美しい獣

元々弱い方では無いのだろうし、普段からきちんと調整して飲む人なのだろう。
だから酔った姿を見た事が無い。
そもそも、仕事が忙しすぎて私的に飲みに行った事などあまり無かった。
謝肉祭の時の乾杯の時に少し飲むのを見た位。
だから、いまこの状態は非常に珍しいし、少々困惑してしまうのだ。

「大丈夫ですか?」
「すみません……」
「いえ……」

肩を貸しながら、長い廊下を歩く。
それなりに身長差がある為、歩きにくいのではないだろうかと思うが、それでも一人で歩かせられるかと問われればそんな訳は無く。
珍しくふらっふらに酔ったジャーファルさんに戸惑いを覚えつつも、しっかりと支える。
一人で立てない訳ではないが、歩けない状態である。

「室までお手伝いしますよ」

そう言えば、小さく謝罪の言葉を零される。
それに苦笑を返して、内心でシャルに毒づいた。
シャルがそうそうに潰れてしまうから、彼を私が運ぶ事になったのだ。
ちなみにシャルはマスルールが運んでいる。
丁度二人が出て行った所で、ジャーファルさんの酔いが回ってしまい、このまま此処にいて周りから酒を勧められれ面倒だと言う事で、見つかる前にそっと抜け出してきたの

だ。
別に運ぶ事自体に(私の気持ちの面でと言う意味で)何ら問題は無いが、しかし体格的につらい。
マスルールがいてくれたらこんなもたもたせずに彼をすぐに寝台に寝かせてあげれるのに、と思い出そうになった溜息をぐっと飲み込む。
ここで溜息を吐いたら、きっとこの優しい人は気にしてしまうから。

「と、着きましたよ―……入って良いですか?」
「お願いします……」

了承を取ってから部屋の扉をそっと開ける。
多分きちんと整理されているんだろうな、と思っていたが、その通りだった。
机に書簡が散らばっていたりする位である。
それを踏まえても、とても小ざっぱりとした部屋だ。
その室の奥、窓際に設置してある寝台まで連れて行って、ゆっくりと寝かせる。
一言かけてからクーフィーヤを取って、寝台の横にある台に乗せた。
前髪がさらりと揺れて、額を隠す。
月あかりを受けて、きらきらと光るそれは、光を反射する水の様で。

「、お水持ってきますね」

思わず見ほれてしまっていた自分に叱咤して、踵を返した。考えてみれば、あんなにまじまじと見たのは初めてかもしれない。
綺麗だ、とは思っていたけれど。
頬に溜まる熱を冷ましながら厨房に行って、水を貰う。
盆に乗せてやや急ぎ気味で戻れば、ジャーファルさんは官服の上を脱いでいて、何時もより軽い服装に思わず固まってしまう。
が、こちらに気が付いて視線を向けるジャーファルさんを前に、何時までも固まっている訳にはいかなくて、

「あ、水、お持ちしました……」
「ありがとうございます」
「じゃ、じゃあ私はこれで……」

居たたまれなくなって、目線も合わせずにいそいそと扉に向かった。
と、その瞬間くいっと手を引かれて足が止まる。

「ジャーファルさん……?」
「、ああ、すみません、つい」

側にいてほしくて、と笑うジャーファルさんに、私はくらりと目眩を覚える。
白い肌をアルコールのせいで赤らめて、眉を下げて、何時もより少し子供っぽいその様子に、私は思わず柔らかい髪を撫でた。
本来なら、無礼な行為である。
でも、今だけは、お酒の勢いにしてしまって、
剥き出しの額に、そっと唇を寄せる。
ぱっと離れて、目を逸らして、それから――、

「え、」

ぐりんと視界が反転して、背中に柔らかい感触が当たる。
目の前には、逆光でうっすらと影を背負ったジャーファルさん、がいて、

「あ、え?」

困惑する私をよそに、くすくすと笑って、頬を撫でられる。
そこからするりと顎のラインを撫でられて、指先が首筋に当たって、

「ジャー、ファルさ、」

くすぐったい、恥ずかしい、身体が熱い。
どうしていいか解らなくて、唯見上げる事しか出来なくて、

「お水、飲まないと、」
「大丈夫ですよ」

起き上がろうとして寝台に手を着くけれど、それも絡めとられて、柔らかく捕えられる。

「なまえ」

耳元に唇を寄せられて、体温がひたすら上がる。
頭がくらくらして、視界も滲んで、体も動かない。
見上げた先には、美しい銀糸と、白い肌と、綺麗な目。

「――酔ってますか?」
「かもしれませんね」

楽しそうに口角を上げる姿に、とっくに酔いなんて無いのに。

「あまり男にああいう事をしない方が良い」
「は?」
「しかもこんな状態で、」
――食べられても、文句は言えませんよ?

そう言って、唇を舐める姿に、場違いにも見ほれてしまって。
その目の中にある欲に、とっくに捕まっているのだ。

美しい獣の舌舐めずり。
(お酒何か無くても、それだけで酔ってしまえるの)


2828ヒット杏菜様キリリクの「腹黒いジャーファル」でした!
最初はもっとギャグっぽい感じにしたかったんですが、腹黒いって考えたらこうなりました。
こう、表には出さないけど、裏で色々考えて、上手く糸を引く感じで……。
上手く表現できてますでしょうか……。

ジャーファルは実は全然酔って無くて、自分で歩けるんだけど酔った振りをしてましたって事ですね。

もう説明しないと解らない不便さ……。

杏菜様、リクエストありがとうございました!
ご希望に添えていましたら幸いです!
もしこんなの違う!等ありましたら遠慮なく申してくださいね!
本当にありがとうございました!お持ち帰り等は杏菜様のみ可です!
20110911
- ナノ -