昔から雨は嫌いだった。
服は濡れるし、やりたいことの半分以上は制限されてしまう。
傘なんて差して歩いた日には片手が塞がって不便な事この上ない。
だから、今日も突然降り出したこの雨に半ばうんざりしていた。
バケツの水をひっくり返したような激しい雨で、流石に携帯用の傘では対応しきれずに偶々通りかかった商店街の軒下で雨宿りをすることにした。
取り敢えず濡れたのは肩だけで大した被害もなくホッとしていると、少し遅れて誰かが駆けてくるのが見えた。
白いカッターシャツに黒いズボン。典型的学生服スタイルの男は全身びしょぬれで、恨めしそうに空を見上げる。
前髪からポタリと落ちた水滴が首筋を伝い服の中へと消えていく。
「ふー、ついてないな……」
濡れた前髪を掻き揚げ緩く息を吐く。
不意に視線が絡んでハッとした。
「佐藤……先輩……」
「あれ? 君は確か、聖秀の……」
深いグリーンがかった瞳が俺の姿を映し出し、驚いたように目を丸くする。
俺は俺で、まさかこんな所で海堂のキャプテンに会えるなんて思ってなかったから、内心凄くドキドキしていた。
佐藤先輩は、俺が野球をやりたいって思わせてくれた人。
云わば憧れの存在ってやつで、こんなに近くに居るのが信じられないくらいだ。
「清水、だよね。久しぶり」
「地区大会以来っすね」
「だね」
一向に止む気配のない雨を眺めながら、滴り落ちる雫を指で拭う。
湿り気を帯びた制服から肌が透けて見えて、想像以上の逞しさに一瞬目が離せなくなった。
佐藤先輩って……細く見えるのに結構がっちりしてるんだ。
ふと、そんな事を考えてしまい、視線を逸らす。
「ん、どうかした?」
「なんでもないっす」
「?」
男の体に見蕩れるなんて、どうかしてるよ、俺……。
「そう言えば吾郎君、元気してるかい」
「えぇ、元気なんじゃないっすか?」
「そっか。 あの試合じゃ、大分無理してたみたいだしね。 きっと吾郎君の事だから今頃病室で筋トレでもしてるんじゃないかな」
目を閉じればその光景が浮かぶのか先輩はクスリッと笑った。
なんだろう、茂野先輩の話題が出たとたん、もやもやした気持が俺の中で広がってゆく。
佐藤先輩の嬉しそうな顔を見てると、なんだか無性にイライラする。
「吾郎君は、いつもギリギリまで自分を追い込む癖があるからホントに……」
「先輩! 雨、上がりそうですよ」
これ以上、佐藤先輩の口から茂野先輩の話を聞かされると自分が何を口走るかわからなかったから、途中で言葉を遮ってしまった。
さっきまでの豪雨は何処へやら、どす黒い雲は何処かへ消え去り雨は霧雨へと変わっていた。
「ほんとだ。よかったやっと帰れるよ」
「そうっすね」
もう少しだけ、一緒に居たかったな。
ふとそんな考えが頭を擡げ名残惜しさが広がってゆく。
このままココで別れたら、次いつ話せるかわからない。
もっと、先輩と話がしたい。もっと知りたい、先輩の事。
咄嗟にそう思い、帰る支度を始めた先輩を思い切って呼び止めた。
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