いつかその手を、


「紅玉様はいらっしゃいますか?」

そう言って、ひょっこり顔を覗かせた女性に、ジュダルは思わず登っていた木から落ちそうになった。
その原因である彼女――なまえは、のんびりと首を傾げながら「今日はお茶をご一緒するとお約束したのですが……」と困った様に笑っている。
それにジュダルは目を丸くすると、

「ババアいねぇの?」
「ババアだなんて口が悪いですよ……何処にいらっしゃるかご存じありませんか?」
「しらねー」

ジュダルはそう言って一瞬つまらなそうに口を尖らしたが、直ぐに何かひらめいた様に顔を明るくして言った。

「なぁなぁ、ババアいねーんなら、俺とあそぼーぜ!」

遊ぶ、と言っているジュダルであるが、その目は好戦的にらんらんと輝いている。
その様になまえは苦笑すると、ゆっくりと首を横に振った。
ここで首を縦に振ってしまえば、きっとぼろぼろになるまで彼の言う「遊び」に付き合わされるだろう。
そうでなくても、彼女にはジュダルと遊べない理由があった。

「残念ですが、私はこの後鍛錬がありますので」
「……つっまんねーの」

今度こそ本格的に唇を尖らせたジュダルは、その手に持っていた杖をしまうと再び木の幹に体を預けた。
なまえは随分のんびりした話し方をするが、その実、紅玉の剣の師をしていた事も有り、その腕前は称えられてしかるべきものである。
幼い頃から紅玉の面倒をみていたのも彼女だ。
身分の差こそあれど紅玉を本当の妹の様に思っており、そしてまた紅玉も同じように彼女を実の姉の様に慕っている。
なまえは紅玉がいないと知ると、ひらりと身を翻して地面に降り立った。
ジュダルもそれに続く。

「あら、手伝ってくださるんですか?」
「は? 何で俺が」
「それは残念です」

少し首をすくめて、それでも残念さは微塵も無く、くすくすと笑う。
悪戯っぽい、艶やかな笑みに、瞳に映したほんの少しの余裕。
それにジュダルはやや居心地が悪そうに目を逸らす。
なまえの、こうして笑うさまがジュダルは苦手だった。
別に怖いだとか、気味が悪いとかでは微塵も無い。
ただ、何となく彼女との距離を測りかねてしまうからだ。
元来、そんな事を気にしない性質ではあるが、彼女の近い様で遠くて、遠いと思っていたら意外と近かった、という風な微妙な距離感を感じるこの瞬間が、ジュダルはどうしようも無く嫌いだった。
それはまるで、なまえとジュダルの年齢的な差異をまざまざと見せつけられているようで。

「なあ」
「はい?」
「――結婚すんのか?」

口に出したのは、つい先日紅玉と彼女の間に交わされた会話について。
その場にジュダルはいなかったが、後から紅玉から聞いたのだ。
なまえに、縁談がきていると。

「ああ……そうですねぇ、そうなるかもしれませんねぇ」
「なまえは、」
「はい」
「見た目は悪くね―けど実は怒るとすっげー怖いし、大人しい見かけに騙されてよってけばすっげー厳しいし、意外とガサツだし、料理へったくそだし、それにババアばっか構うし、それに、」
「え、何で私こんなにけなされてるんですか」
「とにかく! お前何て嫁に行けねーよ!」

だから此処にいろ、とは言わないけれど、

「ふふ」
「……何笑ってんだよ」
「いいえー、ふふ、そうですかそうですか、つまり、私がいなくなるのが寂しいと」
「な! 誰もそういってねーよ!」
「安心してください、私もしばらくは嫁ぐつもりもありませんから」
「……行き遅れんぞ」

憎まれ口を叩いても、それでも嬉しさに高揚する頬は隠しきれなくて、

「大丈夫ですよ、私にはかわいい子たちがたくさんいますもの」
「ああ、ババア達か」
「ふふ、ジュダルも勿論大切な子ですよ」
「はぁ?!」

そんな怒らないで下さいよ、と言いつつも頭を撫でられて、この子供扱いだけは嫌かもしれない。
それでも悪態を吐きながらされるがままなのは、まだ甘やかされたいからなのだろう。

今だけは幼子の様に甘えさせて。
(いつか、その手をひいて、つれていくから)

FIN

10700ヒット芽衣子様キリリクで「紅玉の姉ポジションののんびり敬語主人公がジュダルを猫っかわいがりする」でした!
どういう姉にしようかと悩んだ所で、血の繋がりはありませんが教育係という立場にしました。
その割には紅玉との絡みが無いのが……絡ませたかった……!
少し可愛がり方が足りないかもしれませんが、相当べったべったに甘やかしている……つもりです!

芽衣子様リクエストありがとうございました!
こんなの違う!等ありましたら遠慮なくどうぞ!

お持ち帰り等はリクエスト下さいました芽衣子様のみ可です
20120324