お互い様

「よろしくお願いします」
「は、はい……」

泣きたい。
たくさんの布を前に、なまえは目の前で笑う青年を見てそう思った。
何故こんな事になったのだったか。
確か、事の始まりは、シンドバッドがジャーファルに何気なく振った話が原因だった。
私服らしい私服を持っていない――唯一持ちだされたのは、14の時に王が与えたという服のみだった――ジャーファルに、シンドバッドは思わず頭を抱えた。
今まで仕事をさせすぎたか、と後悔しても遅く、ならば私服の一つ二つ仕立ててやろうと思いたったのだ。
だがしかし、シンドバッドの選ぶ物と言えば、趣味は悪くないが少々装飾過剰気味な物ばかりで元来質素なジャーファルは辟易してしまった。
とか言って、自身で選ぼうにも何が良いのか解らない。
と、そこで思い出されたのが、王宮仕えの仕立て屋(見習い)であるなまえである。
元々仕立て屋の父にくっついてよく王宮に来ていたのでジャーファルとも面識があり、色んな意味で信頼出来る相手である。
そんな彼女に服を見立ててもらおうと考えたのだ。
そして、執務がひと段落した休日にジャーファルは彼女の家――正確には、仕立て屋の工房――にお邪魔し、事の次第を話した。
なまえはと言えば、見習いで有るし、自分の物ではあるが服を仕立てた事はあってもきちんと仕事として作った事が無い為、不安でいっぱいだった。
それに加えて、相手は八人将の一人である。
誰もが憧れを抱く様な相手が自分の一番最初のお客様になろうとしているのだ。

「で、でも、私、まだ見習いで……」
「見習いでも、作らなければ上達しませんよ?」
「お客様に商品として出す訳には……」
「私は貴女につくって欲しいんです。……嫌ですか?」
「そんな!」
「では、作ってくださいますね?」
「……」

そこまで言われて、どうして断れようか。
そして冒頭に至る。

「えっと、本当に私が選んでも良いんでしょうか……?」
「ええ、貴女に選んで欲しいんです」

困惑気味に眉を下げたなまえに、ジャーファルはにこりと笑ってその背を押した。
彼女はやはり戸惑い気味ではあったが、それでもたくさんある布の一つ一つに目を向ける。

「ジャーファル様は好みとか……」
「動きやすい物が良いです」
「他には……」
「さっぱり解らないのでおまかせします」
「……本当に良いんですか?」

眉を下げて再度問うなまえに、ジャーファルは少し考える素振りをする。
そしてしばらく沈黙すると、ぱっと何かを思いついた様に顔を上げて言った。

「貴女の好きな色が良いです」

にっこりと笑ってそう言えば、彼女は目を丸くしてしばらくもにょもにょと何事か呟く。
が、ジャーファルが少し強めにもう一度言えば、観念したように「頑張ります」とだけ口にした。
ほんのりと頬が熱い。
それを無視して、ジャーファルに背を向けて一つ一つの布をじっくりと見る。
そして何種類か布を取ると、それらをジャーファルの前に広げる。

「ジャーファル様は色が白いですから、ちょっと濃い色か淡い色のどっちか……」

ぶつぶつと言いながら、それでも目を付けた物は横に置いて次々と布を当てて行く。
次第に緊張など何処へやら、真剣な顔つきで一つ一つを吟味する様は立派な仕立て屋である。
気になった布を手にとっては、あれでもないこれでもないと棚に戻していく。同じ色でも質感で随分印象が代わるし、何より頼まれたなら一番似合う物を選びたいのだ。
それこそ店内の在庫をひっくり返す勢いであれやこれやと出していく。
その度にジャーファルに当てるのだが、だんだんその動きが荒くなってくる。
多分、頭の中に出来たイメージと上手く合致しないから焦っているのだろう。
そんなに急がなくても、と思いつつもジャーファルは黙ってなまえの動く様を見ていた。
ややあって、

「あ、これ! これが良いです!」

そう言ってぱっと顔を輝かせたその手には、若草色の地に白い糸で控え目に刺繍をあしらった布があった。
それに朱色の布も持ってきて、それから飾り釦を何種類か。
それらを合わせてうんうんと頷く。
どうやら納得できるものができたらしい。

「形は普段の官服に近い作りで……装飾はあまりない方がいいですね。ああ、それから――」

そう言いながら、目の前で髪に服のデザイン案が紙に描かれる。
すらすらと描きだされるそれに、ジャーファルは感心しながら覗きこんだ。

「早いですね」
「え? そ、そうでしょうか?」
「ええ、あまり見た事は無いので比較の仕様がないのですが、私は早いと思いますよ。素晴らしいですね」
「あ、ありがとうございます……」
「やはり普段からこういうのは考えていらっしゃるんですか?」
「ずっとジャーファル様にはこういうの似合いそうだなぁって……あ、」
「え?」

ぽろり、と漏れた一言に、室の空気が固まる。
ざぁっとなまえの血の気が引く感覚。
しまった、と思っても覆水盆に返らず、である。
実際、前々からジャーファルを見る度にこんな服を着て欲しい、こんな色が似合いそうだ、と思っていたのは事実だ。
だがそれは、決して他の人にも同じように思っている訳では無い。
寧ろ、ジャーファルだからこそ、ずっと目で追っていたからこそ、そう思うようになっていたのだ。

「あ、あの、前々からって、あの、練習みたいなので……! 人を見るとこういうの似合いそうだ、とか考える癖がついていて……!」

決して嘘でも無いが、全くの本当でもない言い訳を連ねて、紅くなった顔を隠すべく再び図面に顔を向けた。
だから、

「そ、うですか……」

同じように顔を紅くして、困った様な表情をしているジャーファルに気付かなかった。

紅くなるのはお互いさま
(わああああずっと思ってたってもう私変態みたいじゃない……!)
(期待してもいいのかな……?)



10600ヒットキリリクなゆ汰様から「ジャーファル。糖度はおまかせ」でした!
仕立て屋の女の子とジャーファルさんでした。
少し人見知りというか、引っ込み思案な感じを意識しました。
お互いがお互いを意識しつつ、こう、じれったい感じになっていたらいいなぁと思いつつ。

なゆ汰様、お待たせいたしました。
遅くなりましたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
リクエストありがとうございました!

もしこんなの違う!等ありましたら遠慮なく申してくださいね!
本当にありがとうございました!

お持ち帰り等はなゆ汰様のみ可です!
20120213