そして知る。 仕事はできる、見た目も悪くない。 性格、行儀ともに特筆すべき問題はなし。 放って置いてもその内恋人の一人や二人出来るだろうと思っていた。 しかし、もう二十歳も過ぎようというのに全くその気配が無い。 想いを寄せられてはいるようだが、それに応える様子素振りは見られず、ただただ黙々と仕事をこなす様が見られるだけである。 確かに以前からあまり、というか全く恋愛関係の噂を聞いたことがなかったし、本人からもその手の話題が出ることはなかった。 稀に会話の流れとしてこちらから振ってみることはあったが、曖昧な返事でのらりくらりとかわされてばかりで、結局何も解からず仕舞いである。 仕事が忙しくて恋愛をしている時間が無いのかと一時期本気で心配したが、本人曰く、そう訳ではないらしい。 では何故、と思ったが、あまりうるさく言っても本人の問題だから、とそれ以上は追及をしなかった。 ずっと育ててきたからといって、何でもかんでも話せるわけではないだろう。 それが色恋沙汰の話となれば、なおのこと。 (少し遅いかもしれないが)まだ若いのだから、焦らせる必要は微塵も無い。 そう思っていた。 それなのに、まさか、である。 「まさかあんな風に思われてたなんて……!」 なまえは机に突っ伏しながら息を吐いた。 昨夜の諸々の衝撃のせいで、あまり眠れていないせいか体が重い。 それでも眠れそうには無くて、シンドバッドに付き合って杯を傾けている。 ついでに昨夜の話も(適当にかいつまんで)話した。 ふと、勢いで全て話してしまったが、ジャーファルに申し訳ないのではないかと気づき一瞬焦りを覚えたが、シンドバッドの、 「何だ、漸く伝えたのか」 とあっさりとした返答に、体の力が抜けた。 「知ってたの……?」 「まあ、な。――二人とそれなりに親しい奴らなら、殆ど気づいてると思うぞ」 「……全然気付かなかった」 「まあ気づかなくてもしょうがないだろう」 「何で……」 一番、とは言わなくとも、それなりに傍にいた自信がある。 それなのに、気づかないでいたなんて、どれだけ自分は鈍いのか。 少々情けなくなってしまい、思わず眉を下げた。 その様子にシンドバッドは苦笑をこぼして自身の杯に口をつける。 「あいつはあいつで隠そうとしていたし、なまえもなまえでジャーファルを弟として見ていたんなら仕方ないさ」 「……でも、」 「自分をそういう目で見ているはずがないと思っていたんだろう。そういう思い込みがあると中々気付かないものだ」 「……」 「で、」 「うん?」 宥める様に髪を撫でられて、とろんと瞼が落ちてくる。 大分酔いが回ってきてしまっているらしい。 話を促すようなシンドバッドの言葉に、首を傾げながら続きを待った。 「どうするんだ?」 「どうするって……」 「ジャーファルに告白されたんだろう?」 ――そう、告白を、されたのだ。 つまり、遅かれ早かれ答えを出さなければならない。 半分溶けたようになってしまっている思考を懸命に動かして、考える。 「うれしかった、けど」 そう、嬉しかった。 戸惑ったけれど、嫌だとは決して思わなかった。 ジャーファルも男なのだと思って、理解して。 気付かなかったのは、相手の気持ちだけではなかったのだと、一晩かけてようやく理解して。 「でも、」 「ん?」 「だめ、だめなの」 「何がだ?」 「――私、もうおばさんだし、」私よりも若い子。 私よりも器量のいい子。 私よりも仕事の出来る子。 私よりも、もっと、もっと、もっと――。 「私よりも、もっと、あの子に相応しい子がいるんだよ……」 多分、少し夢を見ているせいなのだ。 ふわふわして、心地よくて、でもすぐに覚めてしまう夢。 夢から覚めれば、この感情だって泡のように無くなってしまうだろうから。 ――そう思っていなければ、嬉しくて、幸せで、でも、とても辛くて、このまま泣いてしまいそうで。 ――泣いてしまえば、この感情も、全部、甘えて受け入れてしまいそうで。 「……なまえ、」 「解かってる、あの子の想いを無視してるっていうのは。解かってるの。でも駄目なの。怖いの。怖い」 ――貴方の想いには応えられない。 ――きっと他にいい子がみつかるから。 明日、そう言って笑う自分を想像する。 悲しくなった、逃げたくなった、胸が張り裂けそうになった。 でも、そうしなければ、と理性が言う。 これはあの子の為ではない。 自身のエゴの為なのだと理解して、泣きそうになった。シンドバッドの肩に頭を預けて、瞼を閉じる。 「なまえが何て言っても、ジャーファルはお前のことが好きだし、他なんて考えられないだろう」 「それは困ったなぁ。どうしよう」 「そうだな――早く降参でもなんでもしておいで」 そう笑うシンの声が少し遠くなる。 その代わりに、 「飲みすぎです」 シンから引き離されて、耳元で聞こえる声に自然と体が震える。 一番会いたくて、一番会いたくない、のに。 「シンも、あまり飲まれないでください。明日に響きます」 「そこまで飲んでないさ」 「――そろそろ、引き上げてくださいね」 「ああ」 逃げたくて、でも出来なくて。 どうして良いか解からずにぼんやり会話を聞いていたら、ぱちり、とジャーファルと目が合った。 一気に体が硬くなる。 「わ、」 何か言う前に、視界が高くなる。 「部屋まで運びます」 「――ああ、うん」 何か言おうにも、まともな思考回路なんて残されていなくて。 大人しく抱き上げられて、浮遊感が心地よくて、また瞼が下りてくる。 その様子を見て、ジャーファルはそっと抱えなおす。 先ほどの彼女の言葉が耳にこびり付いて、気がつけば口を開いていた。 「貴女以上なんて、いません」 「……聞いてたの?」 不意に上から降ってきた声に、なまえは一拍間をおいて返事をする。 うっすらと瞼を持ち上げれば、眉間を寄せて、泣きそうな顔。 「貴女以上なんて知らない。知りたくない」 「ジャーファル……」 「名前を呼んで、触れて――それだけで、私を幸せにしてくれる人なんて、なまえ以外にいないんです」 恋だなんて生易しいものじゃなかった。 どれだけ焦がれて、憧れて、欲しても、足りないと叫ぶ。 その優しさを、厳しさを、温かさを、甘さを。 それらを知ってしまったから、もう抜け出せない。 「私のことじゃなくて、自分のことを考えてください」 そっと寝台に体を寝かせて、髪を撫でる。 それに交差するように、白い指が頬に伸ばされて柔らかく触れる。 「……泣かないで」 「誰が、こんな顔させてると思ってるんです」 「ごめん、ごめんね」 「――それは、どういう意味ですか」 そんな顔をさせてごめん、なのか、想いには応えられないごめん、なのか。 或いは、どちらもか。 「私のため、何て答えは聞きません。貴女がどう想っていのかが、聞きたいんです」 「私、は、」 「教えてください。まだなら待ちます。でも、無視はしないでください。家族として、ではありません。一人の男として見て、ちゃんと考えてください」 「――ジャーファル、」 きりきりきりと少しずつ、でも確かに張り詰めた糸がもう限界だと音をあげているのが解って、ジャーファルはなまえに触れる手に力を入れた。 ふっと伏せられた睫が持ち上がって、酔いのせいか眠気のせいか、涙をたたえた瞳と視線が絡まって。 「私、すごいめんどくさいよ」 「知ってます。何年一緒にいると思ってるんですか」 「わがままだし。寂しがりだし」 「お互い様でしょう」 「――本当にいいの?私、多分離してあげられないよ?」 「離れるつもりも、離すつもりもありませんよ」 どくどくどく、と、外に聞こえてしまいそうなくらい心臓が大きな音を立てる。 そっと息を潜めて、そうしたらなまえが髪を撫でる手を握って、ふにゃりと笑って、 「――すき。だいすき」 ぷつん。はりつめた糸なんて、無かったみたいにあっという間に、いとも簡単に切れてしまった。 たくさん知って、変わって、そして愛を知るのだと。 (溶けて、溶けて、) ミウ様4600キリリクで「『何も知らないままで』の続編」でした! 私も書きたいと思っていたので力を入れ過ぎて長く……。 これでも削った方です(^^;) ちょっと駆け足な感じが否めませんが、いかがでしょうか? 最後ぷっつんなったジャーファルが何をしたかは御想像にお任せします(笑) ミウ様、リクエストありがとうございました! 何かありましたら遠慮なくどうぞ! ミウ様のみお持ち帰り可です! 20110924 |