綺麗事 シンドリアの食客が招かれる塔の一室に、紅玉はいた。 自身が自由に使えるように、と与えられたその部屋は、簡素ながらも品の良い装飾に彩られて、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出している。 そんな雰囲気に関わらず、部屋の現主人である紅玉の表情は晴れない。 寝台に寝そべりながら、ごろごろと寝返りを繰り返して打っている。 寝苦しい訳ではない。 ではどうしたのか、と言えば、悩み事があるのだ。 この国の王の事もそうだが、それよりも、今現在紅玉の中で大きな割合を占めているのが、 「なまえ……」 名前をよんで、それすらも嬉しげに微笑む彼女はまるで恋をした少女のようだった。 念のために言っておけば紅玉には――勿論なまえにも――決して恋愛感情はない。 あるのは友愛である。 紅玉にとって、ジュダル以外の初めての友人になるかもしれない少女に、心を躍らせているのだ。 が、それと同時にずっしりと心に雲がかかって、素直に喜ぶことができない。 シンドバッドにあらぬ疑いをかけてしまったこと自体は、気にしていないと言った。 しかし、マギの少年にバルバッド以来の再会を果たした時に、思い出したのだ。 自分はバルバットでなまえの大切な人々に牙を向いたのだ、ということを。 なまえがそれを知らないとは思えない。 立場上仕方のないことだとしても、彼女はそれを許してくれるのだろうか。 そう思っては、どうにも胸に空気が詰まったような、息苦しさを感じて、紅玉はまた寝返りを打つのだ。 ひっそりと、夜が更けていく。 「……大丈夫ですか?」 「大丈夫よ……」 「でも顔色が……」 朝餉の席で、黄文の心配そうな顔を見て、紅玉は大丈夫だ、と頭を振る。 結局、昨夜は胸のつかえが取れぬまま、眠れぬ夜を過ごしてしまったのだ。 ふう、と匙をおいて息をつく。 食事を取る気持にもなれない。 ふと、透明なガラスのコップが微かな音を立てて卓上におかれた。 澄んだ黄色の液体の入ったそれは、よく冷やされているのか、ガラスの表面に水滴が浮かんでいる。 ぼんやりとそれを眺めていると、 「大丈夫ですか?」 「!」 その声に、俯いていた顔を勢い良く上げれば、そこにはなまえがいた。 片手に少し大きめのポットを持って、気遣わしげにこちらを見ている。 「あ、」 「おはようございます。……眠れませんでしたか?」 「え、ええ……少し」 「環境、変わりましたしね」 私も最初の頃は眠れませんでした、と苦笑をこぼすなまえに、昨夜の不安がよぎる。 なんとなく居心地が悪くてそっと目を逸らせば、勘違いをしたらしいなまえが申し訳なさそうに眉を下げた。 「お食事中にすみません……。これ、バテてる時に良い飲み物ですから、よかったらどうぞ」 そう苦笑して、一礼をして踵を返したなまえに、紅玉は「あ、」と声を上げた。 そんな表情をさせたいわけではない。 自分から友達になってほしいと言っておいて、自分から遠ざけるなんて、と自己嫌悪をしながらも、足を止めてこちらを振り向いたなまえを真っ直ぐ見る。 「あ、あの……よかったら、一緒に……」 食べても……と、後半は口ごもりながらも、何とかそう伝えると、なまえは今度は嬉しそうに口を開いた。 「ご一緒させてもらっても?」 「え、ええ! 勿論よ!」 そう、紅玉がやや興奮気味に頷けば、なまえは安心したように笑う。「よかった。……実は、お友達になれた嬉しさで変なことを言ってしまったかと心配していたんです」 「そんな……。それなら、私だって、……」 それ以上は言えなくて、紅玉は黙り込んだ。 なまえはそれに微笑むだけで何も返さない。 一言、一言だけでも謝らなければならない。 なまえの大切な人を傷つけたことを謝らなければならない。 「……なまえ」 「はい?」 「あの、その……」 そうは思うのだが、言葉が出てこない。 やけに口ごもる紅玉に、なまえは首を傾げてじっとこちらの言葉を待っている。 その目に、紅玉はまた言葉が下がっていくのを感じた。 この目に嫌われるのが、すごく怖い。 ぎゅっと膝の上で手を握る。 それでも、言わなければ。 言わないで、嫌われていく方が、ずっとつらい。 「……ごめんなさい」 「――、シンのことなら、」 「違う、違うわ。私が言っているのは……」 バルバッドで、とそこまで言って、それ以上言えなかった。 なまえの目も見ることができない。 その目に、軽蔑を見るのが怖い。 「――紅玉」 いつもの変わらない、柔らかな声が名前を呼ぶのを聞いて、紅玉は体の力が抜けるのを感じた。 そして、 「怒っていないと言えば嘘になるけれど、でも、この数日君を見ていて、決して嫌いにはなれない、と思ったよ。それに、国同士のことはここで言いあってもしょうがないしね」 そう言って、彼女は困った様に笑ったのだ。 綺麗事だと人は笑うけれど (その綺麗事に、私は確かに救われたのだ) ハルさんから、11500ヒットキリリクで「マギシリーズ夢主と紅玉の絡み」でした。 ヒロインは決して最初っから紅玉に好感を持っていた訳ではないけれど、シンのあの事件を切掛けに観察してみれば、普通の女の子なんだと思って、この発言に至っているのです。 あと途中から夏黄文フェードアウトしてますね、ごめんね。 ハルさん、リクエストありがとうございます! こんなの違う!などありましたら遠慮なくどうぞ!! お持ち帰り等はリクエストされましたハルさんのみ可です。 20120607 |