多忙極めらるる


さあっと窓から風が入って来て、程良く室内の空気を循環させられる。
遠くから武官が鍛錬する声が聞こえて、その合間に女官が仕事をしながらも姦しく離す声。
天気は突き抜ける様に青い空が広がる。
とても、良い日である。
とても、良い日なのに、

「じゃあ、それが終わり次第こちらに持ってきてください。良ければそのまま休憩に行って貰いますので、がんばって」
「解りました!」
「なまえさん、これは……」
「ああそれは私がします。こちらの確認をお願いします。それが終わればこちらを黒秤塔に」
「はい」

何故、室内に籠って書簡と向き合わなければならないのだろうか。
なまえは内心そうぼやいて、気付かれないように溜息を吐いた。
目の前には書簡の山。
二、三日前に比べたら随分減ったのだが、それでも視界の邪魔をするそれらは完全に無くなってはくれない。

「先日のまとめ終わりました!」
「じゃあそれとこれを持って白羊塔に届けてください。そしたらそのまま一時間休憩へ」
「はい!」

ばたばたと慌ただしく去って行った部下を見ないまま、なまえは書簡に向かい続ける。
伝達官の仕事は基本的に外を走り回る事であるが、机に向かう事も少なくない。
何処に何を届けたか、や、国外に行った時の様子等を纏めて提出する所までが仕事に含まれているのだ。
そして、先日の事である。
シンドリア国国王、シンドバッドが又、大量の難民を連れ帰って来た。
それと伝達官の仕事、どう関係があるのか。
大有りである。
何せ、伝達官はその難民たちに「彼らのこれからの待遇」について報告し、そして「彼らの希望や意思」を聞いて纏め無ければならない。
あくまで纏めるだけであり、それらを検討、実現させるのは白羊塔で頭を抱える文官達であるが、それでも十二分に忙しい。
その他にも、国外にも協力を要請する為の連絡を回さなければならない。
返答を持って帰って来て、すぐに返答の返答を届けに船に乗る。
何とか立ちまわってはいるが、あちこちに飛ばされるおかげで人材不足である。
何より、外を走り回って机に向かって、と体力の削られ具合が半端ない。
なまえは他の部下が全員休憩や伝達やらで出払っている事を確認すると、ペンを置いて書けた書簡を纏めてぐっと伸びをした。
バキバキっと背骨が嫌な音を立てるのに顔をしかめながら、机に突っ伏す。

――あ、やばい、ちょっと限界。

いくらそれなりに鍛えられた身としても、流石に三日徹夜はきついらしい。
仮眠をとってはいるが、それでも一日一時間程度の、しかも人が来たらすぐに目覚められる程浅いものだった。
そのお陰でもう大分仕事は減ったが、流石に堪えるらしくしばらく起き上がれる気がしない。
ふっと瞼を下げた瞬間、ぽすりと頭に軽い衝撃が乗る。
顔だけを持ち上げて見れば、そこには数日前に他国へ向かわせた部下の姿。

「おい、部下の前でそんなだらしない所見せんな」
「……レント」
「そんななまえさんもかわいいですよ!」
「……メル……あれ、おかえり」
「ただいま戻りましたぁ!」
「ただいま。今さっきエリオハプト国からの伝達を王に渡してきました」

レントから差し出された書状を受け取り、ざっと目を通す。
来る途中にまとめられたらしい伝達内容を確認すると、印を押して引き出しにしまった。

「はい、お疲れ様です。じゃあ、三時間程休んで、出来る様ならこちらの手伝いに――」
「待った」
「はい?」
「なまえさんが先に休んでください!」
「顔色が悪い。――なまえに倒れられたら、指示を出す奴がいなくなるだろう」
「え、でも、」
「あとちょっとで終わるんでしょう?ならメル達もお手伝いしますから、今は休んでください!」
「二人とも、戻ったばっか、」
「船で休んだ」

レントはそう言うと、卓上にちらばる書簡をまとめて別の机に移した。
そしてそれを見計らって、メルが水と軽食を乗せたお盆を差し出す。

「とりあえず、これ食べて休んでください!」
「どうせ碌に休んでないんだろうと思って、来る前に食堂で作って貰った」
「メルもお手伝いしたんですよぉ」
「……ありがとう」

何だか釈然としないながらも、それでも部下の気遣いが嬉しくない訳ではない。
なまえはもそもそとサンドイッチを口に運んだ。
具材はなまえの好きなものばかりである。
思わずほにゃりと頬が緩む。
それにメルが嬉しそうにきゃっきゃと笑って、レントは黙々と書簡の整理を始めた。
自分が解るから、となまえは適当に置いていたので処理未処理を分けなければならないのだ。

――カタン。

「……レント」
「はい」

不意に窓の外から物音がして、目配せをする。
どうせ猫か何かだろうが、入ってこられて仕事をめちゃくちゃにされたらたまったものではない。
名前を呼ばれたレントは一つ頷いて、窓に近づく。
ひょいと窓の下を覗いた所で、レントが目を丸くした。
何があったのだろうと、首を傾げて再び名を呼ぼうと口を開く。

「レン、」
「やあ!」
「メル、仕事が出来ました」
「はぁい!白羊塔に行ってジャーファルさん呼んできまぁす!」

侵入者を一瞥して、一瞬の間も無くなまえがメルに指示を飛ばす。
内容を詳しく聞かずとも理解したメルの元気の良い返事に一つ頷いて、休憩を再開させた。
それに対して侵入者――もとい、シンドバッドは焦った様に口を開く。

「メル!待て!」
「なんですかぁ?」
「メル、聞かなくていいですよ。どうせさぼりの言い訳です」
「いやいやいや!さぼりじゃないから!視察だから」
「このくっそ忙しい時期に何言ってくれてるんですかさっさと白羊塔戻って自分の仕事してくださいよ」
「く……っなまえが反抗期……!」
「じゃないですから。ていうか本当に早く帰った方が良いですよ」
「なまえ、これは?」
「あ、それはもう纏めたから捨ててください」
「了解」

がっくりと項垂れた王に、レントは全く気にしていない様子で仕事を始める。
実際、何も気にしていない。
伝達官を――と言うか、なまえの側で働いているならよく見れる光景なのである。

「というかなまえ、最近本当に冷たいぞ」
「そうでしょうか?」
「段々ジャーファルに似てきて……」
「そりゃぁ似もするでしょう」

ぶちぶちと文句を言うシンドバッドに、なまえはふと時計を見た。
そして、

「メル、伝達官の中でいっちばん足が速いですから、」
「は、」
「そろそろ白羊塔帰ってくるんじゃないですか?」

――大層お怒りのジャーファルさんをつれて。

にっこり笑ってそう言えば、シンドバットはさぁっと顔を青くさせた。
そろそろだな、とレントが扉を見れば、それと同じタイミングで開けられた扉と、

「ジャーファルさんお連れしましたぁ!」「シン!またこの忙しい時に!」

なまえはお盆を、レントは大切な書類を庇いながら、政務官の怒りが飛ぶのを見た。

多忙極めらるる。
(「明日には休み取れるかなー」「そしたらメルとお食事行きましょう!」「いいねー。レントも行く?」「行く……メル睨むな」)


たま様1900キリリクで、「マギシリーズ夢主と部下でお仕事中に王さまがさぼり、もとい視察に来る話」でした!
折角なので、がっつり伝達官について掘り下げてみました。
こうやって書くと意外と忙しそうですね(笑
因みに部下Sはメモの方でミニシリーズを書かせて頂いている二人です。
最初のは完全もぶですが(笑
レントは若干口調が敬語だったり違ったりして混乱してしまうかもなので、此処で言っておけば、彼は「仕事に関する事だけ」は夢主に対して敬語になります。
一応上司なので。
夢主のほうは仕事中なんで上司部下関わらず敬語です。
敬語と言うか丁寧語ですが。そして肝心のシンが……なんでこう、このシリーズのシンってこうなんですかね……。
まあとても楽しく書かせていただいておりますが!←

たま様リクエストありがとうございました!
気に入らない!などありましたらお申しくださいね!

お持ち帰り等はたま様のみ可です!
20110901