最初はアイツと同室になるのが苦痛で仕方がなかった。
寡黙で無愛想で、いつもウォークマンばかり聞いている暗いヤツ。
かと言って、最近の音楽番組に興味があるわけではなく言葉が少ないから何を考えているのか良くわからなくて一緒に居ると息が詰まりそうになってしまう。
共通の話題と言えば野球位なもので、それ以外は「あぁ」としか言わないから会話が続かねぇ。
そんな沈黙が本当に嫌で、嫌で仕方なかった筈なのに……どうしてなんだろうな。
慣れというのは、本当に恐ろしい――。
俺たちが入寮して一年が過ぎ桜が綺麗に咲き誇り始めたある日、一軍帯同組として市原たちと共に甲子園に出場した眉村が部屋に戻ってくるなり私物の片付けを始めた。
「……帰ってくるなりどうしたんだよ」
「……」
俺の質問には一切答えず、眉村は黙々と荷物をダンボールに詰めていく。
「もしかして、とうとう一軍入りが決まったのか? あの大舞台でもいいピッチングしてたもんな、眉村」
物怖じしない奴だとは思っていたが、マウンドで投げる姿はいつもと全く変わりは無くて応援スタンドで見ていて鳥肌が立つほど凄かった。
とても同じ学年だとは思えないピッチングで、コイツは俺達とは違う。ワンランク上のところにいるのだと改めて感じさせられた。
だから、井沢監督に声をかけられたんだと思ったんだが、眉村は静かに首を横に振る。
一軍に行くんじゃないなら、なんで荷物を片付ける必要がある?
「お、おい。じゃぁどうしたんだ?」
そう尋ねたら、眉村の肩がぴくりと震えゆっくりと立ち上がった。
「部屋を替えてもらう事にした」
「――は?」
一瞬、意味がわからなかった。 部屋を、替える……?
ここは共同生活の場だから、監督はよほどの事がない限り部屋を変更するなんて有り得ない筈だ。
「なんでだよ」
「…………」
眉村は答えない。ただ俯いて俺に背中を向けたままジッとダンボールを見つめている。
俺、何か気に触るような事してたのだろうか。
部屋では眉村の邪魔すると悪いと思って馬鹿騒ぎは控えていたし、結構静かにしていたつもりだ。
最初のうちこそ苦痛だった同室生活も慣れてしまえば沈黙だって気にならなくなっていたし、側に居ればじっくり見ないと気付かないような些細な表情の変化なんかも知れて、結構楽しいとすら思えて来た矢先だったのに。
もしかして、俺のいびきがうるさくて眠れないとか、なのか?
いきなり同室の奴が部屋を替えたいなんて言われて冷静でいられる筈がない。
モドル/ススム