試合後、吾郎は寿也の部屋を訪れていた。
「ええっ! 明日朝一で帰っちゃうの!?」
吾郎の言葉を聞いて、寿也は目を丸くした。
「まだまだ実力が足りねぇからな」
もうすぐアメリカのメジャーのキャンプも始まる。それもあっての事だった。
「アメリカに行っちゃったら、また会えなくなるじゃないか」
「仕方ねぇだろ」
「そんなの、嫌だ」
ぎゅっと寿也は吾郎を抱き寄せた。
「行かないでよ。僕の側にいてくれるって言ったじゃないか」
「……」
悲しげな表情を見せる寿也に、吾郎は困惑した。
彼と離れることが平気なはずはない。
けれど、代表入りできないと判った以上、日本にいる意味も無くなってしまった。
今戻らないとメジャーのキャンプに合流できない可能性も出てくる。
それは吾郎にとってとても困ることだ。
「悪いな。寿、わかってくれとは言わねぇけど俺にもメジャー昇格がかかってるんだ」
「そんなことは、わかってる。わかってるけど」
彼を掴んでいる腕が僅かに震えている。
頭ではわがままを言っているのだと理解している。
けれど、やはり自分の手元から離れるのを黙って見送るわけにはいかなかった。
「わかってるけど……やっぱりいい気持ちはしないな」
「寿」
「だって、行ってしまったら君はまたフラフラと僕の知らないとこで何をしでかすかわからないじゃないか!!」
「って、オイ、そっちの心配かよ」
声を荒げる寿也に、吾郎は思わず呆れ声を上げた。
「当たり前だろ? 僕が監視してなきゃ、誰が君の暴走を止めるのさ」
「暴走って、お前なぁ」
「たった十ヶ月会えないだけで、寂しかったとかそんな理由付けて浮気する君を、アメリカなんかに行かせられると思うかい!?」
それを言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
「だ、だから、もうしないって」
「そんな保障どこにあるんだよ」
スッと寿也の目が細められ吾郎の背中に冷たい汗が伝った。
「じゃぁ、お前が実力出して日本代表になってアメリカに来ればいいだけだろ?」
吾郎の言葉に、寿也はハッとした。
彼の側に行くには確かにそれしかない。それは一種の賭けだ。実力で日本代表入りを勝ち取る。実力を評価してもらえたらその可能性は0じゃない。
その事を、すっかり失念していた。
「努力はしてみるよ……今度はちゃんと連絡入れなよ?」
「お、おう」
時差の関係で中々無理かもしれないが、それは大事なことだ。
吾郎の返事を聞いて、ようやく寿也は気分を変えようとばかりに微笑んだ。
「明日帰っちゃうんだったら、今日は三か月分くらいまとめてシなきゃダメだね」
「は、はぁ!? 三か月分!?」
「そう! ワールドカップが始まるまで、吾郎君が変な気を起こさないように、ね」
不敵な笑いを浮かべる寿也に吾郎の表情は強張った。
「い、いや……そんなには無理だし、ってオイ止めろって!!」
「僕以外じゃ満足できないカラダにしてあげるよ。吾郎君」
「う……うわぁぁっ!!」
ふふふっと黒い笑いを浮かべ目が据わっている寿也に、引きつり笑いを浮かべる。
二人の長い夜は始まったばかりだ。
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