海に入るちょっと前から……こうなる予感はしていた。
水着の紐が、何処を探しても見つからなかったんだ。
新しい水着を買いに行っている時間は無い。
今日は、先輩と海に行く約束をしていたし、俺も凄く楽しみにしていた。
だから、かなり不安は残るけど、紐の無いままの水着を持ってきたんだ。
水の抵抗や、潮の流れとは予想以上のものがある。
少しでも気を緩めれば、水着がずり落ちそうで俺は細心の注意を払っていた。
それなのに――。
何も知らない先輩は……。
「おい、あそこの孤島まで競争しようぜ!」
なんて暢気な事を言い出した。
こんな状態で泳げるわけ無いじゃん。
「いやですよ。 なんで、そんな体力使うような事しなくちゃいけないんですか。 行きたかったら一人で行けばいいでしょ」
「かてー事言うなよ。 あ! お前、泳げねぇから僻んでるんだろ?」
「なっ、そんなわけないでしょ。 俺はただ、そんな意味のない勝負やっても無駄だって言ってるだけです」
「さぁ、どうだか。 俺には負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇけどな」
先輩の口車に乗せられちゃいけない。
それはわかっていた。
だけど、”負け犬”とまで言われたら、黙っているわけにはいかなかった。
「わかりました。じゃぁ勝負しましょう」
「おっ、よっしゃ! 後で負けて吠え面かくなよ」
「さぁ? 悔しがるのは、どっちでしょうね」
こうして、俺たちの孤島までの遠泳競争がスタート。
それが――全ての間違いだった。
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