夏の残り香 ベッドでごろごろしながら、携帯のディスプレイを見る。 液晶に映るのは数字の羅列と、一人の名前。 正直もう暗記するほど見た、その番号に胸の内からうずうずと何かがこみ上げてくるのを感じながら、なまえは深く息を吐いた。 発信ボタンに指をかけて、指先に力を入れかけては、すぐに横の電源ボタンにスライドさせて連打。 この行動をかれこれ10分近く続けている。 「……うー、あー……」 呻き声を上げながら、寝がえりを一つ。 忙しくないだろうか、迷惑にならないだろうか、嫌がられないだろうか――先程からそればかりで、一向に電話できない自分に呆れつつも、ならば、と思いきれないのも確かで。 先週から集中講義だと言っていて、それで今日で終わる筈である。 少し位なら迷惑にはならない、と思う。 でも、もし疲れていて休んでいたら、とか、もし友達と遊んでいたら、とか。 そう考えては電話できないでいるのだ。 「……メール、なら」 何時返しても良いし、其れ位なら、とメール作成画面を立ち上げる。 何て送ろうか、と本文を書いては消して、を繰り返して、最後に残った一言。『声が聞きたいです』 「……だめだろこれー」 電話を催促してるみたいで。 いや、実際しているのだけれども。 溜息を吐いて、枕に顔を埋めた。 片手にはしっかり携帯を握ったまま、うーうー唸る。 と、 ――ピルルル―― 「――っはい!」 響いた電子音に、びくりと飛びあがって携帯を耳に当てる。 相手を確認していない、何て思いながら、ひっそりと息を吐いた。 どうか悪戯電話じゃありませんように。 そう思いながら、相手の声を待った。 が、 「――もしもし?」 その声に、思わず息がとまる。 「え、あ、」 「夜分遅くにすみません。――寝てました?」 「いえ!起きてました!大丈夫です!」 思わずベッドの上で正座をしてしまう。 「えっと、講義、お疲れ様です」 「ありがとございます」 「……あー、えっと、何か、ありましたか?」 「……すみません、その、」 声が聞きたくなって。 そう言って、照れくさそうに笑うジャーファルの声に、なまえの顔が真っ赤になる。 嬉しさが止まってくれなくて――そもそも止めたくは無いけれど――自然と口から笑みがこぼれる。 「えへへ……」 「どうしました?」 「嬉しいんです。その、私も、さっきまで同じ事を考えていたから、すっごく、嬉しい」 自然と柔らかくなる声は、滲み出る幸福を隠そうとはしてくれない。 それでも良いと思う。 隠す必要なんて、微塵も無いから。 ジャーファルは少しだけ言葉に詰まって、ややあって「私も嬉しいです」と言葉を紡ぐ。 照れてしまうのはお互い様らしい。 「――なまえ、明日、」 「はい!」 「……明日、空いてますか?」 「あ、はい、大丈夫、です」 「じゃあ、何処か行きましょう。時間は……そうですね、10時位に迎えに行きます」 「は、い」 デート!久しぶりのデート!! 思わずにやけそうになる口元を我慢して、震える声をおさえこんで、深く頷いた。 ♯ 次の日は少しどころでは無く、とても暑い日だった。 盛夏に比べれば幾分か落ち着いたが、それでも半そでで十分に過ごせる気温だ。 「ジャーファルさんバイク乗るんですね」 「偶にですけどね」 意外でした?と笑いながら首を傾げられ、少し迷ってなまえは頷いた。 よくよく考えれば別におかしな事でも無いのかもしれないが、普段の物腰とかでどうしてもバイクとは結びつきにくい。 最も決して似合わないと言う訳で無く、こうして乗っているのを見ると様になっている。 素直にかっこいいと思う。 「でもこんなに長い付き合いで、知らなかった方がショックでした」 「別に隠してたつもりは無いんですが……」 「あ、いえ、怒ってるとかでは無いんです」 そう言って笑えば、ジャーファルも笑ってヘルメットを差し出す。 「後ろに乗った事ありますか?」 「シンに乗せて貰った事なら」 「なら良かった」 「何処行くんです?」 「何処に行きましょうか」 少し笑いを堪える様な、楽しそうな声に、なまえはゆっくりとその背に身を預けた。 なまえがしっかりと掴まった事を確認すると、ゆっくりとバイクは加速し始める。 何だかんだで連れて来て貰ったのは、海だった。 「ジャーファルさん、クラゲ!」 「さわっちゃだめですよ」 「はーい」 シーズン終わりで人もあまりいないそこは、それでも微かに夏の名残を持っていて、少しだけ寂しさを感じる。 靴を脱いで、靴下と一緒に砂浜に置いて足だけ着ければ、ひんやりとした水がそこを冷やす。 「つめたー」 夏と秋の境目でも、昼間はまだまだ暑い日が続いているので気持ちいい。 「ジャーファルさんは入らないんですか?」 くるりと振りかえって聞けば、そうですね、と言って同じように靴を脱いだ。 ズボンの裾をまくって、じゃばじゃばと海に入る。 「そういえば今年は海、来なかったんですよね」 「そうなんですか?てっきりシン達と来てるかと」 「プールは行ったんですけどねー」 ばしゃり、と蹴る様に片足だけ水から出せば、水面が一際大きく波立って、やがて凪いでいく。 穏やかな日だ、と思う。 「ジャーファルさん」 「ん?」 「ありがとうございます」 突然のお礼に、ジャーファルは首を傾げる。 お礼を言われる様な事をしただろうか、と考えるその姿に、なまえは思わず噴き出して、 「昨日電話くれた事と、今日、連れて来てくれた事です」 「ああ、いえ、こっちこそ急に言ったのに――、」 首を振って笑ったジャーファルに、それこそ本当に色々と爆発してしまって、 「わ、わ!」 「ジャーファルさん大好き!」 思わず抱きついてしまう。 ぐらりと視界が揺れて、水の中に吸い込まれてしまって。 大きなしぶきと、 「――大丈夫ですか?」 「はい……ごめんなさい」 「まあ、天気も良いですからすぐに乾きますよ。――なまえ」 私も、大好きですよ。 そう言って笑った貴方の笑顔に、きらきらと光が反射して、どきどきしてどうにかなってしまいそうで。 海水に濡れてしまったシャツ越しに伝わる体温に、少し触れただけの肌に、体は簡単に熱を持ってしまって。 もう秋も近いのに、夏に取り残されたままの熱にうかされるのだ。 夏の残り香に熱される (春も夏も秋も冬も、貴方といるならば全部が、) 4400ヒット水様キリリクで「現代転生パロでジャーファルさんと夢主で恋人同士」でした! 現代ならではのものを出そう!と思って携帯とバイクを、ちょっとでもシンドリア(前世)の名残をだそうと海を舞台?にしてみましたー。 何だかお互いに少しもどかしい感じで。 でも幸せな雰囲気をね、ぶわっとね。 この後結局生乾きで家に帰ってシンとかジュダルとかにからかわれながらご飯たべればいい。 って所も書きたかったんですが、長さが酷い事になるので割愛で(^^;) 水様、リクエストありがとうございました! 楽しく書かせていただきました! こんなの違う!書きなおして!等ありましたらどうぞー。 お持ち帰り等はリクエストされました水様のみ可です。 20110921 |