海堂編

LoveSick


試合が終わった後、薬師寺の部屋には眉村が遊びに来ていた。

今日の試合の話しなど、寮にいるときと変わらない会話を楽しんでいるとどこからともなく声が聞こえてくる。

「なぁ、眉村何か聞こえないか?」

「ああ、悪い。テレビの音が五月蝿いなら消すが」

「違うって、そうじゃなくって」

そう言って、耳を済ませてみる。

『も……カンベン……許してぇ……』

「ほら、聞こえた! 許して〜って。幽霊でも出たのか!?」

正体不明の声に慌てる薬師寺を見て、眉村はたいして気に留めた様子もなくそっとため息にも似た息を吐いた。

「こんな早い時間に出る幽霊がいるわけないだろ」

「そう言われればそうだよ、なぁ」

時計を見れば、まだ九時を回ったばかりだ。

「じゃぁ、今のは一体?」

「隣の部屋じゃないのか」

「隣って、佐藤だぞ?」

薬師寺の言葉に、眉村は納得した表情をした。

そんな彼に、薬師寺は首をかしげる。

「なんだよ、なんか判ったのか?」

「隣が佐藤なら、茂野がいるはずだ。……今、真っ最中って事だな」

「……茂野と何してるって?」

きょとんとした顔の彼に、眉村は苦笑した。どうやらわざとボケているわけではないらしい。

「知らないのか。佐藤と茂野が付き合ってる事」

「ええっ!? そうなのか?」

眉村の言葉に、思わず持っていたコーヒーを落としてしまった。

そのくらい衝撃の強い発言だった。

「おい、何やってんだ」

「わ、悪い。てか、それマジかよそれ。つい最近の話か?」

汚れてしまった代わりのズボンを探しながら、眉村に尋ねる。

眉村は逆に、薬師寺が知らなかったという事実に驚いていた。

「茂野が寮にいたときからずっとだ」

「マジかよ……ん? 待てよ……てことは……」

薬師寺は去年神奈川地区大会のとき、寿也に相談を受けたことを思い出した。

(ひょっとして佐藤の二股かけてた彼女って、茂野のことだったんじゃ……)

あの時、確か……仲直りする前にヤったとか言っていたような気がする。

(俺の、知らない世界をあいつ等は知ってるのか)

ふと、そんな事を考え目眩がした。

「眉村って、茂野の事が好きだったんだよな?」

「……ああ」

「アイツが佐藤と誰かを二股してるってのも知ってたのか?」

「知ってるも何も、俺がその相手だった」

「…………は?」

平然と言う眉村の言葉に彼は目を丸くした。

「ちょ、と待てよ。てぇことはお前、茂野と……」

ヤッたことあるのか? と、言いかけて思わず口を噤んだ。

自分が吾郎のことを忘れさせてやると言った言葉を思い出したのだ。

忘れさせる=身体を重ねる。と言う意味合いに気づき全身の血の気が引く思いがした。

今更ながらに自分がとんでもないことを言ったと激しい後悔の念が押し寄せる。

キスまでなら容易に想像できたが、その先のイメージがイマイチ湧かなかった。

(そもそも、一体どうやって男同士でするんだ?)

まったくの未知の世界だ。色んな疑問が頭の中をぐるぐるまわり、つい一人で難しい顔をして考え込んでしまう。

「おい」

「……っ!?」

不意に、後ろから抱き寄せられて全身が硬直した。

「何を考えていえる」

薬師寺は、こんがらがった思考のまま答えられないでいた。

男同士の仕方を考えていたといえば眉村はどう思うだろう?

「ズボン、変えなくてもいいのか?」

「あっ!」

彼に言われ、自分が未だにコーヒーで濡れたズボンを穿いていたことに気がつく。

手には新しいズボンを持っていた。

「ちょっと着替えてくる!」

そそくさとバスルームへ向かう彼に、眉村がポツリと呟いた。

「別に今ココで着替えればいいじゃないか」

男同士だし。

そうは言われても、この状況を今更ながらに意識してしまい気恥ずかしさが先にくる。

(なんで、恥らってんだよ俺)

それじゃぁ、まるで女みたいだ。

そんなことを考えぶるぶると首を振った。

「とりあえず、脱ぐからあっち向けよ」

「なぜだ。高校のときから何度も見てるじゃないか」

(今は、状況が違うだろっ! 気付け鈍感!)

しれっと言い放つ彼に、なんとなく恥ずかしいからとは言えず、色々悩んで結局風呂場へ向かうことにした。

パタンと締まる音を確認し、眉村はふぅっと息を吐いた。

「なんだ、童貞じゃあるまいし……今更……」

そう意識されると、気まずくなる。

隣からは未だに時々壁ずたいにボソボソと聞こえてくる。

(佐藤のヤツ、もう少し考えてヤればいいのに)

眉村は一人、悶々と考えていた。

風呂場から戻ってきた薬師寺は、明らかに緊張していた。

気まずい雰囲気に、眉村は思わず眉をしかめる。

好きだと言われ、吾郎以外の人間に目を向けてみるのもいいかもしれないと思ったが、相手は薬師寺だ。

寿也達の関係に気づいていなかったところを見ると、男を相手にするという意味を完全には理解しきれていないように思える。

確かに嫌いではないし、一緒にいて楽しいと思う。結構凹んでいた気持ちが少し楽になったのも事実だ。

けれど、そう簡単に吾郎から気持ちを切り替えることが出来ないでいた。

いい加減、諦めて薬師寺だけに目を向けたいと思ってはいるものの、中々うまくはいかない。

「……そろそろ、部屋に戻ったほうがよさそうだな」

隣の部屋から聞こえてくる声のせいで、変な錯覚を起し薬師寺を吾郎の変わりに無理やり抱いてしまわぬように部屋から離れたほうがいいと眉村は判断した。

今はたぶん彼の心の準備も出来ていないだろうし、自分も彼を通して吾郎の幻影を見ている。

そんな状態では傷付けてしまうのは目に見えていた。

薬師寺は少し驚いたような表情をして、一瞬眉村の袖を引っ張った。

「……なんだ?」

「あ……っいや、お休み」

「ああ、またな」

パタンとドアを閉め、眉村はエレベーターホールへ向かった。

別れ際の薬師寺の戸惑いは敢えて気づかない振りをした。


/ススム




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