溶けてしまうの

――どうしようか。
扉の陰に身を隠しながら、ジャーファルは内心溜息を吐いた。
隠れなければいけないわけではない。
それでも何だか後ろめたさを感じてしまい、動けないでいる。

「――ピスティはあれだよね、もう少し慎みとかそういうの覚えた方がいいと思うよ……」
「えー、だって楽しいんだもん」
「……前にもジャーファルさんに怒られてたじゃない」
「今度は上手くやる!」
「懲りないなぁ……ヤムは最近何かある?」
「……またふられたわよ」
「……ヤムはもう少し緊張しない練習をした方がいいかもね」

なまえを探していたら偶々その場面に出くわしただけだ。
何気ない顔をして声を掛ければ良いものの、内容が内容なだけに一度躊躇してしまったら、完全に声を掛けるタイミングを失ってしまっただけなのだ。
ジャーファルは内心そう言い訳しつつ、三人から見えない様に身を隠したまま溜息を吐いた。
話が途切れた頃に声を掛けよう。
そう考えながら、別の事に気を向けた。
が、

「なまえたんは最近どうなの?」
「何が?」
「ジャーファルさんとよ」
「あー、えー」
何だその微妙な返事。
自分の名前が出た事に、思わず反応してしまう。

「どうなの?どうなの?」
「そんなきらきらした目で見ても何も面白い事はありません」
「えー!」
「でも実際どうなの?二人とも忙しいし、中々ゆっくり時間取れないんじゃない?」
「まあねぇ」
「寂しくないの?」

ピスティの言葉に、思わずどきりとしてしまう。
全く構ってない訳ではない。
ただし、お互いの忙しさを理由に、中々ゆっくりと会えないのも事実だ。
――一番最近、二人で会ったのはいつだったろうか。
ジャーファルはそう考えると、なまえに寂しい想いをさせているかもしれない、とずしりと気持ちが重くなった。
それと同時に、鼓動がやけに早くなる。
――別れたいと、もう嫌だと、思われてはいないだろうか。
なまえは、寂しいとは言った事は無い。
――無理を、させていたのだろうか。
そっと息を吐きながら、ジャーファルは耳をそばだてた。
ややあって、なまえが苦笑がちに口を開く。

「――まあねぇ。解りきってた事だけど、寂しい時もあるよ」

解りきっていた。
そう、解りきっていたのだ。
お互いを理解したうえで、そういう関係になったのだから。
それでもやはり寂しいのだ、と彼女は笑った。
申し訳ない気持ちと、何だか悲しい気持ちに支配される。
忙しさを理由に見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
悟られない様に、彼女は何も言わなかったのかもしれない。
それに甘えて、知らぬふりをしていただけなのかもしれない。
俯いて、靴先を見る。
もう用事何てどうでもよくなってしまう。
――このまま、立ち去ってしまおうか。

「でもね、」

なまえが再び口を開いた。
やや嬉しそうな、愛しむ様な声。
それにつられて顔を上げる。

「私は、そうやってこの国――シンドリアの事を一生懸命考えて、身を粉にしてまで尽くそうとするジャーファルの事が好きだから。
一つの物に執着して、それの為に働けるなんて、とても素敵な事だと思うし、素敵な人だと思ってるの。
それに、夜に会いに行けば、どんなに疲れてても笑って、頭を撫でて、一緒に寝てくれるから。
それ見てるとね、愛されてるなぁって思うし、私もがんばろうって思えるんだ」

なまえが言った言葉に、先程とか違う意味で心臓が早くなる。
初めて聞いたかもしれない。
そんな事を、考えて傍にいてくれたなんて。
顔が熱い。

「あー、まあジャーファルさん見てると、なまえ愛されてるなぁって思うよねぇ」
「えへへ」
「幸せそうな顔しちゃって……」
「だって、幸せだもん」
「ふーん。……ねぇねぇなまえたん、ジャーファルさんってさぁ、夜とかどんな感じなの?」
「……んん?」
「何かあんまりイメージ付かないんだよねぇ……。ね、ね、教えて?」
「何で今の話でそうなった……ヤム助けて……」
「実は私もちょっと気になるのよね……」
「えぇぇぇ、味方無し?」
「ほらほら吐いちゃいなさい!」
「んー……。別に言っても良いんだけどね、」
「うん?」
「さっきからそこでそわそわしてる人に申し訳ないから内緒で!」

どきり、と心臓が大きくなる。
気付かれていたのだろうか。

「えー、何それ!」
「さあね。――そろそろ行くよ。仕事がまだ少し残ってるんだ」

じゃあね、と手を振ってこちらに向かってくるなまえに、どうしようか、と視線を彷徨わせる。
どちらにしてもばれてるんだから、もうどうしようもないのだが。

「盗み聞きー」
「……すみません」

結局どうしようもなくて、くすくす笑うなまえに顔を覗きこまれる。
罪悪感から思わず視線をずらして謝れば、気にしてないよ、と又笑んだ。

「何か用だった?」
「仕事が一段落ついたので、食事にでもと思ったんですが、」
「いーね、行こうか!」
「仕事は、」
「ジャーファルに資料渡す事。私の部屋にあるんだ。別に急ぎじゃない奴」
「じゃあ食事に行ってから」
「うん。あー楽しみー」
「なまえ」
「うん?」
「愛してますよ」

繋いだ手を少し強く握って言えば、ほんの少しだけ熱くなって。

「……私も、だいすき」

二人揃って真っ赤に熟れてしまって、熱は逃がす事が出来ないままで。

微熱に浮かされて、そのまま溶けてしまいたいね。
(「そういえば、よく私がいるって解りましたね……」「ジャーファルの事は何でも解るんだよ」「……」「ジャーファル赤い」「貴方も赤いですよ」)


1616HITのケイ様キリリクで、「夢主とヤムライハとピスティで恋バナ、それをジャーファルが影で聞いてどきどき」です!
何だかドキドキが期待されてるドキドキと違う所があったりしますが、楽しく書かせていただきました!
しかしジャーファルがあまり話して無くてこれで良いのか……私も今ジャーファル並みにどきどきしてます←

一応恋愛色強めの、少しきゅんとできる話を目指しました、が出来た結果がこれです!
気に入っていただけたら幸いです……!

ケイ様、リクエストありがとうございました!
もしこんなの違う、書き直して!等の苦情がありましたらどうぞ!
書き直しさせていただきますので(^^;)

ケイ様のみお持ち帰り可です。

20110827