キーンの登場で、それまで正捕手の座についていたサンダースは控えに回され、密かに彼が失態を犯しチームから離れ再び自分が正捕手になれるチャンスを狙っていた。
そんなある日のことだった。
今日は日曜日で試合も無く、吾郎はキーンと二人でドライブに出かけていた。
窓から心地よい風が車内に入り込みとても気分がいい。
「キーンってさ、俺とあんま年齢違わねぇのに、なんでそんなに落ち着いてんだ?」
「質問の意味がわからんな」
運転に集中したまま静かに言われ、ムッとする。
「だってよ、俺は多分このままのような気がするし」
「確かにゴローは何年経ってもそのままだろうな」
ふっと笑みを零し、一瞬だけ吾郎を見る。
「あんだよ。どうせ俺はいつまで経ってもガキだよ」
頬杖をついて窓の外に視線を向ける。
「別に悪いとは言ってない。まっすぐなその性格は、俺にはとうてい真似できん」
「あーあ、俺もキーンみてぇに大人っぽくなりたい」
「俺のようなゴローか。可愛げがなくなるから止めろ」
「だ〜か〜ら、俺の何処が可愛いってんだよ。たくっ、どいつもこいつも……」
ブスッとした表情の彼に、キーンは再び笑みを零した。
「しいて言うなら、付け入る隙がありすぎるところか」
「あん? 何わけわかんねぇこと言ってんだよ……っ!」
赤信号で止まっているときにそう言われ、文句を言おうと視線を窓からキーンに移した瞬間、頬を撫でられ唇を塞がれた。
「!!!」
「ほら、こういうところが隙だらけだって言ってるんだ」
それは一瞬の出来事で、茫然としている吾郎をよそに車は再び走り出す。
キーンはみるみるうちに頬が桜色に染まってゆく彼を見て、クックックと肩を震わせた。
(くっそー、なんか馬鹿にされてるような気がするぞ)
すっかりへそを曲げてしまった吾郎は、黙ったまま外を見つめた。
そうこうしている間に、目的のビーチが見えてきた。
「やっぱ、夏と言えば海だろ♪」
車から降りてうーんと身体を伸ばし、辺りを見回すと金髪の際どい格好をした美女たちが沢山いて、さすがの吾郎も目のやり場に困ってしまった。
「うへー、すげーな……こりゃ」
「おい、何してるんだ。行くぞ」
典型的なおのぼりさんの如くキョロキョロしている吾郎を他所に、キーンはさっさと荷物を持ってビーチへと向かってゆく。
「おい、待てって…………なんだ、泳がねぇのか?」
吾郎は、さっさと取り付けたビーチパラソルの下でチェァに身体を預け、サングラスをかけてくつろぎ始めた彼に不満げな声を洩らした。
「人ごみは嫌いだ。ゴローが行きたいと言ったから連れてきてやったんだから、好きなだけ泳いでくればいい」
「なんだよ、面白くねぇな」
まったく泳ぎにいく気配の無いキーンを見て、吾郎はそっと肩を竦めた。
つまらなそうに呟いて、一人で砂浜を歩く。
さすがに日曜だからだろうか家族ずれやカップルも結構多く見られた。
「たく、こんなファミリー向けのビーチを一人で歩いてもつまんねーっつーの」
もしかないっとも、一緒にワイワイと海の中で一緒にはしゃぐようなタイプではない事くらいわかっていたつもりだったが、ここまで放置されると虚しさすら覚える。
(しゃーねー、泳ぐか)
一人で出来る事と言えば、体力作りくらいしかない。
キーンが動く気配がないと悟った吾郎は諦めて、一人海の中へと入っていった。
モドル/ススム