夜道は危ないので


シャルルカンが今日は修行出来ないと言うので、では代わりに、と名乗り出たのはアリババと同い年位の少女だった。
体躯は決して良いとは言えないが、その動きにはよく鍛錬されたそれが伺える。
へらりと軽く笑う様には好感が持て、健康的な印象の少女――なまえは軽い動きでその手に持つ槍を持ち直した。

「お、なまえ久しぶりじゃねーか」
「お久しぶりです」
「調子はもういいのか?」
「ええ、すっかり。寧ろ少々鈍ってしまう位です。……師になることはとても出来ませんが、お互いに動きを見る位なら私にも出来ると思います。アリババ殿、よろしければご一緒願えませんか?」

そう言って頭を垂れた彼女に、アリババははっとして頷いた。
嬉しそうに笑うなまえを思わずじいっと見いる。
誰もが振り返る、とまでは言わないが、彼女の何かがアリババの心に巣食っていく。

「んじゃま、しっかり修行しろよ―?」

そう言って、釘をさす様に笑ってがしがしとアリババの髪を乱したシャルルカンにアリババは、

「解ってます!」余計ににやにやと笑ったシャルルカンを見て、しまったと後悔した。

***

「で、なまえとはどーよ?」

修行終わり、シャルルカンに飲みにつれて行かれたアリババは、その一言に体をこわばらせた。
そして素早く視線を泳がせて、件の彼女が少し遠くの席で他の人と談笑しているのを見てほっと息を吐く。
なまえとはあの一件以来、会えば挨拶して軽く世間話をする程度には仲良くなった。
しかし、それまでだ。
もっと仲良くしたいという気持ちはあるものの、実際に行動には移せていない。
だからお前はヘタレなんだよ!と理不尽にもシャルルカンに叱咤され、そしてあれよあれよと言う間になまえと二人で夜道を歩いていた。
どうしてこうなった。

「アリババ殿?」
「う、あ!?」
「……なんだかぼーっとされている様ですが、御気分が悪いのですか?」

酷い様なら肩をお貸ししますが、と眉を下げるなまえに、アリババはぶんぶんと首を左右に振った。
師匠にあそこまで叱咤されて、流石にそこまでの失態が晒せるはずが無い。
その反応にそうですか、となまえは笑うと、また前を向いて歩き始めた。

「あ、そういえばさ」
「はい」
「何か、怪我してたのか?」
「……何か変ですか?」
「いや、そーじゃなくて」

アリババはなまえと初めて会った時に、シャルルカンが「調子はもういいのか」と言った事を思い出していたのだ。
それをなまえに告げれば、彼女は納得したように頷いて、

「大した事じゃないのですが、ただ――」
「え、ちょ、」

その瞬間、なまえの姿が視界から消えた。
アリババは驚きのあまりろくな声も出せずに、その場に硬直する。
ゆっくりと視線を下に向けると、地面に転がっているなまえの姿。

「……え?」

その様にますま言葉を失った。
こけた?
誰が?
――なまえが。

「……お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね」

そう苦笑を零しながら、服に着いた土ぼこりを掃いながら起きあがる。
アリババは漸く我に返ると、慌てて手を差し出した。
その手に白い、女の子にしてはやや骨ばった手が重ねられる。
武術をやっている彼女だから当然なのだが、だからこそ何故彼女が今このタイミングでこけたのか解らない。
鍛練中は勿論、普段の彼女からして動きはしなやかで隙が無い。
まさか、何もない所でこけるようなドジっ子属性を彼女は持っているのだろうか。
そんな風に悶々と混乱した頭で考えていたアリババだが、彼女の言葉で意識をそちらに戻した。

「夜目が効かないのです。――いや、夜目だけではありませんが」

曰く、元々視力が芳しくないらしい。
気候や温度等のちょっとした事でがくっと視力が下がる事があるという。
何とも面倒なものだ、となまえは溜息を吐いた。

「小さい頃ちょっとした病気になって――ああ、病気自体は完治しているのですが――その後遺症です」
「……」
「それで、先日お休みをいただいたのは目の調子があまり良くなかったからなのです」
「そ、っか……」
「ええ。……それにしても、普段ならこけないんですが」

アリババ殿の隣にいると、なんだか安心してしまっているのかもしれません。
そう言っては、彼女は少しだけ目を細めて注意深く歩き出した。
アリババは思わずその手を取って、

「また、こけるといけないから」

そうして彼女の手を引いて歩きだした。
どうしようもなく彼女に惹かれた原因が何となくわかった。
視力が落ちている分、彼女の動きは洗練されているのだ。
他の感覚で補う様に、一挙一動が鋭さを持っている。
その綺麗さに、本能的に惹かれたのだ。
そして、今はそれだけでは無くて、

「――ありがとうございます」

熱の昇った顔を見られたくなくて、振り向かないままに笑って、軽い口調で返事を返す。
小さく力を込められた手に、アリババは体温が上がるのを感じた。


夜道は危ないから、なんて言い訳にして
(君が気を抜ける場所になりたい、何て)
FIN

11000ヒットキリリクで、「アリババ同い年夢主で修行中。甘。」でした!
あま、いのか……?

リクエストありがとうございました!