「絶好調だな、佐藤」
日本代表との練習試合後、薬師寺は声をかけた。
最近寿也は試合でめまぐるしい活躍を見せていた。
噂では代表入りも射程圏内ではないかと言われている。
「そりゃ、日本代表になってアメリカへ行きたいからね」
「不純な動機が見えかくれしてるように思うのは俺だけか?」
「ふふっ。もちろん、吾郎君に会いたいのが一番の理由だけど」
恥ずかしげもなくそう言い切れる、寿也はある意味凄い。
薬師寺はそう思わずにはいられなかった。
自分は、どうなんだろう? 眉村と一緒に代表入り出来たら……。
そう思う事もしばしばだが、監督の目に留まるような活躍が出来ているかは自信がない。
このままキャンプを終えたら、また眉村は自分の手の届かない場所へ行ってしまう。
毎日顔をあわせる高校時代に戻ったような楽しさで、離れるのが少し寂しくなっていた。
「どうかした?」
「なんでもねぇ」
着替えをしながら、暗い顔をしている薬師寺に寿也は首をかしげる。
「僕でよかったら、相談に乗るけど」
「いや、マジでなんでもないんだ」
そう言って、寿也に手を振り先に更衣室を後にした。
日本代表になって、アメリカへ。
堂々と結果が出せる寿也が彼は少し羨ましかった。
自分もそれなりに、この代表合宿で努力はしているつもりだし結果も出しているとは思う。
だが寿也に比べたらやはり微々たる物でしかない。
「俺も行きてぇな……アメリカ」
キャンプが終わると離れ離れになってしまう。
自分も日本代表に選ばれれば、一緒に行けるのに……。
そんなのは夢物語だ。寿也のようにまっすぐに相手を追いかけて行くなんて、並大抵の覚悟がなければ出来る事じゃない。
(ま、俺には無理だよな)
荷物を置いて、いつものようにエレベータに乗り込み彼の部屋のドアを叩く。
「よぉ、遊びに来てやったぜ」
薬師寺の顔を見ると、ふっと彼の表情が和らいだ。
部屋に入り何気ない会話をする。
「佐藤の日本代表入りがほぼ確定だそうだ」
眉村の言葉に、薬師寺は驚かなかった。
なんとなくそんな気がしていたから。
「いいよな。俺も佐藤くらいのバッティングセンスがあれば……」
「なんだ、薬師寺も代表に選ばれたいのか?」
「当たり前だろ? そうでもしなきゃ、お前がますます遠い存在になっちまう」
「……俺と離れるのがそんなに寂しいのか」
「バッカ! そんなんじゃねぇ」
頬を染め、プイッとそっぽを向く彼を見て意外と可愛い部分があるんだなと思った。
「そんなに代表になりたかったら練習あるのみだな」
「いくら練習したって無駄だろ。あの監督の目に留まるのが簡単じゃないことくらい俺だってわかってるぜ」
「俺が監督に進言してやる。ルーキーの言葉に耳を貸すとも思えんが、お前が結果を出せば可能性は0じゃないんじゃないのか?」
「結果を出すって、そう簡単に言うけどお前……」
何を寝ぼけた事を言っているんだとばかりの表情を向けてくる薬師寺に、眉村は彼の髪をクシャッとかき回した。
「俺が投げてやる。キャッチャーは佐藤に頼めば何とかなるだろ」
「投げるって、お前が? 代表のくせにそんな無茶させられねぇよ」
「気にするな。俺も薬師寺が一緒に代表になれば嬉しいし。協力は惜しまん」
柔らかな表情で言われ、ドキッとした。
ここ二、三日よく笑うようになったと薬師寺は感じていた。
いつもの無表情から、時折のぞかせる笑顔にいつもドキドキする。
高校時代には向けられなかった表情が、今自分のために向けれられていると思うとなんとなく嬉しく思える。
薬師寺が部屋へ戻った後、少し遅れて眉村は寿也の部屋のドアを叩いた。
彼は珍しい突然の訪問者に驚いていたが、話を聞いてすんなりOKしてくれた。
「それにしても、意外だったな。眉村がそんなに世話焼きだったなんて知らなかったよ」
「薬師寺だからな。アイツ以外のやつにそんなボランティア染みた真似はしない」
「なにそれ。まるで薬師寺は特別だと言ってるみたいだね」
淡々と告げる彼の言葉に、寿也は耳を疑った。
「あぁ。アイツは特別だ」
「今、なんだか凄い爆弾発言を聞いたような気がするんだけど……気のせいかな?」
「……」
「まるで君が薬師寺の事を好きだって言ってるように聞こえるよ」
訝しげな表情の彼に、眉村は余計なことを言ってしまったとばかりに口元に手を当てる。
それを見た寿也はハッとして息を呑んだ。
「もしかして付き合ったりしてたり、とか?」
そういえば、よく部屋に出入りしてる。寿也はそう思った。
眉村は困ったような顔をしたが、ばれてしまっては仕方がない。とばかりに、ゆるく息を吐いた。
「そうだ。付き合ってる」
「そっか、そうなんだ。いいよ、そういう事ならキャッチャー引き受けるよ」
寿也の言葉に、眉村はホッと胸をなでおろした。
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