見つかりませんように 私の主君である白龍様は、大層真面目な方である。 真面目というか、堅いというか……いえ、それが悪いと言っている訳ではないのです。 むしろそれは白龍様の美点なのです。 ですが、それも度を過ぎると、何時か色々な物が溜まりに溜まって爆発してしまわないか、私はとても気がかりなのです。 あの人の心根は真っ直ぐすぎて、だから何時かそれがぽっきり折れた時に、どうなってしまうか、とても心配で……。 ああ、いえ、けっして主君として信頼がない訳ではないのです。 信頼は有り余るほどにあるのです。 しかし、それとこれとは別問題と言う事で。 きっと、どんなに白龍様が心身共に強くなっても、その心配だけは私につきまとって離れないでしょう。 もし、怪我をしてしまったら。 もし、病気になってしまったら。 もし、もしそれ以上の事があったら、私は、私は――、 「つまり、なまえちゃんは白龍の事が好きなのね?」 小首を可愛らしく傾げたお姫様は、きらきらとした瞳で、面とむかってそう言った。 その言葉に、私はぐいぐいと突っ走る思考に急に停止を掛けられたかの様な衝撃に見舞われた。 すき、――好き、と言ったのか。 つまり、私は、白龍様のことを、主としてではなく、人間として……もっと言うならば、一人の男性として意識している、と。 彼女は、そう言いたいのだろうか。 私はその言葉を理解した途端、持っていた茶器をとり落とした。 「な、え、はい?!」 「おい、あぶねーね」 大きな音を立てて割れる筈だった茶器は、何処からか現れた神官様の手に掬われてなんとか無事だった。 私はあまり上手く動かない頭をふるに使って、とりあえず何か言わなくては、と口を開く。 「あ、申し訳ありません……ありがとうございます」 何とか絞り出たのは、この言葉だけで。 神官様がぽいっと興味なさそうに放った茶器を受け取ると、新しいものを用意しようと立ち上がった。 が、何かに引っ張られて上手く動けない。 ちらりと見ると、神官様が私の服の裾を足で踏んづけてにやにやと笑っていた。 いい予感なんて微塵もない。 私が耳を押さえて逃げ出す前に、彼は口を開く。 「ふーん……お前、白龍の事が好きなのか」 良いことを聞いた、とでも言わんばかりに破顔してこちらを見る神官様の、その言葉が上手く耳から脳に伝わらない。 それでも何とか震える声を抑えて、甘い疼きにふたをして、口角を上げて見せた。 「……ありえない、ですよ。あってはならないことなのです」 私は、あの方の従順な僕であり、それ以上でも以下でもない。 なるつもりもない。 お傍にいられるだけで十分で。 余計な感情は、持ってはいけない。 だから、どんなにこの感情が甘いものでも、それは従者としてのものだと言い聞かせてきた。 そう吐き出せば、紅玉様が何か言いた気にこちらを見る。 なんとなく言いたいことが解って、それでも、それはあってはならないことだと頭を振った。 「私は、私は確かにあの方をお慕い申しております。ですが、それは恋愛などではないのです。従者として、あの方に付き従うと、私は決めたのです」 「……本当に?」 「ええ」 本当です。 私がそう言って頷けば、紅玉様も、神官様も、少し不満げながらも一旦は納得したようだ。 だが、 「じゃ、白龍がどっかの誰かと結婚してもいいのか?」 つまらなさそうに――実際、求めた答えが得られなかったからつまらないのだろう――彼が言うのを聞いて、私は早まる鼓動を感じた。 それでも、 「ええ、あの方がそれを望まれるなら」 そう言って笑う以外に、私に何を望まれようか。 「つまんねーの」 「それは残念でした」 しれっとそれだけ言うと、今度こそ茶器の交換をしようと厨房に向かう。 途中、なんだか罰の悪そうな表情の白龍様を見て声をかけた。 「白龍様」 「ああ、なまえ」 私を見ると、なんとなくほっとしたような表情をしたので首をかしげながらも近づく。 ふと、右足を引きずっていることに気がついて、ついっと目を眇めた。 「足、どうかなさいましたか」 「……稽古をしていたら少し怪我をしてしまった」 「……治療、させてくださいますか?」 「ああ、頼む」 どうやらひねってしまったらしい。 茶器を通りかかった女官に預けて、白龍様と医務室に向かう。 その途中、こけない様に、と握った手に、情を感じてしまったのは大切な主君だからだと、自分に言い聞かせる。 頼ってくれたのがうれしいのは、従者として。 決して、一人の女としてではない。 そう言い聞かせながら歩く道は、いつもより長く感じた。 決して見つかりませんように。 (もういいかい、何て扉を叩かないで。) 浅倉はこさんキリリクで「白龍君夢。従者夢主で主に対する想いは敬愛なのか恋なのかでもやもや→ジュダルと紅玉ちょっかい出してくる」でした! なんていうか、ひたすら恋を否定しているだけの話になってしまった感じがありますが……精一杯もやもやさせてみました! 浅倉はこさん、リクエストありがとうございました! もしこんなの違う!書き直して等の苦情がありましたらどうぞ。 お持ち帰りは浅倉はこさんのみ可です。 |