その時だった――。
「吾郎君!」
雨音に混ざって聞き覚えのある懐かしい声。
ハッとして振り返ると、吾郎以上に息を切らせて自分のほうへ向かってくる恋人の姿があった。
「寿!」
パァアッと今まで暗く沈んでいた気持ちが一気に浮上して、自分の下へと駆け寄ってくる恋人へと視線を向ける。
「ハァハァ、よかった。まだ居たんだね」
「ごめん。俺、遅刻しちまった」
申し訳なさそうに頭をかくと、寿也がふっ、と微笑んだような気がした。
「いいよ、僕も今来たところだから」
「え!?」
今まで一度だって約束の時間に遅れたことのない彼が言った、信じられない一言に吾郎は我が耳を疑った。
時計の針は吾郎の来た時刻からゆうに10分以上は経過している。
「悪い! なんか大事な用があったんだろ? 俺のことなんか気にしなくってよかったのに」
「違うよ、実はさ……」
ほんのりと頬ををめる寿也に、吾郎は思わず首を傾げる。
「実は、僕寝坊しちゃって。起きたらもう9時回ってて……ゴメン」
はにかみながら肩を竦める寿也に吾郎は目を丸くした。
全くもって寿也らしくない。
夕べなにかあったのだろうか、と変な勘ぐりさえしてしまう。
「今日、久々に君に会えると思ったら、夕べ全然寝付けなくって」
「マジかよ!」
「ホントだよ。だからもういないんじゃないかと半分諦めてたんだけど」
申し訳なさそうにしている彼も自分と同じ気持ちだということがわかって、吾郎の表情は一気に綻んだ。
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