唇だけ

ジャーファルの私室、満月で灯りが無くても明るい夜である。

「ジャーファルジャーファル、ねえ」
「……」
「そんなに怒んないで……」

くいくい、と服の裾を引いて言うが、ジャーファルは肩に顔を埋めたまま怒ってません、と言うばかりだ。
膝の間に座らされ、後ろから抱きすくめられている体制のなまえはそっと溜息を吐く。
怒る、というか拗ねているのだろう。
原因は解っているのだが、こればかりは謝るばかりでは意味が無い。

「ねー、ジャーファルが不満なの解るけどさー、しょうがないじゃない。仕事上話さないってのは無理なんだし」
「……」
「ジャーファルさーん」
「……解ってますよ」

ああ、凄く拗ねておられる……。
なまえはその返答の声に、思わず苦笑を零した。
ジャーファルが不満に、不安に思う物は出来る限り取り除きたいとは思うが、自分の生活や仕事を犠牲に出来るかと言われれば否である。
なまえにはなまえの、ジャーファルにはジャーファルの生活があるのだ。
だからなまえは謝らない。
別に、悪い事ではないと思っているからだ。
決して度を越した付き合いを異性の同僚としている訳ではないし、生活をする上で異性と全く関わらずに過ごすなど、到底無理な話である。
ジャーファルもそれは頭では解っているのだ、頭では。
それでもやっぱり不安になるし、傍にいる自分以外の男を疎ましく、妬ましく、羨ましく思ってしまう。
腕の中で抱きすくめられている彼女を、自分の目の届く所へ置いておきたい、と思うのだ。
勿論それが叶わない事は解っているし、叶ってしまえば彼女から自由を奪ってしまう事は明らかである。
それでも願ってしまうのだ。
なまえが溜息を吐いて、身体を凭れかからせてくる。
自室の寝台、香をたく事をしないここでは、彼女の香が一層濃く感じる。

「ジャーファルがさぁ、私の事大好きなのは解ってるし、私も大好きだけどね」
「……」
「やっぱり私は、ずっとジャーファルの事を考えてるなんて出来ないんだ」
「それは、私もです」
「うん、だから、そんなに気にしないで」
「………」
「返事は?」
「無理です」

無理、無理だ。
気にしないなんて、できるはずがない。。
四六時中では無いが、暫くの間見なければ気になってしまうし、どんなに忙しくても、一目一言で良いから交わしたいと思う。
腹の辺りで組んでいた手に重ねられた自身のものより細いそれを取って、指を絡める。
くすぐったそうに肩が揺れた。
それでも絡めた指は離さないままで、強く握りあう。

「私は、」
「うん」
「どうしたって、少しでも、貴女を連想させる物を見るだけで、貴女に会いたいと思ってしまうんです」
「……」
「この部屋で、ずっと、私だけを待っていてくれたら、なんて、考えてしまいます」
「それは、無理かなぁ」
「解ってます。――唯の妄言です。聞き流してください」

解っているからこそ、こうして口にだしてしまうのだ。

「ジャーファル」

なまえが首だけを振り向かせて、困った様に眉を下げる。

「あのね、私も、嫉妬するよ」

頬を染めて、拗ねたように唇を尖らせて。

「だって、ジャーファルはこの国に全てを捧げてるから。私が独占できる場所なんて、ほんの少しだから」

自身だけでは無いのだと、知らしめて。

「だから、少しで良いから、私の物になる場所が欲しいなぁって……、思ったり」

段々小さくなる声に、逸らされる目線。
耳まで赤く染めて、そうして愛しさを知って。

「ジャーファルだけじゃないんだから、あんまり我儘言わないで……」

溶けてしまいそうな甘さを知って、そして抱き寄せる。

「すみません」
「……ん、こっちこそ色々言ってごめんね」
「いえ、ありがとうございます」
「いーえ。……心配しなくても浮気とかはしないから」
「浮気したらそれこそ監禁してしまいそうです」
「してもいいよ」
「え、」
「どうせ浮気何て出来っこないし」
「……そうですか」
「……ちょっと残念そうなんだけど」
「いえまさか」

くすくす笑って髪に口づける。
もうすっかり機嫌は直ったらしい。
良かった、と思う反面、次は自身にどろりとした感情が生まれてしまう。
気付いていないふりをしていたのに。
なまえはそっと溜息を吐いて、握られた手に唇を落とす。
少し驚いた様な空気を感じて、少し笑った。

「ジャーファル、全部とは言わないけどね」
「?」
「唇だけでいいの、そこだけで良いから、――私に、ちょうだい?」

赤い顔を誤魔化す様に口元を手で覆って、愛おしさに満ちた目を向ける。

「唇、ですか?」
「うん」

貴方の手は、この国を支えるもの。
王を守るもの。
守って、何てそんな弱いオンナノコでいるつもりはないから。

貴方の足は、前に進むもの。
待っていなくていいよ。
すぐに追いつくから。

貴方の心は、誰のものでもないの。
だってそれは貴方を動かす為の、貴方だけのものだから。
それは奪えないから。

「キスをするのは私だけ」
「当たり前です」
「嘘は吐かないで。私のためだけに愛してると言って」
「はい」
「それだけで、良いの」

愛しさを感じるには、それだけでいいから。
後は偶にある、貴方からのやきもちで、十分に溢れてるから。

「――随分、無欲ですね」
「そう?結構欲張りのつもりだけど」
「其れ位なら、いつでも差し上げますよ」

そう言って落とされた唇に、嬉しさがとめどなく溢れる。
少し乾いた、薄い唇に熱を感じて。
たったそれだけで、染められるのだと。

「ジャー、ファル、」
「はい?」
「苦しい」

酸欠に喘いで身体を預ければ、そのまま二人で布の海に倒れて。

「貰ってくれるんでしょう?」

耳元でささやかれた愛を、拒絶する事なんてどうして出来ようか!

くちびるだけで私への愛を紡げるように。
(嫉妬や不安何てくだらない感情なんか、裸足で逃げて行ってしまうくらいに)


2600透様キリリクで「やきもちをやくジャーファル」でした!
何かジャーファルって感情の起伏は割と激しいけどそれを表に出すの下手な気がする。
と、思いまして。
静かにやきもちをやくというか拗ねるジャーファルさんに……。
というか何故私のかくヒロインって……こう……可愛さに欠けるというか……。

透様リクエストありがとうございました!
ご期待に添えていれば幸いです!

透様のみお持ち帰り可です!
20110909