか。
実際は、知っているつもりになっていただけであると言うのに――。

「なまえ」

名を呼ぶ、その声の愛おしさを知った。

「一緒にいてください」

その言葉に含まれた、本当の意味を知った。

「逃げないで」

とっくの昔に、逃げ場なんて、この子の場所しかないことを、知ってしまったのだ。

「愛しています」
「――私も」

その感情に歓喜する自身が心の中にいることに、気がついてしまったのだから、もう戻れない。

×××

何年かぶりに再開された『添い寝』は、もう何年か前とは大きく意味を変えてしまった。
なまえは気だるい体を寝台に横たえ、枕に顔を埋めながら、長い息を吐く。
それに気づいたジャーファルが、気遣わしげになまえの髪を撫でる。
その手に、なまえはますます息を吐いた。

「……よくよく考えれば、なんだかジャーファルの良い様に転がされた感じが否めないのよね」
「気のせいですよ」

そう言ってくすくす笑うジャーファルに、なまえは少し剣の含んだ視線を送る。
別に怒っている訳ではないのだが、何となく――自分の知らない所で、どんどん大人になっていった彼を――面白くないと思ったのだ。
自分の知らない変化に驚いて、その度に胸を高鳴らせてしまうのだから、本当に面白くない。
昔とはすっかり逆転してしまった立場は、どうやっても戻せそうに無い。
ジャーファルはその視線の意味気づいているのか、ますます笑みを深くすると、なまえの頬に手を滑らせた。
くすぐったさに身をよじると、その隙を見て抱き寄せられる。
背中に回る手の大きさに、思わず心臓が跳ねた。

「……てい」

やっぱり面白くなくて、目の前の銀を軽く引っ張ると、大して意に介していない様子で抗議の声が降ってくる。
痛がってないくせに、と内心で悪態をつきながらもそのまま頭をなでれば、もっと、と言う様に頭を摺り寄せてくる。
こういう所は幼い頃から変わらないのだから、全くもって、

「ずるい」
「何がですか」
「ジャーファル以外に誰がいるの」
「他の男の名前がでたらどうしてやろうかと」
「……」

ああ、勿論相手の男を、ですけど。
何て、そんな無邪気な笑みで言うもんだから、それ以上は何も言わなかった(言えなかった、が正しいのかもしれない)。

「で、何がずるいんですか?」
「……言わない」
「隠し事ですか」
「そう。隠し事の一つや二つ、あるでしょう?」

なまえがそう言えば、ジャーファルは少し眉間に皺を寄せて、考えるような素振りをすると、

「ありません」

頭を振って、言った。

「少なくとも、なまえに対して隠し事はありませんよ?」
「……私が知らない間に男を追い払ったり、見合い話を勝手に蹴ったりした奴は?」

ジャーファルの言い分にいくらか剣を込めて返す。
これについてはつい先日、ピスティとヤムライハから聞いて知った衝撃の事実だ(具体的な方法は聞いていないが、是非とも平和的解決がなされた筈だと希望しておく。そうでなければ怖すぎる)。
そう言ってじとりと見やれば、ジャーファルは笑うだけだった。
こういう所はシンドバッドに似てしまったように感じるのは、責任転嫁だろうか。

「お嫁に行けなくなる所だったんですが」
「隠してはいませんでしたよ? 聞かれなかっただけです。それに、私が貰いますから、問題ないでしょう?」
「……」

さらりと言い切るジャーファルに、なまえは言葉を失う。

「……やっぱり良い様に操られてる」
「人聞きが悪いですね」
「悪い大人になって……」

お母さんは悲しいよ、と泣き真似をして(半ば本気ではあるが)言えば、何故かジャーファルの目が鋭くなる。
それにどきり、として言葉を紡ごうとするが、それよりも早く、唇を少しかさついたそれに塞がれた。
普通より少し長いそれに、なまえの頭はくらくらとのぼせる。
離れたと思えば、少しの休憩を挟んでまた塞がれて。
ようやく終わったと思う頃には、一欠けらの余裕も無くなってしまっているのだ。

「……なまえ」

吐息交じりで名前を呼ばれて、きつく抱き寄せられる。
この子――ジャーファルの腕が、こんなに力強いことを、最近まで知らなかった。
 
「子供あつかい、しないでくださいって言いましたよね」
「じゃ、ふぁ」
「何時まで、母親でいるんですか」

ねえ、なまえ。

なんて、知らなかった甘い甘い声で名前を呼ばれてしまって。
そうしたら、もうその腕に身を委ねてしまう以外に選択肢なんてなまえには無い。

「――ジャーファル」

だけど、精一杯の虚勢を張るくらい許されても良いだろう。

「あのね」

何も隠し事は無いと笑うけれど、なまえにとって、今のジャーファルは存在そのものが吃驚箱みたいな物だから。

「愛してるわ」

耳元で囁いて、少し驚いて朱に染まった頬。
それを嬉しく思う。
だから、

「責任とって、愛してね」

もう貴方しかいないのだから。

それから、それから。
(幸せにしてね? 私も貴方を幸せにしてあげるから)

水姫様13500ヒットキリリクで「『そして知る』のその後」でした!
接し方が変化すると、それだけ見える面も異なってくる訳です。そういう話が書けてたらいいなと思います。
しかしこの話じわじわ人気ありますね……発端は軽い気持ちだったのに。
ありがたい限りです。

水姫様、リクエストありがとうございます!
なにかありましたら遠慮なくどうぞ!

お持ち帰りは水姫様のみ可です。
20120626
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